第5話 初心者ダンジョンvr2  ダンジョンは弱肉強食



 わたし達は登りかけの、高低差のある崖を登ってしまうことにした。

 先に行ったカガリさんが、岩場で手を差し出してくれる。


「……ありがとう」

「元気さんの笑顔がご褒美かな」


 綺麗な黒髪が揺れ、笑うその瞳は、夜空の星を詰め込んだような輝きを宿している。

 綺麗……。


「元気早く」


 蒼に呼びかけられてハッとした。

 イケメンに気を使われるのはいいけど、心臓がもたない……。見惚れるとかわたしなにやってるんだ。

 わたしが登った後は、蒼にも手を差し出していた。


「気も使えるんですね……」

「私は気遣いのスペシャリストだよ。なんでも頼ってくれていいからね」


 カガリさん、悪い人じゃないんだよね……。




 人は慣れるもので。わたし達はカガリさんが楽器を奏でていようが、話していようが、気にしなくなってきていた。

 むしろ、魔物から来てくれるし探す手間が省けていいじゃん、とすら思うように。


 小さいのが例外とか言ってたけど、やっぱり小さいのしか出てこないじゃん。

 休憩がてら、水を飲む。


「天から降り注ぐ光が、もっと輝けと私を照らしているっ」


 またなんかやってる……。

 ちょっと楽しそう。あと一枚しか取れないカメラを手に持ち「うーん」と考える。すると、ジト目の蒼にカメラを奪われた。


「違うよ!? カガリさん取ろうとしたんじゃないからね!?」

「ふーん……」

「本当だってばぁ〜っ!」

「大丈夫。私は元気が面食いだって知ってるから」

「違うってぇぇえッ!!」


 カガリさんのせいで蒼にあらぬ疑いをかけられちゃったじゃん!

 まだひとりで鏡の前で変なポーズ取ってるのを、わたしは睨みつける。


 休息を終え、わたし達はまた歩き出す。



 広い場所に来た。

 わたしは突然の開放感に息を呑む。


 鍾乳洞しょうにゅうどうのように縦の柱があったり、魔物が倒された跡のような凹んだ壁。壊れた柱や、壁に穴が空いている場所も、ところどころに存在していた。

 わたし達の他に、強い攻略者がこの場所にいる証拠だ。


 …………またちっちゃいトカゲか。


「一段階目、二段階目、そして三段階目! 四段階目も味わえる美しさっ。なんて私は素晴らしいんだろうっ!」


 広い尾ど真ん中でポーズを決めているカガリさんが、一人で楽しんでいるのを眺めながら。わたし達は魔石を拾う。


 彼はリコーダーを吹くか、気遣いをするかしかしない。全く戦う気を見せないし、全部わたしたちが倒してる。

「あっ」とつまずいた男を見て、わたしと蒼はジト目を向けた。


「ねぇ蒼。カガリさん、わたしたちが守ってあげないとヤバいよね」

「うん。あんな頼りにならない大人初めて。足が速いのはわかったけど、逃げてばっかりだし」


 さっきの恐怖はなんだったのか。

 よくあれで一番前を歩けるよね……。

 何故かカメラが、わたし達を撮るようについてきていた。さっきはカガリさんの横にいたのに。

 一体どんな設定にしていたら、意思を持っているかのように動くんだろう。


 アキト:完全に呆れられてるな

 お姉さん:珍しく人が少ないわね

 アキト:あー確かに、いつもなら30人、40人と余裕出会うのにな

 子供:そろそろ何か起こるかな?


 :引率のカガリくん素敵です

 :俺はカガリと一緒に行くのは嫌だな

 :ダンジョン配信なのに、ほのぼのした気分になってくるよね

 :誰か魔物虐殺したな?



「やあ、こんにちは。私がここにいると華やぐだろう。君もなかなかだ」


 魔物に挨拶しなくていいって……。

 壁から生える光る玉を見て、カガリさんは足を止めていた。輝く自分が美しいとか思ってそうな顔だ。

 振り返ったカガリさんはわたし達を見て微笑む。


「あれは熱球花ねっきゅうばなだよ」

「近づくと熱いやつでしょ? わたしたちもそれくらい知ってるよ」


 出会ったのは初めてだけど、クラスメイトから存在くらいは聞いている。

 光る玉が魔物なのかな?

 よくわからなくて、わたしが熱球花に近づいていく。蒼は後ろで剣を構えてくれていた。


「危ないよ!」

「大丈夫だって」


 わたしに忠告をしたカガリさんが、何かに気がついたように走って行く。


「こっち来てー!」


 手を振るカガリさんに視線を向け、なんとも言えない顔でわたしと蒼はため息をつく。


「……あの人の方が勝手だよね?」

「わかる」



 善意っぽいから、断りずらいんだよね……。

 カガリさんの方に歩いていくと、崖の下に熱球花がいた。


「あそこ。捕食シーンが見られるよ」


 カガリさん声は真剣味を帯びていた。指差された下方向へ視線を向けると、サソリっぽい魔物が歩いている。

 熱球花の光に照らされ、艶のある黒い背中が光を反射していた。


「あの魔物は魔法耐性があってね。見た通り、手のひらサイズのサソリの魔物だよ。その装甲は硬く、初心者は三回は思い切りぶつけないと凹んですらくれないんだとか。ハサミに挟まれたら、指くらいは簡単に飛んでいってしまうから、気をつけてね。倒し方は倒し方講座に――」

「魔物発見! 行こう蒼!」

「うん」


 サソリの食事シーンなんて興味ないし。

 わたし達は「気をつけてね〜」と言う声を聞きながら、坂道を走って行った。

 どうせなら、食事タイムに斬り掛かってやろうとサソリの後ろにつく――。


 バグッ! バキバキバキバキッ!! ……バリバリバリッ!


「…………」

「…………え」


 誰がただの光の方が捕食者だと思おうか。考えの外にあった事象にわたしの思考は止まった。


熱球花ねっきゅうばなに近づきすぎたらダメだよ〜」


 わたし達は、カガリさんの声でハッとした。

 慌てるように、いそいそと坂を登り。カガリさんの方に戻って行く。そして、ドクドクと心拍数の上がった心臓を抑えて、嫌な汗をそのままに。

 カガリさんをまくし立てるように言う。


「な、なんですかあれ!」

「怖かったぁぁ!! 言ってくださいよ!」

「ごめんね、知ってるのかと思ったよ。……熱球花はれっきとした魔物だよ。気をつけてね」


 にっこり笑った男を見て、わたしは顔を引き攣らせる。隣にいる蒼も、血の気を引かせて絶句していた。

 もしもさっき、わたしが熱球花に近づいていたら……。

 あのサソリみたいに頭を食いちぎられていたかもしれない。

 うんん、かもじゃない。多分そうなっていた。わたしの頭がサソリの魔物より頑丈だとは到底思えないから。


 死ぬところだった。

 トカゲに追いかけられていた時の恐怖とは、また違う恐怖。

 わたしは強烈な吐き気に口元を抑える。



「大丈夫?」


 カガリさんは警告こそしているが、助ける気は毛頭ないように見える。

 わたしは涙目になりながら蒼は視線を合わせ、こくりと頷いた。そして、バッと頭を下げる。


「ナマ言ってすみませんでした!」

「すみませんでした!」

「次はちゃんと調べてから来ますっ!」

「ます!」


 突然のわたし達からの謝罪に、カガリさん目を丸くしていた。

 彼がなにを考えているのかわからない。カガリさんがコメントの方をチラ見するから、わたしもコメントの方を見る。


 お姉さん:慰めてあげたら?

 アキト:肯定してやれよ


 :どう言う状況?

 :なんか謝ってるww

 :草

 :本当に初心者っぽい

 :カガリは安心安全だぞ!


「そうだね、下準備は大切だよね。命がかかってるなら尚更だ。頑張って」


 言葉は軽かったけど、わたし達は生きてきた中で一番真剣に頷いたと思う。


「はいっ!」

「自己責任な感じ身に染みました! 私たちのために説明してくださると嬉しいです!」

「エクセレント! 自らの過ちを認められる人はそう多くはない。頑張って! そして、存分に学ぶといいよ! 勇気ある君たちなら、必ず出来る」


 がんばろう。

 蒼をぎゅっと手を繋ぐ。


 カガリさんは壁に向かっていくと、軽く握った拳で壁を砕いた。

 え、ちょ、本当に戦えないのっ!?


 彼は落ちた石を拾い上げると、わたし達の方へ歩いてくる。


「彼らは植物系と言われる魔物だから、一定距離を保っていれば襲われないし、熱球花は動かないから、そんなに心配する必要もないと思うよ。倒し方は投擲、槍、魔法、弓、剣。まぁアレにやられるのは、相当油断してる初心者の攻略者くらいだよね」


 カガリさんの悪意のない言葉にグサッときた。


「チャレンジしてみるかい?」


 差し出してくる壁の岩を、流れで受け取ってしまう。


「い、いや……あれ見た後だと……」

「ちょっと、ね……。あの、また後日で」

「うん、君たちの判断に任せるよ。ではここで一曲!」

「…………」

「…………」


 い、いえーい……。



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