第170話 不思議な出会い ★リオ SIDE

 カミルにお願いした孤児院訪問の件は、3日後には許可がおりた。陛下が影の長を連れて行けと仰ったので、彼には陰から見守って貰う事になったわ。最近では影の長も過保護になりつつある気がしているのよね。今回の護衛は、影が何人かつくらしいのだけど、大袈裟だと思ってしまうわ。


 許可のおりた翌日に、アンとメルが暮らしていたという孤児院を訪問する事になった。私はリズの親戚として身分を偽って伺う事になっている。公爵家の親戚と言う事で、下手な対応はされないだろうとカミル達は言っていたわ。


 この訪問で聞きたい事はメルとアンの事なのだけど、シスター達に表立っては聞けないのよね。王妃様の侍女になった事を知っている人もいるかも知れないもの。念には念を入れて、出来るならば子供達と仲良くなって、世間話のついでにでも聞けたらと思っているわ。


 本来ならば、孤児院の慰問などは貴族の義務でもあるのだしね。貴族ではないけれど、これから王族に名を連ねる可能性のある私には慰問する義務があると思っていたし、こんな形ではあったけど、来る事が出来て良かったと思っているわ。


 私自身、前の世界では親戚の子供達としょっちゅう遊んだりしていたから、子供と関わるのは苦手では無いし楽しいと思うわ。でもやっぱり子供達の体力は凄いわね。走り回って疲れたから、木陰で少し休憩しようとリューの敷いてくれた敷布の上に座って子供達を微笑ましく眺めていた。


 すると、緑色の男の子が近づいて来た。可愛らしい顔をしていて、8歳ぐらいかしら?色の薄い茶髪で肩まで長さがあって、瞳の色は茶色ね。服が緑色なのでは無くて、魔力が緑色なのよね。他にも大人が沢山いると言うのに、彼は私に向かって一直線に歩いて来たわ。そしてわざと遠回りして木の後ろからこっそりと話し掛けて来た。


「お姉ちゃん、治せる人だよね?」


 緑の子は、木の陰に隠れたまま、私の耳元でボソッと声を出した。


「誰か治して欲しい子がいるのかしら?先ずは貴方の名前を教えて貰える?私はリリィよ」


 私も小さな声でささやき返す事にした。何か隠したい事があるのだろうからね。考えて来た偽名を答えて名前を聞くと、緑の子は困った顔をした。


「ぼくの名前はルト。家名は名乗っちゃ駄目だって言われてるから、今はまだ内緒で良い?」


 ルトは貴族の子みたいね?緑の魔力を持っているのだから、上位貴族の可能性があるわね。一般の人間は魔力の色が見えないから隠せていたのだろうけど、ここまで魔力の色が強ければバレるのも時間の問題だったのかも知れないわね。きっと王城に顔を出したら直ぐにでもデュークがスカウトしていたのではないかしら?


「そうなのね、ルト。それじゃあ、あなたの気になるお友達の所へ行きましょうか?」


 あえて何も聞かずに彼を促す。ルトは表情がパァ―ッと明るくなった。


「うん!リリィお姉ちゃん、こっちだよ!」


 ルトはこっそりと孤児院の裏側に私とリューを連れて行く。私の周りには、影達もいるので危ない事はない。


「ここなんだけど、この木箱に腰掛けていると来るんだよ」


 ここがきっと、その子との待ち合わせ場所なのね?私も空いている木箱に腰掛けて、のんびりその子を待つ事にした。待っている間に、アン達の事を聞いてみようかしら。


「ねぇ、ルト。この孤児院にいたお友達の事を知りたいんだけど教えて貰える?」


「ぼくが知ってる事なら教えるよ。この孤児院はちょっと特殊らしいから、何が普通なのかぼくには分からないんだ。だから、分からない事があれば、そのたびに聞いて良いよ」


 ルトはとても賢いわね。何故こんなに賢い子が孤児院にいるのかしら?


「あはは。リリィお姉ちゃんの気になる事がぼくの出生になっちゃった?だよね、賢いお姉ちゃん達なら気になっちゃうよね。ぼくの魔力にも気が付いているんでしょ?」


「ええ。私は魔力の色が見えるから……ルトが貴族なのだろうとか、賢いから教育は受けているんだろうとか」


「そっか。なのに何故、孤児院に居るのかが気になるんだね」


「ルト、貴方とっても賢いわね?これからどうしたいとかあるの?」


「え?どうにかしてくれるの?」


 ルトは驚いた顔をした。連れ出して欲しくて声を掛けた訳では無かったのね?切羽詰まってるような目をしているように思えたから、ここまで来る事にしたんだけど、他に何か憂いがあるのかしら?


「内容によるし、一応は身辺調査とか必要になるとは思うけど……」


「お姉ちゃん、お願い!ぼくは弟を助けたいんだ!だから、もっと賢く、強くなりたい!」


 グッと拳を握ったルトは勢いよく顔を上げて、自分の理想を語りだした。どうやら、弟だけ家に置いてきたらしく、今どうしているのかも分からないから心配だ、と言う事らしい。今度調べてみましょうか。


「そうなのね。だったら、最終的に王城に入って仕事をするって事になっても良いかしら?」


「えっと、それは願っても無い事だと思うんだけど?」


「あら、そうなのね?最終的には弟と一緒に住みたいとか、そういう夢があるかも?って思ったのよ」


「あぁ、それは高望みし過ぎていると言う事ぐらい分かっています。ぼくは弟の命が助かれば、それだけで十分だし……王城で働けるのであれば、最悪は弟の家や食事ぐらいは準備してあげられるよね?」


 凄いわね?この年で常識まである様に見えるわ。まだ若いのだから、これからの成長が楽しみね。それにしても、こんなに賢い子が孤児院に居るなんて……身辺調査すれば分かる事だろうけど、弟の事もあるし心配だわ。


「そうなのね、分かったわ。出来るだけ早めに結果が出せるように動くから、少し待っていて貰える?」


「勿論です。ぼくはまだ、何も出来ない子供でしかありませんが、待つ事は出来ます。ぼくの為に動こうとして頂き、ありがとうございます。例え何も変わらなかったとしても、ぼくと弟の為に動いてくださった事をありがたく思います」


 最悪は現状が変わらなかったとしても仕方ないと思っているみたいね。確かにここにいる子供達全員を助け出す事は出来ないわ。それに、私はルトに仕事をさせてみたいと思ったから誘っているのよ。力のない子がお城に入っても、きっといじめられて終わるでしょうからね。


「ルトはいくつなの?貴方、私の執事にならない?出来るならば、今後生まれて来る私の子供の……それも執事の統括になって欲しいわね」


「お、お嬢様!」


 リューが慌てている。確かに今言う事では無いのだろうけど、彼なら大丈夫だと……何故か思ってしまったのよね。


「ルトは分かってるわよ?身辺調査すると言った時も、嫌な顔一つせずに『当然だ』って顔をしていたわ」


「うん。そこら辺は当たり前だよね?リリィお姉ちゃんはかなり高貴なお方だろうから。お姉ちゃん自体が強いだろうにさ?影の数が多過ぎだよ」


 苦笑いしながら周りを見渡すルトに、影の長を始めとした影達が驚いて固まっている。何となく気が付いていそうだなぁとは思っていたけど、全員見えているとはさすがに思わなかったわね。


「ルトにも影が見えるの?」


「え?お姉ちゃんもぼくが見えてる事に気が付いていたでしょう?」


「私の場合は何となく、よ。そんなにしっかり見えてるとは思わなかったわ」


「そっか。まぁ、小さい頃から誰もいない書斎に閉じ込められていたので。たまに隠密魔法をかけた父上の部下らしき人が監視に来ていたんです。その時だけは、わざと絵本を開いていたから、人の魔力の揺らぎに敏感になっちゃったんです。リリィお姉ちゃんは均一な魔力しか出していないでしょう?恐らく、魔力制御を完璧に出来るんだと思ったんです」


「素晴らしい観察眼ね」


 リューや影の皆さんも大きく頷いているわね。外に出れなかったから、魔法の練習は出来ていないのでしょう。これから魔法を練習させて、魔力量も技術もしっかり伸ばさせてあげたいわね。


「にゃ~おぅ、ぐるにゃ~」


「ルル!待っていたよ。ほら、ぼくの膝の上においで」


 ルトに向かって歩いて来たのは、可愛らしい鳴き声の、茶トラ柄の猫だわ。あら、左の後ろ足を引きずっているわね?この子の足を治して欲しいのかしら。


「リリィお姉ちゃん、この子なんだけど……」


 急にルトが黙って、俯いてしまった。


「どうしたの?ルトはこの子の後ろ足を治して欲しかったのでしょう?さぁ、直ぐにでも治療しましょうね」


「えっ、い、良いの?」


「え?ええ、勿論よ。この子は貴方の大事なお友達なのでしょう?お友達が痛い思いをしていたら悲しいものね」


「う、うん!ありがとう、リリィお姉ちゃん!」


 私は猫の後ろ足の近くまで手を近づけて、光が漏れにくい様に隠しながら治癒魔法をかけた。それでもやっぱり少しは漏れちゃうわね。こればっかりは仕方ないと、ルトの顔を見ると、驚いた顔をして固まっていた。


「じ、じ、じ……」


「じ?ルト?大丈夫?」


「『純白の魔力』!?もしかしてリリィお姉ちゃんは『聖女様』!?」


 私は指を口の前に当て、「しーっ!内緒よ?」と囁いた。ルトは首がもげるんじゃないかと思うぐらいに何度も縦に首を振った。賢いとは思っていたけど、純白の魔力の事まで知っていたのね?確か、それを知ったのは古文書を1192巻読んだ時だから……ん?この子は王族……な訳がないわよね?そうであったらカミル達が知らない筈は無い。カミルはここに来る事を知っているから、私が来る前に色々と調べたはずだものね?


「聖女様だから……野良猫にも治癒魔法を惜しみなく使ってくださったんだな……」


 ルトが何かボソッと呟いたが聞こえなかった。こんなに賢い子だもの、大事な話しなら聞こえるように話すでしょうと気にせずにいたら、猫は足が痛く無い事に気がついたみたいね?ルトの上から飛び降りて木箱の周りをグルグル走っている。ルトも嬉しそうに走り回る猫を眺めていた。その横顔は、年相応に幼く可愛らしかった。


 私はこの賢く小さな男の子が成長して行くのを楽しみだと思うわ。あら?あ、アン達の事を聞かなきゃだったわ。今回の目的を忘れる所だったわね。


「あ!そうだったわ、聞きたい事があったのよ」


「あ、そうでした。誰の事を知りたいのですか?」


「アンって子と、メルって子の事なんだけど……」


 ルトは顎に手を添えて少し考えてから話し始めた。


「メルお姉さんは優しくて良い人でしたよ。貴族の方のお屋敷で働かせて貰える事になったと聞きました。アンって人は知りません。ぼくがこの孤児院に来たのは2年前ですので、それ以前の事は存じ上げません」


「ルトは難しい言葉も良く知っているのね!カッコ良いわ!きっと燕尾服なんて着てたら、立っているだけでも賢さを醸し出していそうよね!」


 ルトが耳まで赤くして照れている。可愛いわね、とても初々しくて……私にもこんな時代があったんだろうに、何処に置いてきたのかしらね?あのピュアさを……今更ね、そうね。私はこの子の為に出来る事を考えましょ。

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