第83話 王様とニホンショク ★精霊王 SIDE→婆や SIDE

 リオという娘は、『精霊の罠』の所為でここ数日、体調が悪いらしい。確かに顔色も悪いし、体が熱いか?我の沢山ある尻尾が役に立った様だな。


 この姿は、数百年……もう千年以上経つか?長い事生きているから忘れてしまったが、随分と前に『ニホン』と言う国から召喚された『純白の魔力』を持つ、我が契約者であった『コテツ=タイラ』というニンゲンが望んだ姿だ。


 あの頃は、我はまだ王では無く、前精霊王が崩御される前であった。故に、ニンゲンの世界を自由に遊び回っていた所にコテツと出会ったのだ。人見知りで小心者だが、心根の優しい男だった。最後は我らの為に魔力を使い切り――我のねぐらの裏、丘の上に墓がある。精霊界に墓を持つ、唯一の男になりたいと言う願いを叶えてやったのだ。


 変わった男だった……コメが食いたいだの、ショウユやミソを作りたいだの言い出しては『精霊界』に田畑を作ってはダイズやイネを育てておったなぁ……最終的に出来上がった『トウフのミソシル』と『オニギリ』を号泣しながら食っておった……


 その記憶が強烈過ぎて、こちらの世界と精霊達を救ってくれた筈なのだが……何をしてくれたのかすらあまり覚えていない。コテツと過ごした時間は、とても楽しかったと言う事だけはしっかり覚えているがな。


 もしや、同郷のリオもコメやミソを欲しがるだろうか?あれからコテツを思い出しては、ダイズやイネを育て、亜空間にしまっておいたから大量にあるのだが。リオが起きたら聞いて見るか……


 倒れたリオを尻尾に乗せたまま、我のねぐらへ連れて行った。そぉーっと寝かせ、シアに後は任せる。ニンゲンの事なぞ良く分からんからな。


「王様〜、リオの魔力に干渉してる精霊の力、王様なら消す事は出来る〜?」


「そうだなぁ……もう少しリオの体力が戻れば、何とかなるかも知れんが……」


「リオの体力、どんどん減ってるんだけど〜?」


「精霊界なら、多少は落ち着くとは思うんだが……」


「王様、リオちゃんが食べれる物って果物ぐらいしか無いかしら?グラタンを作る材料は持って来たんだけどねぇ。今気付いたんだけど、精霊界に調理場なんて無いでしょう?」


「ん?キッチンならあるぞ?」


「えぇ?精霊は食事を摂らないでしょう?」


 実は、精霊も食べ物を食べる事はできる。ただ、水分以外は吸収されないし、味覚がニンゲンの様に優れている訳でもない。だから、契約者に与えられたなら食べなくも無いが、美味いか?と聞かれてもイマイチ分からんのだ。


「コテツ……我の契約者だった男が、ニホンショクという故郷の食い物を食いたいと言い出してな……?ドナベだの、オタマだの、調理器具もそれなりに揃っておるぞ?」


「あらまぁ!レシピはあるのかしら?リオちゃんと同郷なのでしょう?食べられたら嬉しいんじゃ無いかしら?あぁ、でも、材料が無いわよねぇ……」


「ん?材料もあるぞ?我の亜空間にしまってある」


「えぇ……そうなのね?レシピがあれば、婆が再現して見ましょうか?」


「あると思うぞ?何語で書いてあるか分からんが……」


「王様、オイラがバーちゃん案内しようか?」


「そうしてやりなさい。シア、コテツが住んでた家が残っておるから、探して見ると良いだろう」


「ありがとう、王様。じゃあ、ソラちゃん、案内よろしくねぇ」


 ⭐︎⭐︎⭐︎


★婆や SIDE

「こっちだよ〜。その青い屋根のお家だよ〜」


「えぇ……?お家と言うより小屋よねぇ?」


 目の前のお家は、平民が住むより小さな家だった。まぁ、1人暮らしであれば住めなくもないかしら?


「リオ達が住んでた世界では、これぐらいのお家が普通だったらしいよ〜。昔王様が教えてくれたんだ〜」


「そうなのねぇ。王様の契約者も、リオちゃんと同じで贅沢は好まなかったのかしらねぇ?王様に頼めば、大きな屋敷でも建ててくれたでしょう?」


「う〜ん、狭い空間に居るのが好きだったみたいだって言ってたよ〜。広いお家は、使い勝手が悪いって。水回り?お風呂とトイレは近い方が良いんだとか……?」


 狭い方が住みやすいって考え方もあるのねぇ?確かに移動するのは楽かも知れないけど……皇女だった婆には、爺さんの屋敷より小さな家に住んだ事は無いから分からない感覚ねぇ……


「そう……なのね?」


「オイラの生まれる前の話しだから、オイラも良く分からないんだ〜」


「あらまぁ、そんなに昔のお話しだったのね。それじゃあソラちゃんが分からなくても仕方ないわねぇ」


「そうなの〜。あ、そこを左がキッチンだよ〜。それで、正面の部屋が私室だったみたいだね〜」


「レシピなのだから、キッチンか私室に置いてそうよねぇ?見てみましょうねぇ」


 キッチンは綺麗に掃除されていて、本や紙類は無い様に見える。次は私室に行ってみましょ。物が殆ど置いて無い、時の止まった様な……生活感のない部屋ねぇ。


「バーちゃん、これ違うかなぁ〜?」


「こちらの言葉じゃ無いわね……中も異国語かしら?」


 パラパラとノートをめくると、こちらの言葉で書いてある場所があった。『ニホンショクのレシピを残しておくから、いつの日かニホンジンが精霊界に来た時には振る舞ってあげて欲しい』あぁ、これね。本当にあったわ……


「ソラちゃん、正解だったわよ。『ミソシル』と『オニギリ』のレシピですって」


「必要な材料が分かれば、オイラが王様から貰って来るから言ってね〜」


「えっと……『ミソ』『ニボシ』『コメ』『ウメボシ』『トウフ』『ノリ』とお水があれば出来るみたいだわ」


「6つだね〜。お水は魔法で出せるよね〜?」


「えぇ、水魔法は使えるわぁ。『コメ』を『炊く』のは水からだって書いてあるわね。えぇ?『コメ』を水に浸しておくの?30分も?……繊細な料理なのねぇ?」


 ソラちゃんが材料を持って来てくれたので、早速作り始める。『コメ』を水に浸したり、『ノリ』は火で軽く炙るらしいわ。レシピ通りに作業を続けて行くと、王様が、懐かしい匂いだと顔を出した。


「おぉ!そうそう、この匂いだ……リオが喜ぶ様なら、材料は持って帰っても良いからな。どうせ精霊は食わんのだが、コテツを思い出して懐かしくなると、暇だしつい作ってしまうんだよなぁ……」


「あら、そうなのねぇ。リオちゃんも喜んでくれると良いわねぇ。それにしても、この『トウフ』は柔らか過ぎて、切るのが難しいわぁ……」


「あぁ、『トウフ』は手の上で切っておったぞ?切りながら鍋に入れるのだ。器用なヤツだと思ったものだ」


「リオちゃんも出来るのかしらねぇ?契約者さんは男の人だったのよね?もしかしたら、男の人だったからそうやって調理してたのかもねぇ?」


「うーむ……そこまで考えた事は無かったなぁ?リオが目覚めたら聞いてみようか」


「えぇ、そうねぇ。婆も初めて見た食材ばかりだから、正解が分からないわねぇ……味見をしても、正解を知らないから濃いのか薄いのかすら分からないわぁ……」


「あー、そうなるか……まぁ、リオが目覚めてから、だなぁ……クックッ」


 二百年以上生きて来た婆にも知らない事がこんなにあるのだもの、面白いわねぇ。あちらに帰ってから、婆がリオちゃんに教えて貰おうかしらねぇ?


「ふふふっ、そうねぇ。未知の材料で未知の食事を作ってるなんて不思議よねぇ」


「でも『コメ』の匂いは正解なんだよね〜?王様〜?」


「そうだな、匂いは正解だな。『オコゲ』はパチパチ言うまで待つと出来るらしいぞ」


「もうパチパチ言ってるから、そろそろ火を消しましょうかねぇ。それで……『コメ』を三角かタワラ型?タワラが分からないから三角にしましょうねぇ。『オニギリ』は『コメ』が熱いうちに握る?って、火傷しないのかしら……?」


「あぁ、それは、握れるぐらいまで冷ますらしいぞ。火傷しないギリギリの熱さで握るのがコツらしい」


「そうなのねぇ。『コメ』を10分程蒸らしてからって書いてあるけど、『蒸らす』って何かしら?」


「あぁ、蓋をしたまま10分置いておくだけらしい」


「王様は一緒に作っていらしたの?お詳しいのねぇ」


「あぁ、我らは飯は食わぬが、良い匂いだからな。早朝からこの匂いに釣られて、よく覗きに来たものだ」


「思い出の匂いなのねぇ。異世界の料理を作るなんて、リオちゃんが来なければ婆も経験しなかったでしょうしねぇ」


「本当にな。我も久々にこの匂いを嗅いで、懐かしく感じられた。ありがとうな、シア」


「いえいえ、婆はリオちゃんが少しでも元気になってくれたら良いわぁ。婆には子供は居ないからねぇ。可愛がれる娘……孫が出来た様で嬉しいわぁ」


「シアが幸せそうで良かったぞ。リオは良い子なんだな?爺さんも可愛がっているのだろう?」


「えぇ、爺さんも大事にしてるわよぉ。この前なんて、体調が悪くて甘えて来たのを喜んでいたからねぇ?体調が悪くでも無ければ甘えられない強い子なのが心配だって言ってたくらいよ?」


「あの爺さんがなぁ……ふむ、リオに託して見るか。坊や、リオをしっかり守るんだよ?」


「うん!勿論だよ〜。オイラもリオの事が大好きだからね〜!」


 そうしてやっと『オニギリ』と『ミソシル』が出来上がった。


「どれ、リオが起きるまで、我の亜空間に入れて置いてやろうな。温かい方が料理は美味いのだろう?」


「えぇ、ご飯は温かい方が美味しいわぁ。王様、お願いしますねぇ」


 これで少しでも、リオちゃんが元気になってくれると嬉しいわねぇ。婆も、たまに故郷の料理を食べたくなるもの。きっと、懐かしんで、喜んで食べてくれると思うわぁ。

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