第43話 師匠の願い ★カミル SIDE

 師匠とデュークとリオが、僕の執務室に来た。仕事は終わらせてあるので問題は無いのだが……師匠との会話は骨が折れるんだよねぇ。知識もあるし経験豊富だし、賢者だし……尊敬はしてるんだけどね?たまに面倒で。

 

 きっとリオは魔法の知識が誰よりも高い師匠と話すのは楽しいのだろう。今日も何かしらのお願いかお伺いをしに来たと思われる……

 

「カミル、特級魔法を爺やに習いたいの!許可して貰えるかしら……?」

 

 あぁ、なるほど。師匠がついて練習させるなら問題無いが、危険な魔法も多いからなぁ……って、爺や?師匠は昔から見た目は変わって無いから、僕も幼少期は爺やと呼んではいたけどね……?

 

「優等生よ、お主が懸念している事は嬢ちゃんも理解しておる。今は浮遊魔法で空を飛んでみたいようじゃぞ?」

 

 師匠が『今は』と言った時点で、浮遊魔法だけでは無いって事だろう……

 

「浮遊魔法は許可しましょう……」

 

 すると師匠は風魔法で僕の耳元に声を届けて来た。

 

「『認識阻害』の魔法を覚えれば、嬢ちゃんと城下町でデート出来るのにのぉ……良いのか?ラブラブデート、したく無いのかのぉ?」

 

 グッ……狡いとは思う。王子と婚約者だから下手に人前に出られない事を逆手に取った脅しだな。だが魅力的なのは言うまでも無い。『認識阻害』魔法は、話しをする事も、そこに居る事も分かるのだが、相手が誰だったのかを曖昧にする魔法だ。見られた後にかけても意味は無いが、最初からかけておけば、のんびりとデートしていてもバレないからね。

 

「仕方ない……許可しましょう。その代わり、精神系は駄目ですからね。それだけは譲れない」

 

「あぁ、勿論じゃ。国を揺るがす魔法を教える事は無いから安心せい。ホッホッホ、あの優等生がのぉ……」

 

「師匠、お話はそれだけですか?」

 

 深く突っ込まれる前に話しを促した。リオに聞かれても困る事は無いが、恥ずかしい幼少期の出来事を他人からバラされるのは避けたい……

 

「あぁ、陛下への謁見の件があったのぉ」

 

 この『陛下の謁見』は隠語で、聞かせたく無い内緒の話がしたいと言う事だ。なので、リオを部屋に帰せと言ってるのだろう。

 

「分かった。リオ、ここからは仕事の話になる」

 

「そうなのね。じゃあ、私は部屋に戻るわ。爺や、明日も昼過ぎに練習場へいらっしゃるかしら?」

 

「嬢ちゃんが望むなら良いぞ。やる気のある若い子の願いは叶えてやらねばのぉ」

 

「ありがとうございます!では、また明日。カミル、夕食にね。デューク、お疲れ様」

 

「あぁ、リオ。夕食でね」

 

「またのぉ、嬢ちゃん」

 

「リオ殿、お疲れ様でした」

 

 リオが部屋を出て、扉が閉まる。師匠はニヤニヤしていた。デュークはため息を吐いている。

 

「師匠、リオの事についてですか?」

 

「あぁ。あの娘は逸材じゃのぉ。地が賢いから全てを説明せずとも理解する。そして努力家で謙虚。己の立場もしっかり理解しているし、カミルを信頼しておる」

 

「はい。出逢って間も無いですが、素晴らしい女性だと思います。人を見る目もありそうですね。デュークには気を許している様ですが、キースとクリスには殆ど絡みません」

 

「ほぉ……キース、クリス、もっと精進せい。あの娘に頼られるとまでは行かなくとも、挨拶のみから会話したい対象ぐらいにはならねばなるまい」

 

「師匠、リオ様は我々を必要無いと考えていると?」

 

「そこまで辛辣では無くても良さそうじゃが、カミルで事足りるから要らないぐらいかのぉ?」

 

「あまり変わって無い気がしますが……」

 

「頭の中身……考える基準の話しかのぉ。カミルと嬢ちゃんはお互いの言いたい事がある程度分かるじゃろ?考えが近いのもあるが、何を基準にするか?がブレないからじゃ」

 

「あ!なるほど……」

 

「え?デュークは分かったの?」

 

「あぁ、リオ殿と一緒に過ごす時間がお前達より長い分だけ、リオ殿の考えは分かるのかも知れないな。彼女は自分に必要の無い物も用意させるんだ」

 

「うむ、そうじゃな。上級の装置にタイマーをつけたり、何かあった時に緊急停止する装置をつけたり。あの娘には全く必要無い物ばかりじゃった。人はな、要らない物は無意識に省くように出来ておる。他の人間の事を考えて意識していなければ出て来ん言葉や行動じゃの。初めて聞いた時にはとても驚いたのじゃよ」

 

「そうですね。僕は国民や国の為と一貫している考えを持っていて、リオは僕と周りの人間を中心に物事を考えて過ごしている。両者に言えるのは、他人を優先した結果にも、お互いの利益になる行動を起こすように考える事だね」

 

「「なるほど………………」」

 

「だからこそ、リオならこう動くだろうとか、こうしてあげた方が喜ぶだろうと言われなくても分かる。だから、お互いが納得するだろうと思える回答を、聞く前から選べるようにいくつか用意しておくから、話がスムーズに進む。絶対に無理な事は言う前に理解してる事が多いから、許可を出すのも楽なんだ。多少無茶な事はあるけど、ちゃんと事前に理由を言ってくれるし。まぁ、たまに突拍子も無い事を言い出すけどね……」

 

「そう言えば、あの装置は面白かったのぉ。魔導師達がメキメキ上達しておる。勝手に新作も作っておったぞ?魔導師としての実力も、魔道具を作る技術も上がっておる。恐らく、カミルが王になる頃には、歴史上最強の魔導師団になるのでは無いか?」

 

「騎士達も使いたいと言ってるらしいね?魔導師達が新しいのを作っているなら、お古は騎士団に回しても良いかも知れないね」

 

 リオの功績は人の為になる事ばかりだ。たった一つの思い付きから、他の人の為になる事まで考えられる。最初の理由は『動かない的がツマラナイから』だったのが真理で。魔導師達も楽しく、いつもより長い時間訓練しているのだし。扱い易い丸太や枯れ草を活用してるのも良く考えられていた。

 

 自分の為にと言いつつ、結局は他人の為になっているのだから、才能としか言えないだろう。これからも色々やらかして欲しいと思う。

 

「それでのぉ、加護なんじゃが……『精霊』の方な?」

 

「えぇ、何か分かりましたか?」

 

「精霊とは共に行動しておらんのか?」

 

「部屋で寝てるか、たまに何処かへ行ってるようだと聞いておりますが」

 

「契約はしておるのじゃな?」

 

「はい。僕の目の前で契約していました。契約するまでは、詳しい事が話せないとも言っていましたね」

 

「ふむ……精霊と契約出来るのは、隣国の王族のみという事は知っておるな?」

 

「はい。リオは知ってるのか不明ですが、言わない方が良いというよりは、目立ちたく無いから隠してるのだと思います」

 

「ふむ。彼女の行動基準は面白いのぉ……普通なら、魔法や剣が扱える様になれば、嬉しくて見せびらかしたくなるのが普通じゃろう?精霊の事も然り、じゃ」

 

「僕より目立っては駄目だと、無意識のうちに行動してるように思うのですが」

 

「恐らくそうなのじゃろう。元の世界特有の考え方なのかも知れんなぁ?ふむ、問題無さそうじゃな」

 

「陛下にリオの行動を監視するよう言われましたか」

 

「いや、どちらかと言えば……王妃として相応しいか?じゃろうかのぉ」

 

「えぇ?王子妃では無く、王妃として、ですか?」

 

「カミル……どう考えても、次の王はお主じゃろうて」

 

「まぁ……王になれるように努力して来ましたが、他に適任者がいるなら、臣下に下ってリオとのんびり田舎暮らしも楽しそうだと思ったりした事はあります……」

 

「分からんでも無いが……国を揺るがす事態に陥るからカミルが王になって安心させてくれんかのぉ?」

 

「決めるのは陛下ですから」

 

「本当、優等生じゃのぉ……昔からブレない。だからこそ、カミルが適任だと王太子を任命したのだろう。もっと色々経験する必要はあるだろうがな……」

 

「師匠、僕に必要な経験とは何でしょうか?」

 

「平穏な日々に慣れとるうちは分からんじゃろうよ。人の真価を問われるのは、とんでもない事態が起こった時に頭角を現せるもの、じゃからのぉ……」

 

「非常事態、異常事態、緊急事態……どれも経験は……あぁ、刺客が送られて来た時ぐらいですかねぇ……」

 

「それも実力で軽くあしらったじゃろう?己1人ではどうしようも無い事態が起こらねば分かるまい?」

 

「起こらないでくれた方が有難い案件ですけどね……」

 

「そうじゃのぉ。じゃが、死ぬまでの間には何が起こるかなんて分からんからのぉ?お主らはまだ50代であろう?平均寿命が300年あるのじゃからのぉ」

 

「陛下がまだまだご健在ですから、僕が出る幕は多く無いとは思いますが……」

 

「ギルも早よぉ引退して、のんびり余生を暮らしたいと言っておったぞ?趣味が乗馬だからのぉ。王をやっとるうちは乗らせて貰えんと嘆いておった」

 

「父上…………」

 

「まぁ、ギルが引退したくとも、後継であるカミルがまだ結婚もしておらんからのぉ?立太子の儀と結婚、そして子でも産まれりゃ安心して引退するだろうがのぉ」

 

「僕としては、引退しないで欲しいのですが……」

 

「カミルは昔から欲が無いのぉ……権力も金も女……は、やっと唯一を見つけたようだがのぉ?ホッホッホ」

 

「そうですね……欲はあるのですが、顔に出さないようにと教えられて来ましたからね。ただでさえ少ない欲が、見えていないだけですよ」


「欲は悪い事ばかりでは無いのじゃぞ?行動の原動力にもなりうる。大事なのは加減じゃな。欲張り過ぎては痛い目に遭うが、程々の……分相応な欲なら、成長にも繋がるからのぉ」


「まだまだ勉強不足ですので、今後知って行けたらと思います……」


「うむ……あぁ、そうじゃった。嬢ちゃんに頼みがあるのだが、お主にちゃんとお伺いを立てて来いと言われたでなぁ?」


「リオにですか?危険な事ではありませんよね?」


「あぁ、勿論じゃ。婆さんがのぉ……嬢ちゃんに会いたいと言うておる。スタンピードが終わって、落ち着いてからで良いから会わせてやってくれんかのぉ?」


「えっ?人に会うのは嫌では無かったのですか?」


「それがのぉ……嬢ちゃんには興味を持ったようでの。ワシも会って話してみて、嬢ちゃんなら会わせても大丈夫だろうと思うた。婆さんも話し相手がおった方が良いじゃろうから、ワシからも頼む」


「分かりました。予定が決まり次第、連絡しますね」


「あぁ、よろしく頼むよ。婆さんには伝えておくからのぉ」


 師匠は少しホッとした様だった。リオを会わせたいという人物は、僕達も良く知っている。絶対に害がないと分かっているのだから、断らないのにね?この国で、僕が信用できる数少ない人間なのだから。

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