第三十五話『心中』

 森林の件の後処理をやってきた。私が撒いた種だからね。危ないし、1人で依頼を受けて完遂してきましたとも。


 ただ一つ気になったのが、森に住んでる弱めの零獣の中でも殊更に弱いヤツらしか腐蝕で死んでなかったってことだ。ちょっとでも進化した個体にはほとんど腐蝕が通ってなかった。

 これが私の制御を離れたからこうなったのか、それとも腐蝕は何らかの影響を受けて減衰するのかはまだ分からない。要検証!


 誰もやりたがらない依頼だったので、中々の報酬だった。今日は何もしないでいいかな…

 宿のベッドに潜り込む。昼間からゴロゴロしてる背徳感たるや、格別だね。


 さて、今後の事を考えようか。殺し屋ギルドに目をつけられて多少本筋から逸れたけど、私の本来の目的はお金を貯めて旅をして…最終的には義父を見つけ出すことだ。あの人間のクズは必ず見つけてこの手で殺したい。

 ただ、アテもなく彷徨っていても、個人を見つけることなんて出来るわけない。


 だから情報を集める。あの男、『レズルタート』を見つけるために。


 もしかしたら今も家にいるかもしれないな…行ってみようかな?私も昔住んでたから場所なら分かるし。

 そうだ、そういえばあの家には寝たきりのあいつの息子もいた。まさか、大病を患っている自分の息子を連れ出して、もしくは置き去りにしてどこかへ行ったりはしないだろう。そう考えるとまだあの家にいるかもしれないな。


 よし、決めた。旅費が十分稼げたら家に帰る。そうしよう!


 そうと決まればこんなダラダラしてられないね。働くか!


「…なんか外が騒がしいな?」


 外からガヤガヤと沢山の人の声が聞こえてくる。大通りに面した宿だから、多少騒がしいことはあるけどここまでうるさいのは珍しいな。

 …見に行ってみるか。




⬛︎⬛︎⬛︎




「おー、結構な人だかりだな」


 大通りに集まる人の間をかき分けて、前へと進む。

 最前列近くまで行くと、野次馬が見ている物が目に入った。


 多少離れた所にいるけど分かる。超絶美青年だ。純白の法衣を身に纏い、煌めくような金髪を風に靡かせた少年が兵士らしき人たちに何かを尋ねている。

 ただ何か聞いてるだけなのに美術品に出来そうなくらいの存在感がある。これは人も集まるだろうね。

 何といっても憂いを帯びた表情が素晴らしい。こんな人もいるんだなぁ…てか、何聞いてるんだろ。気になってきたからあとで兵士に聞いてみようかな?


 あれ?なんか話を聞かれてた兵士の1人が辺りをキョロキョロと見回して、何かを見つけたのか指を指す。方向的に…私か?これ。

 あ、よく見たらあの兵士、私がこの街に入る時に通してくれたヤツじゃないか?


 美青年がゆっくりと振り返る。まずいな…このままだととんでもなく目立つ。美青年には申し訳ないけど…!


(『消滅』…)




⬜︎⬜︎⬜︎




 突如としてワタシの私室の扉を叩く音がけたたましく響き、ワタシは少しの間の眠りから目を覚ます。

 眠りを邪魔されて少し苛立つが、先に用件を聞くとしようか。




「ルシア殿が…戻ってきた?」


 あの日、忌まわしきあの日、円卓に我が権能の一部が封印されたためかは分からないがルシア殿の生体反応が途絶した。同行していた勇者やや冒険者らと同時に。

 気が気ではなかった。もしや、何か強大な存在に命を奪われてしまったのかと…!


「ワタシが出迎えに赴こう。場所はどこだ?」


「カフカ様直々に…ですか?」


「そう言っている。それよりも、ワタシの問に早く答えろ」


「は、はっ。まだ街から出ていないのであれば

、アンファング大森林から最も近い都市であるアンファングに滞在しているものと思われます」


 アンファングか。たしかルシア殿は、勇者らと共にそこへ向かったのであったな。なら、人違いという事はないであろう。

 直ぐにでも出立しよう。出来る限り急がねば。




⬛︎⬛︎⬛︎




 びっっっくりしたー!冷や汗が止まらないよ。怖い、あの美青年怖い!!

 認識阻害を発動すると誰からも認識されない。されないはずなのに…私のいた方向を向くなり私のことを凝視してきた。目も会ってしまった気がする。


 もしかして効果貫通して私のこと見てた?絶対見てたよね!!

 はー怖。もうこの街出ようかな…働いてる場合じゃねぇ。


 今はとりあえず視線は無視して人混みから離脱してきた所だ。私、何かやったっけなぁ…これで別に私を見てたとかじゃなかったらすんごい恥ずかしい。穴があったら入りたくなる。


 かなり離れたところまでやってきた。ここまで離れたらもう大丈夫でしょう。『認識阻害』は解除しておこう。




「わっ…急に人が出てきた…⁈」


「あ、やべ」


 見られてしまった。少し青みがかった黒髪を持った同い年くらいの男の子に。たぶんカッコよく出現したのでその点は問題なかっただろうけど、消えれる人がいるって情報があるだけでヤバい職業の方々はさぞ生き辛くなるだろう。特に現在進行形でがっつり顔見られてる私が!!


 これはやるか。ってしまおうか。いやー…でも私のミスで人殺すのは流石に良心の呵責が…


「えっとー、君。ちょっといいかな?」


「…」


 怖い。顔を凝視してくるー!何、何なの⁈今日怖いよ!

 とりあえずなんか返事してくれないかなぁ。私みたいな陰気なヤツには次の言葉をかける勇気が無いのだよ…


「え、えっと…?」


「やっぱり!」


 だから怖いって!急に大声出さないでよ!あと何⁈やっぱりって!


「やっぱり、ルシア・クローバーさんですよね!」


「え」




 『ルシア・クローバー』。誰だ?この男の知り合いのようだけど…私に似ているのかな。だとしたら、悪いけど人違いだ。


「ごめんけど…人違いじゃないかな?」


「えっ、ほんとですか…?ごめんなさい。あまりにも瓜二つだったので」


 瓜二つ、か。そこまで似てるとなると気になるな。


「どこらへんが似てるの?」


「その首筋の細い傷痕とか、左目の少し白が混じったまつ毛とか…あと、一部だけメッシュ?がかかった白髪とか」




 …まじで?絶対被るわけないだろって見た目ばっかりじゃん。私のパチモンでもいるのかな…?いや、流石にそれはないか。


「あ、それにその服。エーアステ・クラッセの制服じゃないですか。えっと、貴女っておいくつなんですか?」


「えっと…18だよ。たぶん」


「同い年だ…やっぱりルシアさんなんじゃないですか?」


「ええ…なんでそうなるかな」


 明確に違うって言ってるのに。しつこい子だなぁ…やっぱりやっちゃう?


「だって…全員死んでるはずなんですもん。僕の同級生」


「え?」


「死んでるんですよ。卒業式の日にみんな!僕はその日、お腹を壊して式に参列出来なかったんですけど…式に乱入した何者かによって惨殺されたらしいです。でも、その中の1人だけ!行方不明なんです」


「それが…その、『ルシア・クローバー』?」


 めちゃめちゃ訳アリじゃん。話聞くべきじゃなかったかな…絶対面倒事になる。そんな予感。


「あと、僕がルシアさんを見間違えるはずがないですよ」


 来るぞ。これは来る。また重たい話の予感がする。




「僕は、学園で酷い事をされていました。所謂…いじめってやつですね。名門校なだけあって、相手は誰も彼もお偉いさんのご子息やご令嬢。僕なんかが抵抗出来る訳もない」


 重っっ…肩凝ってきた気がする。それにしてもいじめ、か。精神的に追い詰められるキツさは私にも分かるよ。あのクソ人でなしのせいでね。


「そんな地獄から助けてくれたのがルシアさんなんです。そのせいで僕の代わりにいじめの標的にされてしまい…彼女は魔境への遠征の際に行方不明になってしまいました。今でも心残りなんです!だから、ルシアさんを見つけられたと思って嬉しくなっちゃって…」


「分かった、もういいよ…今日は情報過多でしんどいや。」


 私から聞いといて申し訳ないんだけど、自分語りって苦手なんだよね…する方もされる方も。

 だからもう帰りたいんだけど、アレを見られた以上この子を放置も出来ないし、早くこの街からも出ていきたい。それに、それにだ。この子はもしかしたらあのクズのことも知ってるかもしれない。あの男は名前だけは知れてるからね。


 以上のことから導き出される答えは?一つしかないよね。




「よし、悪いけど…着いてきてくれるかな?」


「え?」


「『帯状分裂』」


 ローブで男の子を雁字搦めに縛り上げる。運ぶにはこれが最適だ。この状況も見られるとまずいので男の子諸共『認識阻害』をかけて、ギルドまでダッシュ!荷物は纏めて今も持ってるから、ボグボディにとりあえず報告だけしてこの街を去ろう!さらばだ!




⬛︎⬛︎⬛︎




「うおっ、驚かせんなよ…ってお前、何持ってんだ?」


「人ですよ。見たら分かるでしょ?」


「いやお前…それはそうだけどよ」


「ちょっとめんどくさいことになりそうなんで、私この街から出ますね。もし私が何処に行ったか聞かれても、何も言わないで下さいよ?」


 ボグボディがあからさまに面倒くさそうな顔をする。酷いなぁ、可愛い後輩からの頼みなのに。


「また何処かで会うこともあると思いますし、気が向いたら帰ってきますので」


 気にせず用件を伝えると、なんとも言えない絶妙な表情をする。どういう感情なんだそれは。


「なんですか?何か言いたいことでも?」


「いや、なんでもねぇけどよ…こっから出てくってんなら、言い忘れてた事も伝えておかないとな」


 言い忘れてたこと?有益なサムシングでもくれるのかな。


「あのダサいバッジだが、俺らと同類のヤツらに命を狙われた時に見せるといいぜ。ギルドの構成員なら手を引くし、無関係のヤツに対しては威圧になるからな」


 へー。結構考えられてるんだね…でもバッジを知らない一般やばいやつの襲撃は防げなさそうだね。まあそんなレアケース、滅多にあるもんじゃないしいっか。


「じゃ!私もう出てくんで!ボグボディさんもお元気で〜」


「おう、またな。その坊ちゃん、優しく扱ってやんなよ…って、もう消えちまったか」




⬛︎⬛︎⬛︎




 街が一望できる丘の上までやってきた。ちなみに私が入ってきたのとは反対方向だよ。


「ふー。結構離れたね!よし、ごめんね!連れて来ちゃって。あ、もしかして荷物とかあった?あったなら取りに戻るけど」


「いや…大丈夫です…」


「あっそ。じゃあ行こうか!目指すは我がクソ親父…君は私のパーティーメンバー第一号だ!すごい強引だけど、面白そうだし。君には私に協力してもらうよ。私を『ルシア』だと思って、力を貸してくれると助かる」


 若干萎縮したような表情をしているな…そりゃそうだ。初対面のやつに拉致されてるんだからね。

 ふむ、そういえばまだ名前を聞いてなかったな。


「申し遅れたね。私の名前は『モルテル』!君の名前は?」




「し、シエンです。シエンって言います…あの、もう僕に拒否権無いかんじですかね…?」


「残念ながら、無いね!」


 私の目の前には、清々しい青空が広がっている。陽の光が眩しい。上空を飛ぶ鳥の群れが私達に影を落とし、私は目の上に伸ばしかけていた手を止める。


 さあ、旅立とう。一歩踏み出し、丘を下る。2つの草を踏む音と、鳥の囀りが、小さく私の耳に響く。

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