第三十話『草を踏む音』
記憶が飛んでいる。かなり断片的な情報しか思い出せない。
一つずつ順番に思い出すとしよう。
一番最近の記憶。灯も何もない洞窟の中、目前に迫る蜈蚣。刺すような痛みを訴える頭と、動かない足。
その前の記憶。背中に受けた衝撃と、遠ざかっていく地面。目に入る光が少なくなっていき、何も見えなくなっていく。
それ以前の記憶は曖昧ながらもしっかりと繋がった状態で記憶できている。その連鎖した記憶の始まりは…さすがに思い出せない。
「一つ目と二つ目の記憶は結構脈絡があるように思える。暗闇は…たぶん同じ場所だろう」
でも今の状況、全く繋がりが見えない。なんなんだこの森は。
辺りを見回しても、聳え立つ巨木群しか目に入らない。そして何より異様なのが、森の中だと言うのに動物の気配を全く感じないというところだ。
何かがあったのか?辺りにいた動物達が全て逃げおおせるほどのナニカが…
「まあいいか。考えても答えの出ることじゃない」
そう言えば、『鑑定』は使えるのだろうか?曖昧な記憶の中で習った覚えがある。
「『鑑定』」
種族:
名前:⬛︎⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
【逡ー閭ス】
命の光I
諷域ご
諞、諤
證エ陌
【スキル】
命の光I
鑑定Lv.1
混沌の魔角Lv.1
操躯Lv.1
呪言Lv.1
錬金Lv.1
奇跡魔法Lv.1
痛覚無効
【称号】
忌み子
元奴隷
鬲皮黄谿コ縺
諷域ご縺ョ蠢
諞、諤偵?蜻ェ邵
蜻ェ隧帛瑞縺
證エ陌舌?蜻ェ邵
なんだこのステータス。待て、なんだこの名前の表記は?私はルシアなんじゃないのか?
前見た時には無かったスキルとか、よく分からない文字の羅列が増えてるし、逆に元々あったスキルも無くなっている。
「ひとまず森を出て街を目指すか…」
どっちに進めば出られるかな。ふと足下を見ると、私が向いている方とは逆方向に向かって大量の足跡がついている。
森の中から大挙して出ていく状況なんてそんなにないだろうし、おそらくこれが森の中に入っていく方向だろう。ここは魔境だったりするのだろうか?
進もう。私の歩く方向が正解だと信じて、前進するんだ。
⬛︎⬛︎⬛︎
鬱蒼としていた木々は徐々にその密度を減らしていき、私は青空の下に足を踏み入れる。
「良かった。方向は合ってたみたいだね」
次は街だ。このまま彷徨っていたらすぐにでも飢え死にしてしまう。
軽快に歩く。森を抜けると辺りには草原が広がっており、歩みを進める度に草が擦れる音が微かに響く。時折靡く風も気持ちが良い。
こんな風に歩くのは随分と久しぶりな気がする。いつも下を向いて歩いていた。上を向けば青空が広がっているというのに、その広さに目を向けなかったのは何故だろう?
こうして、ずっと歩いていたいな…
「あ、街が見えてきた」
街は城壁で覆われており、遠目に麦畑のような物も見える。
「止まれ。何用だ?身分を証明できる物は持っているか?」
門番らしき兵士に止められた。何用かと聞かれても…死なないため以外の理由が思いつかないのだけれど。
「ええと…職を探してて」
嘘は言ってない。金も持ってないしどのみち仕事を探す必要があるからね。
「…ここは通せない」
「え、なんでさ」
「そんな良く仕立てられた服を身につけておいて、職を探しているだと?冗談もほどほどにしておけ」
「あぁ、そういう…」
たしかに、今着ている服は上質そうな感じがする。生地はサラサラだし、着ているとなんだか…安心感のようなものもある。おそらくはかなり高級なものだろう。
そんな高級そうな服を着た女が職探し、さぞ怪しく感じることだろう。
でも、入れないとなると困るな。一体どうしたものか…
「おい、どうした?」
「あぁ、先輩。この女、言動が怪しいのでここで止めているんです」
「あぁ、なるほど…っておい待て、この人…!」
後から来た兵士が私を止めていた兵士の首根っこを掴んで門の中へと連行していった。
私を放置して。ダメでしょ…ちゃんと見ておかなきゃ。入るよ?
少しすると、後から来た方の兵士が出てきて私の方に駆け寄ってくる。
「申し訳ございません。確認が完了しましたので、どうぞお入りください」
「は、はぁ…」
なんかいろいろガバガバだったけど、なんとか入れた。いつかどこかの盗賊とかにあっけなく突破されそうだよね、ここの門。
門を潜り抜けると直ぐに市場が広がっていて、活気に満ち溢れている。
なぜか私にも力が溢れてくるような気もするし、意外と私って人が好きなのかもね。
さて、まずは先刻の宣言通り仕事を探すとするかな。無難なところだと飲食店?自慢じゃないけど私は容姿だけは良いから、看板娘的ポジションにもつけるはずだ。まあその代わり性格とか諸々が終わってるんだけどね。
大通りの中でも一際目を引く飲食店、というか酒場が目に入ったので気の赴くままに入店する。
「いらっしゃい!嬢ちゃん、何にする?」
お昼時だからかかなり客がいて店内は賑わっているが、その中でも一際良く通る声が私にそう問いかける。
カウンターに空席があったので、ひとまずそこに腰掛ける。
「えーっと、私今仕事を探してまして。ここで働きたいなー、なんて」
「へぇ、嬢ちゃんあんま世慣れしてなさそうだが、ここを選ぶとは見る目があるねぇ」
良く通る声の主、店主らしき女性がそう言う。
「えっと、雇用に際して何か条件とかありますかね…?面接とか」
「いんや、何もないよ。嬢ちゃん、名前は?アンタ可愛いから、ウェイトレスでもやってもらおうかね」
「えっ」
「よし、制服あるから裏で着替えてきな!」
とんでもないテンポで話が進んでいく。もしかしてこれが普通なのか…?
⬛︎⬛︎⬛︎
「おい嬢ちゃん!こっちに酒持ってきてくれ!」
「は、はぁーい!」
注文はもっと正確にしてくれよ…!具体的にはちゃんとした品名と数!適当な酒を人数分持ってけばいいのか…?
私が戸惑っていると、店主が声をかけてきた。
「あの客はいつもこの酒を注文してっから、これをジョッキに注いで人数分持ってきな。あとお前ら!この嬢ちゃんは新入りなんだ!もっと優しくしてやんな!」
いや、この人すごいな。もしかして全ての客の好みとか把握してるのか?もしそうだとしたら、この店が繁盛しているのにも頷ける。
一人一人の特徴を把握する。うん、学ぶ事も多そうだね。
愛想笑いは忘れずに。
⬛︎⬛︎⬛︎
あの後、お昼時をすぎて客足も少なくなってきたので退勤してきた。もちろん、給料を片手に。日雇い的な感じで使ってくれるらしく、決まった出勤日とかは存在しないらしい。
まあ暫くは資金調達の為にお世話になりそうだ。
それにしてもこの街は活気がすごいな。通りのあちこちで屋台が設営されていたりするお陰なのかもね。
ちょっと疲れたので休めるところを探すと、人通りが少なくて日陰になっている路地を見つけた。さっき貰った給料で購入したチーズケーキを食べるには絶好の場所。
私の性格的にも、街中のベンチとかに座って食べるよりこういう日陰の段差に腰掛けて食べる方が合っている気がするし。
「美味しいな、このケーキ」
最近、これを食べた気がする。私の飛んだ記憶のどこかで食べたのだろうか。
きっと、私の知らないわたしも甘いものが好きだったんだろうな。
「おい嬢ちゃん、そのケーキ美味そうだなぁ。俺らにも分けてくれや」
うっわ…なんか変な男が2人近寄ってきた。とりあえず手に持っていたケーキを口に放り込んで咀嚼する。
その間に男たちは私の前後にポジショニングする。これは…完全にアレだな。犯罪者だな。
「自分で買ったらいいんじゃない…?」
「嬢ちゃん、俺らが何言いたいか分かってんだろ?」
「有り金全部寄越せ…とか?」
「分かってんなら話が早ぇな!さっさと出しな。もっと怖い目に遭いたくなきゃあな」
はぁー…こんなことになるなら普通に眺めのいいところで食べたのにな…
衛兵とか呼ぶか?いやでもそうしたらたぶん殴られたりするだろう。それは避けたい。
出すしかないか、金。汗水垂らして働いて稼いだお金をこんな遊び人に横から掠め取られるのか…あぁ、ムカつく。
腰にぶら下げていた麻袋を手に取る。金属が擦れる音と確かな重量。手放すのは惜しいがまた働けば良いだけ…かな?
「なんだこれ」
麻袋を掴んだ左手の掌が淡く発行している。それに伴って、私の視界の端に映る男達もなぜかシルエットが淡く光っている。
なぜだろう。今なら…
麻袋を前にいる男へ向かって投げつけ、即座に振り返る。
光る掌を男に添えると、左手が一際強く光る。
「『斜陽』」
「何して…ぎ、ぎゃあぁぁあぁぁー!」
後ろにいた男は支えを失ったように後ろへ倒れて動かない。たぶんもう死んだ。
もう1人の男は逃走しようとするが…まだ渡した金を回収していない。逃がすものか。
死んだ男が腰に挿していた短剣を素早く抜き去り、投擲する。短剣は狙い通り男の右脚に直撃し、脚が思うように動かなくなった男は転倒する。もう脚は使い物にならないだろう。
「ひっ!た、たすけ…」
「金返してくれたら助けてあげる」
私がそう言うと、男はすぐさま麻袋をこちらによこす。
「はい、それじゃ…『斜陽』」
すごいな、断末魔すらあげさせずに殺せるのか。
死んだ男の頭を指でつつくと、大した力も込めていないのに皮膚は裂け、頭蓋骨が砕けて脳漿が吹き出す。
怪死体の出来上がりだ。
「…やっちゃったなぁ」
待って、冷静に考えたら私今ヤバいことしたよね⁈自分で振り返っても気持ちの切り替えが早すぎる。
「逃げた方がいいよな…コレ」
どう考えてもこの状況を見られたらマズい。牢屋行き確定だ。
死体から目につく装飾品や武器をいくつか回収して、そのまま立ち去ろう。
はぁ、残ったチーズケーキはもうちょっと後で食べることになりそうだ。
★★★
サブタイトルをまた少し変更するかもしれません…
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