第二十二話『アンファング大森林』

腐葉土を踏みしめる。遥か頭上まで伸びた樹木が日の光を遮っていて、少し肌寒い。


「うへー…森って言っても場所によってかなり違うんだね」


前に見た森、黒龍山脈の森林は高い木と言ってもわたしの身長の3倍くらいだったが、ここの木は多分そのさらに3倍は高いし太いしめちゃくちゃ鬱蒼としてる。


わたしたちが今いるのはB級魔境『アンファング大森林』。この森の浅いところは零獣も弱く、零獣の生息する地域も比較的はっきりしていて安全に探索できるため駆け出しの冒険者ののレベル上げに結構人気のスポット…らしい。エレンさん談。


「ここらへんにはどんなのがいるの?」


「ここはかなり浅いところだからレッサーシュピンネとかの虫系やネズミかな。ボクも昔はここでレベル上げに勤しんだんだよ」


「勤しんだって言っても弱った蜘蛛の頭をナイフでグサグサやってただけじゃない。ほぼ農作業よ」


レッサーシュピンネと言えばレイヴンの洞窟の中にもいた蜘蛛型の零獣だ。いちおう因子も取り込んだけど、今はこの前レイヴンから貰った特殊な進化をした上位種の『ヴィストーゾ・タランテラ』が糸を使うにも毒を使うにも優秀そうなのでこれから使うことはないだろう。


「どうせトドメだけならもうちょっと強いヤツらの方が効率良くない?」


「分かってるわよ…だから進んでるんでしょうが」


「進むとどうなるの?」


「零獣の強さがワンランク上がって、普通のシュピンネとか蛇系のヤツらも出るわね。ハンティングボアとか」


それにしても新天地?ってのはいいね!知らない動植物が沢山ある!




◆◆◆




「ここか、古城ってのは」


僕の視線の先には一部だけ森が拓け、そこに聳え立つ荘厳かつボロボロの城がある。


「ここって強い魔物がいるんだっけ?」


「?知らんけど」


「え、じゃあ誰が知ってんだよ」


「うーん…2番じゃない?」


「2番どこだよ」


「湿地帯に行ったけど」


「なんで本体の僕が知らないんだろ…」




◆◆◆




「やっと着いた…」


ジメジメして嫌だな…湿地。


こんばんは。僕はユーベル、正確に言えば2番だ。18人もいると分かりにくいからと元本体勢は番号を振った。本体を常に1番として、生まれた順に番号が振られている。

ちなみに僕は2番だから本体の補佐で、情報の管理を任されている。…でも性格とかみんな同じだから、僕も本体と同じで大雑把。今日も別れて行動するのに本体にいろいろと伝えるのを忘れてたけど…まあいいいや。

たぶん問題ないでしょ。


それよりも住んでるらしきリザードマンの掃討…ボス個体は残して本体のパワーアップに使おう。


「行くよ。4番、7番、10番、13番、16番。あとー…雑兵たち」


まずは敵の雑魚を手っ取り早く片付けよう。


「行け、指蜥蜴。この穴の中に入るんだ」


本体は当然として、元本体は雑兵への命令権限を持っており本体がいなくても僕たちの思うように統率することができる。僕らは思考回路が同じだからね。

指をトカゲの形に変形させた眷族を大量に、リザードマンの住処である湿地帯の中央部にある地下洞窟に侵入させる。


「入ったかな?それじゃぁ…『鱗粉』、発動」


いつぞやの蛾の持ってたスキルの一つ、『鱗粉』を発動する。これは選択した効果を含んだ毒粉を散布するスキルで、別に蛾じゃなくても発動できるので洞窟内にトカゲを侵入させて麻痺毒を充満させる。


「そろそろいいかな?よーし、皆んな行くよ」


強そうな個体を残しつつ雑魚を片付けるだけの簡単なお仕事だ。そう時間はかからないでしょ。




◆◆◆




「おー、でっかーい」


僕は元本体の3番。今は他の5人の元本体たちと一緒に巨木の加工作業に来ている。

僕らのセンスがこれからの活動の是非を決めることになる…ダサいツリーハウスなんて存在意義ないからね?


「つってもどう加工したもんかな…ツリーハウスの作り方なんて知らんし」


「まずは試しに隅の方の一本丁度いい感じにくり抜く?」


「どうくり抜くんだよ…」


「そうだな…『咬合』とか?」


「なるほどね…?木を、食べるってことか…」


精神的にキツい。絶対不味いって。

木にかける調味料ってありますか?…ないですか。そうですか。




⬛︎⬛︎⬛︎




「よし、今日は一旦ここらで野宿をしよう」


けっこう進んだかな?シュピンネ系の零獣の湧きスポットを目指して森の中を前進してきたけど、慣れてない勇者勢は疲労してるし、道中の雑魚でもレベルを少しずつだけど上げられたから今日の成果としてはまずまずかな。


勇者たちとルークさんチームが協力してテントを沢山張っていく。

わたしはその間の見張り。称号のおかげでわたしを感知した零獣は怖がって逃げていくから、ぶっちゃけ立ってるだけなんだけどいちおう警戒はしておく。

テントの張り方とか知らんし。


あ、ご飯食べ始めた。いいなー…わたしもみんなと一緒に食べたい。あ、でもあれ携帯食的なやつか。じゃあいいかな、不味いし。


「…ん?」


なんか一瞬だけ危機感知が反応したような気がする。


「…何かいるのか…?」


気のせいかなぁ?もう全く反応しないし。

危機は去った…って事で問題はないはず。


「おいルシア。見張り、そろそろ交代するか?」


「お、ありがとー。じゃ、わたしはご飯食べてくるね」


ルークさんとエレンさんが見張りの交代にやってくる。エレンさんとか特に索敵得意だし、何か異常があればわたしに言ってくるでしょ。

今はこっそり持ってきたチーズケーキにありつかなければ!




その時わたしは…いや、わたし含め誰も気が付いていなかった。

わたしたちを見つめる2対の赤い目と、"異常事態"とはいつもと違うからこそ、異常なのだということに。

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