Day.15潮風の匂いが鼻の奥から消えない

 というわけでデートだよお!

 なんて浮かれはしゃいでいるのはオレだけなんですけどね。


「トッキーと二人で出かけるの超久しぶりじゃね? もしかして高校以来!?」


 コウもコウで浮かれていた。

 男二人で電車でなにはしゃいでんだって感じだけど、せっかくなんだから斜に構えてもしょうがなし、全力で楽しむ所存である。


「そういや今日ってどこ行くの? さっき空港過ぎたけど」


 実はオレは行き先を知らないのでした!

 昨日の夜に土曜の朝8時に迎えに行くとだけ連絡が来て、今朝は6時に起きて支度して待っていた。

 母親から彼女とデートかと期待の眼差しで見られたが、迎えに来たのがコウだったのでちょっと呆れた顔で送り出された。

 その後コウに連れられて電車に乗って、かれこれ一時間くらいだろうか。


「犬吠埼」


「は? 銚子?」


「そう。もう一時間くらい乗ると終点だから、そっから銚子電鉄に乗り換えて二十分くらいかな」


「なんで犬吠埼?」


「ぬれせん食いたくて」


「ぬれせん」


 ぬれせんとは濡れせんべいのことだ。

 みなさんご存知だろうか(みなさんとは?)。

 銚子電鉄が赤字経営を脱却するために売り出した千葉の新名物? 銚子の新名物だっけ?

 とにかく銚子電鉄が売り出している濡れてシナッとしたせんべいである。


「トッキーぬれせん好き?」


「ううん、全然」


「マジかよ、あんなに美味いのに」


「せんべいはパリッとしてて欲しいし、サラダせんべい派なんだ」


「20年も友達なのに気づかなかったわ。まあ濡れてないせんべいもあるだろ」


 雑〜。

 しかしそれがコウの良いところだし、オレの好きなところでもあるので全然オッケー。

 けどふと、初は神経質だから合わないだろうなと気づいてしまうのだ。

 せっかくのコウとのデート中に他の女のこととか考えたくねえなあ。


 そうこうして犬吠埼である。


「めっちゃいい眺め!」


「すげー、あれ富士山?」


「銚子の北に富士山はねえんだわ」


 コウはぬれせんをもちゃもちゃ食べながら機嫌良く望遠鏡を覗いている。

 オレはその横で案内板を読みながら銚子ソーダを飲んでいる。うまい。

 濡れてないせんべいは見つからなかったけど、店先でせんべい濡らしてたばあちゃんが、


「濡れてない方が好きなの? じゃあ濡らす前のせんべいあげるわね」


 つって濡れてないぬれせんを売ってくれた。

 美味しくてすぐ食べちゃったからもうない。


 そんな感じで割と普通に楽しく観光してしまった。

 なにしろ幼馴染なので幼稚園の遠足に始まり、小中高校までの全ての修学旅行を共にしているし、なんなら親同士も仲が良いので家族で旅行とかバーベキューなんかも一緒にしてきている。

 だから互いの行動に理解があり過ぎてストレス皆無の小旅行なのだ。

 熟年夫婦かよってくらい息が合ってしまい、それもあって性癖のカミングアウトができずにいた。

 楽すぎて、今更波風を立てたくないんだ。

 ほんと、ヘタレ。


「ちょっとはスッキリした?」


 夕方、海風を浴びながらコウに聞いてみた。

 今日は初の話なんかしたくなかったのに、オレは聞いてしまった。


「うん、ありがと」


 コウは遠くの方を見ながらそれだけ言った。

 それ以上はなにも言わなかったし、オレも聞かなかった。


「暗くなる前に帰ろっか」


 どちらからともなくそう言って駅に向かう。

 途中の乗り換え駅て蕎麦を食べて、付け合わせのおにぎりとか天ぷらとか半分こして、ほんと熟年夫婦みたいなのに、オレらの距離はいつまで経っても幼稚園の時から変わんなかった。


 帰って風呂入って潮風のベタベタを洗い流す。

 風呂出てすぐ布団に倒れ込んで目を瞑った。

 夕日に照らされたコウの横顔が瞼に焼き付いて消えてくれなかった。

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