第8話 自然な出会い【フレン】SIDE


 三日後。私は早起きして乗馬場に向かい、乗馬場オープン前からバックヤードでユリアーナが来るの待っていた。


「まさか……お館様、一日中待機するつもりですか?」


 ガイが顔を青くしていたが、私は当たり前のように言った。


「当然だ。いつユリアーナが来るかわからないからな」

「……そうですね……あ、そろそろ乗馬場が開きますね……」

「いよいよか!!」


 がっくりと肩を落とすガイを無視して、私はオペラグラスを使って、監視を始めた。ここは入場者を監視することができる絶好の場所だった。

 私の隣でガイが大きなあくびをしながら言った。 


「きっとご令嬢はこんな朝早くからは来ませんよ~~こんな早く来るのなんて、今度の乗馬大会に出たり、遠征訓練を兼ねている者か、馬好きのガチ勢ばかりですって……」


 私はそれを聞いて、オペラグラスを覗き込みながら込み上げてくる笑いを抑えることが出来なかった。


「ふは。ははは!! そうか、この時間に来るのは乗馬大会に出る者か、遠征訓練の者、そして馬好きのガチ勢……私はユリアーナの好きなものがわかったぞ!! 見ろ!!」

「は?」


 ガイもオペラグラスを手に持って、入場者が入ってくる門を見た。


「お……おお。ユリアーナ嬢……ガチ勢か……」


 私はオペラグラスを投げ捨てると、急いでユリアーナの元に向かうことにした。


「ちょっと、お館様!! 待って下さいって!!」


 ガイが私の腕に絡みついてきた。


「何だ⁉ 離せ!!」


 ガイは、私を見ながら言った。


「今、言ったでしょう? この時間に来るのは、ガチ勢だって!! 久しぶりの休日に、久しぶりの乗馬!! こんなに朝早く来るくらいユリアーナ嬢は楽しみにしていたのですよ⁉ 今、話かけたら完全に邪魔な人で、印象最悪ですって!!」


 私は、立ち止まってガイを見た。

 

「確かに……」

 

 ガイは、私の腕を離すと諭すように言った。


「いいですか。この乗馬場の持ち主であるお館様に言うのもなんですが、この乗馬場は人気で予約を取るのがそこそこ大変です。だからこそ数日前に予約をする必要があります。ユリアーナ嬢はいつも急遽休みになるので、これまで我慢していたのだと思います。乗馬が終わった後に、一緒にお茶をしようと声をかけた方がよろしいのではありませんか?」


 ユリアーナは久しぶりの休みに好きな乗馬をするための訪れた。

 それなのに、馬に乗る前に声をかけたら……完全に印象は最悪。

 だが、ユリアーナが乗馬を終えて休憩の時に声をかければ……。


「そうだな。それはとても自然で、かなり印象がいい。それに次の約束も取り付けやすいし、ユリアーナも程よく疲れて心もほぐれて私の次のデートの誘いもすんなりと受け入れてくれるはずだ」

「うわ~相変わらず考えていることがせこいですが、その通りだと思います」


 私はガイを見て言った。


「よし、それでいこう!!」


 こうして私は、バックヤードから乗馬場を見ながらユリアーナを探した。

 



「うわ~~ユリアーナ嬢。いきなり上級者コースに現れて一心不乱に馬に乗ってますね……」


 ガイが隣でユリアーナを見ながら呆れたような声を上げた。

 この乗馬場の上級者コースは、遠征訓練も可能なように難易度が高く作られている。いくら乗馬が好きという令嬢でも多くは初心者コースだ。稀に腕に覚えのある令嬢は一般コースを利用するが……令嬢でいきなりの上級者コースを選ぶ者を私は初めて見た。


「ユリアーナ……乗馬がかなり得意なのだな……はぁ~~ますますいい……。いいな……馬はユリアーナに好かれて……。はぁ、馬になりたいと思ったのは生まれて初めてだ……」

「お館様って……いえ、何でもありません」


 私は夢中で馬に乗るユリアーナに惚れ惚れしながら、オペラグラスで見ていたのだった。





 そして、乗馬場がにぎわう時間になると、ユリアーナが馬を降りた。


「あ!! ユリアーナが休憩をするようだぞ⁉」

「やっとですか⁉ 何時間乗って……訓練でもしてたのでしょうか? 本当にガチ勢でしたね……」


 ガイが呆れる中、ユリアーナに一人の男性が近づくのが見えた。


「誰だ⁉ あの男は⁉」

「ちょっと確認を……ああ、あの方はこの乗馬場の常連のナヘロ伯爵……」


 ガイが言葉をいい終わる前に私はオペラグラスを投げ出して駆け出した。

 ユリアーナが、他の男と自然に知り合って、お茶を飲もうとしていた!!

 これは最悪の事態だ!! ユリアーナと自然にお茶を飲むのはこの私だ!!


 私は、急いでテラスに向かったのだった。




「きゃあ~~フレン様。こんなところでお会いできるなんて~~」

「これは、キュライル侯爵。これほど素晴らしい施設を運営して下さり大変感謝しております」


 迂闊だった!!

 私がバックヤードから出た途端、令嬢や私と顔を繋ぎたい貴族男性に声をかけられる事態に陥った。


「これは、ご無沙汰しております。どうぞ、ゆっくり楽しんで下さい」

 

 失念していたが、私はこの乗馬場の経営者だった!!

 そんな私が歩けば……声をかけられるに決まっている。


 ようやく人波を抜けて、テラスに着いたが時、すでに遅し……ユリアーナは例の伯爵とすでにお茶をしていた。


 急がなければ!!

 私は、令嬢に囲まれながらやっとの思いでユリアーナにテーブルに辿り着いたころには、伯爵は席を立とうとしていた。 


「それでは、ユリアーナ嬢。今日は本当に楽しかった。三日後にまたお会いしましょう」

「ええ。ぜひ」


 私の耳には信じられない言葉が飛び込んで来た。

 『三日後に会おう』だと?

 ユリアーナとのデートの約束を取り付けるのは本来私だったはずだ。それを、それを私はこの男に奪われてしまった。

 しかもユリアーナも嬉しそうに伯爵の誘いを受けた。


 信じられない。


 唖然としているうちに伯爵は姿を消して、私は令嬢に囲まれていた。

 

 いや、まだチャンスはある!!


 私は必死に令嬢を振り切り、ようやくユリアーナの席に手をついた。


「失礼、こちらよろしいでしょうか?」

「え?」


 ユリアーナが驚いた顔で私を見上げていた。

 

 可愛い、可愛い、可愛い、可愛い!!


 私は可愛い以外の脳内の語彙力を喪失させながら笑顔を見せた。そして、お茶でも……と誘おうとした時、ユリアーナが私を見てにっこりと笑った。

 私は何も言葉に出来ずに、ユリアーナを見つめていた。

 するとユリアーナがすっと席を立った。


「どうぞ、丁度帰るところでしたので、それでは失礼いたします」


 ユリアーナはそう言うと、瞬く間にこちらに向かって押し寄せる令嬢の波間に消えてしまった。


「フレン様~~」

「ご一緒しませんこと?」

「フレン様とお会いできるなんて」


 私は、『戻ってきてくれ』と願いながらユリアーナを見つめたが、彼女はそのまま乗馬場を後にしたのだった。

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