第14話 再びのお仕事(4)【ユリアーナSIDE】
「またしても依頼取下げか……」
私だけではなく、室長までも困惑していた。
「何があったのでしょうか?」
私の問いかけに、室長が眉を寄せながら答えてくれた。
「私も先程呼び出されて、この書類を受け取ったのだ。あとで、総監に確認してみる。すまない、ユリアーナ。今は仕事に戻る」
総監とは正式名称を総合監督部と言って、様々な業務の窓口を担っている。依頼者から直接依頼を受けた関係者に話を聞いてくれるのだろう。
「はい。お気をつけて」
「ああ、できるだけ早く戻る」
室長はそう言い残すと慌てて、諜報部を出て行った。
「また、依頼取下げですか?」
ジルが不審そうに眉を寄せながら言った。
「ええ。そうみたい」
私が答えるとジルが不思議そうに言った。
「浮気調査の依頼を断る時って、どういう時ですかね……夫人、離婚を決意されたのかなぁ~~? でもなぁ~~領主夫妻の離婚だったら大スキャンダルですよね……
先程、貸衣裳部にも行ったが、シャルロッテ様とフレン様の婚約の噂は聞いたが、ドラン子爵夫妻離婚の話は聞いていない。社交界では、家同士の関わりも重要なので、どちらかというと、結婚よりも離婚の方が噂になる。
「とにかく、この取下げ願が一時的なものなのか、もう完全に取り下げられたのか、室長に聞いてみるわ」
またしても、中途半端になってしまって困惑する私にジルは、困った顔をした後に笑顔で言った。
「俺も一緒に室長を待ちます」
「え? いいわよ。ジルは仕事が終わったら帰って」
「いえ、後学のためですので、気にしないで下さい」
「そう?」
「ですので、俺の仕事手伝って下さい」
「ええ、手伝うわ」
突然仕事が無くなり、やることもなかった私は、ジルの仕事を手伝うことをした。
実を言うと、少しだけほっとした。
何もすることもなく、室長を一人で待ち続けるのは、始めに潜入捜査の失敗をした自分を必要以上に責めてしまいそうで……怖かったのだった。
◇
「え? ドラン子爵が一年間の謹慎処分? なぜですか?」
調査から戻ってきた室長に理由を聞いた私は大きな声を上げてしまった。そんな私に室長が困ったように言った。
「その辺りは、書類を受理した総監も詳しくは聞いていないらしいが、なんでもどこかの伯爵家を怒らせたと聞いたな……」
「伯爵家を?」
「ああ。伯爵の訴えで、ドラン子爵は謹慎処分を受け、夜会に一年出席を禁じられたのだ」
社交シーズン目前で、一年の謹慎。きっと今後、ドラン子爵は一年が過ぎても社交界に出ることは難しいだろう。ドラン子爵には息子さんがいたはずなので、その方が一年後からは夜会に出て、ドラン子爵家の社交を行うだろう。
つまり、今後夜会に出ないドラン子爵の浮気調査は意味をなさなくなった。
「ユリアーナ、明日からしばらく、書類仕事を頼めるか?」
「はい」
私が頷くと、室長は気の毒そうな顔をしながら、忙しそうに仕事を始めた。
席に戻ると、ジルが不自然なほど、大きな声を上げた。
「飲みに行きませんか? 俺、安くてうまい店知ってるんです」
私はジルの気遣いが嬉しくて泣きそうになってしまった。
「ありがとう……でも、今お酒を飲むと、美味しく飲めない気がするの。ジルと初めて飲みに行くんですもの、美味しいお酒を飲みたいわ」
ジルは困ったように笑いながら言った。
「ユリアーナさんらしいですね。わかりました。じゃあ、次こそ飲みに行きましょうね」
「ええ」
こうして私は、またしても仕事が途中で終わってしまったのだった。
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