諜報令嬢の新たなお仕事
第10話 休日【ユリアーナSIDE】
予定外の休みが出来た私は、タイミングよく届いた父の手紙を見て、寮から馬で小一時間はかかる王都に端にある家にやって来た。
「ユリアーナ。お前にお見合いの話が来ている」
お見合い……。
私は大きく息を吐きながら、父を見ながら言った。
「お父様……何度も申し上げておりますが、私はしばらく結婚はできません」
私は今、諜報部に所属しているのだ。
しかも二年もかけて諜報員として訓練を受けて、ようやく調査員に認められたところだ。今は仕事に頭がいっぱいだ。もう少し諜報員として仕事に集中したい。
まだ結婚はできないという私を見ながら父は、困ったように言った。
「なぜだ? 女官になったからと言って結婚を禁じられているわけではないだろう?」
もちろん、いくら諜報部と言えども、結婚を禁じられているわけではない。結婚してる人だって多い。ただ単純に、今の私に結婚する心の余裕がないのだ。
ちなみに女官は一般的な令嬢に比べて婚期は遅いが職場結婚が多いので、悲観することもない。
「とにかく、お見合いはしません。女官試験を受けると言った時、私を応援すると言って下さってじゃないですか? それに家のことも心配ないはずです」
何度も言うが、女官になるのは大変だが、お給金はかなり高く、同僚の中には実家に仕送りをしている人も多い。
さらに私の出身ガイルド子爵家はすでに兄が領地を治めているし、姉は男爵家に嫁ぎ幸せに暮らしている。弟も騎士になると言って、士学校に通い着実に騎士の道に近付いている。家も私がいなくても問題はない。
すると父がため息をつきながら言った。
「確かにそう言ったが……。会うだけあってみてはどうだ?」
貴族の結婚には二種類ある。
一つは絶対に断ることのできない強制的な結婚。これは主に、家同士の利害関係が絡んでいる。さらに重要なのが、国王陛下の意向もあるというものだ。
陛下までも家同士の結び付きが必要だと判断した場合は、断ることができない。
だが、それ以外はいくら身分の高い家が相手でも、逆に身分の低い相手でも結婚を強制することはできない。
これは、親同士が決めて結婚はしても離婚する人が増えたり、愛し合った男女が国外脱出したりと、問題が多発した。そのため、夜会やお見合いという方法でそれぞれが少しでも生涯を共にできる相手を選ぶ方が良いということになったのだ。
「いえ、結婚する気もないのにお見合いに行くなんて失礼なことはできません。ですので、相手の方の情報も一切伝えずに、未開封のままお返しして下さい」
お見合いの釣書は、未開封のまま相手に返せば、現在結婚の意思がない。または他に相手がいるという意味になり断っても失礼にならない。
だが、開封してしまうとお見合いをしなければ失礼になる。
まぁ、釣書を届ける時に配達人は、相手の家を名乗ることが多いので届いた時点で、相手の家は特定できるのだが……。
とにかく、まだ結婚はしないときっぱりと言い切った私に、普段は物分かりのいい父が珍しくしつこく尋ねた。
「なぁ、会うだけでも……。釣書を見たら、絶対見合いをしたくなるぞ?」
「それならなおさら見ません!!」
「姿絵だけでも……」
「お断りです」
「なんて、意思の固い娘なのだ!!」
「お褒め頂き光栄です!!」
「むむむ……相手の家名だけでも……」
私は父に向かって深く頭を下げた。
「お父様、私は女官としての責務を全うしたく存じます。どうか、結婚は私に任せて頂けませんか?」
祈るように頭を下げると、父が深く息を吐いた。
「わかった……。女官として陛下に、サンディゴベル王国の民に、存分に……仕えよ」
「はい」
顔を上げると、困った顔の父と目が合った。
もう、父は私に何も言わなかった。
それから私は、父と、母と兄の家族と一緒に昼食を楽しんで寮に戻ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます