少数精鋭。

 最終的には十一体の巨人型魔族が、オシュトローを始めとする近隣の町や村に出現した。

 ルーンクトブルグの軍勢は少なからず犠牲を払うことになった。しかし十一体の巨人たちの討伐には無事成功し、民間人の死者を出さずに、今回の作戦は収束した。


 テオが目を覚ましたその日は、その夜から丸一日経過していた。フィルツ大尉から情報を聞きたかったが、彼女も相当疲労が溜まっている。その晩はしっかり仮眠をとらせた。


 翌朝、彼女が語った内容をかいつまむとこうだ。


 キューパー大佐の率いる部隊は、ティルピッツの郊外にて二体の巨人型魔族「サイクロプス」を討伐した。そのうち一体は大佐自身が、たった二発の狙撃により仕留めたらしい。二発目はヘッドショットだという。負傷者もゼロ。まったく恐ろしい「黒眼こくがんの悪魔」だ。


 一方でオシュトローには合計三体のオーガーが出現。苦闘の末、からくも討伐に成功したという。


 あのラングハイム中尉は、なにやらおぞましい召喚術を用いて巨人を丸呑みにしたらしい。だが例によって持病を発症。まともに巨人の棍棒をくらいにいき、気持ちよく吹き飛ばされたとのことだった。

 全身を複雑骨折し普通なら即死の重傷を負ったらしいが、もうとっくに身体は修復され、すでに首都に戻っている。なんでも、彼女の部下二人が任務から国に帰ってきているらしい。


 バルテル少尉の一個小隊は巨人相手に多少の苦戦を強いられたものの、彼の持ち込んでいたロケットランチャー型の魔導銃「SMAW魔導砲まどうほう」が功を奏した。負傷者は数名でたが、おおむね被害は最小限に食い止められた。


 もっとも戦況が危うかったのは、エルナ・ヒルシュビーゲル少尉の召喚術部隊だった。召喚獣の数ではこちらにがあったものの、主たる使役であるコボルトもリザードマンも決定打に至る火力を持ち合わせておらず、集落への侵攻を許してしまうところだったのだ。

 最終的には、エルナの召喚獣「フリューゲル」と、村の青年による機転で、なんとか鎮静化できた。命には別状ないが、村の青年はオーガーに押しつぶされそうになり、内出血を起こす重傷を負ったらしい。


 ほか五体の巨人型魔族についても、全てオシュトローから半径五十キロの圏内で出現し、あの晩にのうちに掃討されている。

 一夜の大捕物おおとりものが幕を下ろした、というわけだ。


「それにしても、ラングハイムのやつは本当に懲りないな。今後任務を共にすると思うと、気後れする」

 テオは病室のベッドの上でぼやいた。


 手の包帯はまだ取れないが、だいぶ体力が戻ってきた。テオは今朝起きてから顔を洗い、よく歯を磨き、伸びっぱなしになっていたひげを剃った。味気のない病院の朝食を摂ったあと、ベッドに戻り軽めの筋力トレーニングを行なった。


 昨晩は、例の夢を見ることはなかった。すぐに安心しきってしまうわけにはいかないが、テオは正直なところ、ほっとしていた。


「少佐にご報告がいくつかあります。ある程度体調が戻ったら伝えるように、キューパー大佐から仰せつかっております」


 フィルツ大尉が手帳を開きながら、てきぱきと言う。

 じゅうぶんに休養をとれたようで、昨日に比べてずいぶん顔色がよかった。


 昨夜のこともあり、テオは気を抜くと大尉のことを無心で見つめてしまいそうになる。実際、彼女のことを抱きしめたあとはすぐに仮眠を促したわけなので、それ以上のことはなにも起こっていない。

 そういった意味では、テオはあまり寝つきがよくなかった。


「――少佐? 大丈夫ですか?」

 ぼうっとしていたテオの顔を、フィルツ大尉は心配そうに覗き込む。


「いや、すまん。なんでもない」

 少し恥ずかしくなり、テオは顔を背けた。


 大尉は少し勘ぐるような目つきになる。

「しっかりしてください。私は今、仕事中なんです」

 事務的な言い方だったが、上機嫌だった。

 よく見ると、ほんの少し口角が上がっている。


「まず、西部戦線リオベルグの戦況に動きがあったようです」


 テオは目を見開いた。


「膠着状態が続いていた西部戦線リオベルグですが、敵魔導師が大隊規模での交戦を仕掛けてきました。迎え撃つこちらも戦力としてはほぼ同等。かなり進軍を許してしまったそうですが、シャルクホルツ大佐の部隊が塹壕戦ざんごうせんを展開し、敵戦力は相当削っているとか。ただ、泥沼化する可能性は極めて高いと見て、現在キューパー大佐が隊を率いて、パシュケブルグへ急いでいます」


「交戦の開始は、通告があったのか?」

「いえ、ありません。いわゆる奇襲きしゅうに定義づけられると思われます」

「戦時国際法違反――いや、に及んで、もはや無意味か。それに停戦しているわけでもなかったな。単に膠着こうちゃくしていただけだ」


 大尉は頷く。

「どちらにせよ、事実ソルブデン帝国は、開戦について規定したユーリエ条約に署名こそすれども批准ひじゅんしていない、非常に曖昧な立場にありますから」


 テオは、目に見えない大きな力がうごめいているの感じた。

 それは人間単位なのか、組織単位なのか、国単位なのかは判別がつかないほど絡まり合っている。ところどころほつれてはまた交わり、一つの大きな流れを生み出している。それは音もなく、色もなく、極端に形而上的けいじじょうなうねりだった。


「今回の巨人襲撃とは、関連性が?」テオは尋ねる。

「目下、調査中とのことです。巨人の襲撃と戦線での奇襲がほぼ同時であったことから、司令部では帝国軍の策謀さくぼうの線でみているようです」


 それが順当だろう。このタイミングのよさ、偶然とは思えない。

 しかしそれでも、疑問は残る。


 巨人は、コカトリスを捕食したのだ。

 帝国としては、魔族同士で争わせるメリットなどないはずだった。


 使役しきれなかった? いや、十一体もの巨人を一度に出現させたのであれば、術者の使役能力はじゅうぶんにあると考えられる。


 これについては、ラングハイム中尉に意見を仰いだほうがよいか。


「それと、もうひとつ。例の魔導連合大隊構想まどうれんごうだいたいこうそうについてです。今回の襲撃を受けて、若干の方向性というか、編成に動きがありまして」


「む――どういうことだ?」


 テオは胸がざわつくのを感じた。

 今回、目の前のオーガーを討伐したにせよ、自分はこのありさまだ。

 司令部が、おれを外す決断でもしたのか。


 しかし、予想に反して、フィルツ大尉は言った。

「少数精鋭。それも、魔導師、魔導銃師、召喚術師、そのほか卓越たくえつした技能を持つ人員構成を行う。そして、魔族討伐はもちろん、例えば帝国軍の『地神ちしん』ジョエル・バラデュールなどの実力者とも対峙できるチームを立ち上げる。そのように、司令部からありました」


 しばらく、テオは内容を掴みとることができなかった。

「おれたちと、ラングハイムの部隊の合流というのは、ほぼ白紙というわけか?」


 フィルツ大尉は少し困った顔をする。

「そういうわけではなさそうで――一応、当初予定していた両部隊からは選出されるようです。ただ方法も、実際にどのくらいの規模になるのかも、首都に戻ってみないとなんとも」


 テオは考える。

 総司令部は、いったいなにを考えている?


 今回の対巨人戦での穴を、参謀なりが分析した結果なのだろうか。

 それならばレーマン准将も、当然絡んでいるのだろう。


「そういえば、今回討伐に苦戦したのは召喚術部隊だったな」

 テオは言う。

「ええ、そう聞いています」

「主要な召喚獣はたしか――」

「コボルトやリザードマンたちがほとんどですね。下級召喚術師ばかりでしたから、仕方ありません」

「その召喚術たちは今回、オーガーにまったく歯が立たなかったわけだ」


 とすると、シンプルな答えが導き出される。

「一定以上の強さを持つ魔族に対して、『人海戦術じんかいせんじゅつ』は意味がない」テオは言う。「ごく普通の戦闘力がいくら人数で押そうとしても、決定打を与えられる攻撃を仕掛けられないのであれば、まとめてなぎ倒されるだけだ」

 

 フィルツ大尉は真剣な顔で口元に手を当てる。

「六十年前のオルフ戦争以来、魔族との戦闘経験のある者はもはやほとんどいません。より特殊性のある人材を選りすぐり、対峙する魔族に対して最適な攻撃と防御ができる構成にする。そういうことでしょうか?」


 テオは頷いた。

 なるほど、読めてきた。

 そうなれば、ヴォルケンシュタインに長居は無用だった。


「ありていに言えば、我がルーンクトブルグ軍は、の特殊部隊を編成しようとしているというわけだ」

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