日常の終幕

#1 なかなか漢気があるじゃないか



「おーい、和葉カズハァ、お前もくるよなー?」


「……?何の話だ」


「何って、怪奇現象だよ!怪奇現象!今朝もニュースでやってただろー?今回はこの辺で起きたらしいからな!お前も見に来るだろ?なんでも、車が何台も地面に混ざり合ってるとか――」


「…興味ぇ パスで」


「んだよ連れねーなー、最近そればっかりじゃねーか…もしかして彼女!?」


「じゃあな、また明日」


「あ、おい!マジで彼女なのかよ!?」


 俺は後ろから聞こえてくる声に答えることなく教室を後にした。








 普段から付き合いが悪いかと言われれば、決してそういう訳ではない。ここ最近、俺はなるべく人と関わらないようにしている。なぜなら……


「あっ、やべ…またやっちまった…」


 このように、軽く下駄箱の蓋を開けるだけで壊してしまうくらいに、からだ。


 事の発端は数週間前に遡る。部活の最中に全治二ヶ月の怪我をしたのだが、どういうわけか、わずか数日で完治してしまった。朝起きると初めからそんなものはなかったかのように、怪我をした部分は元通りに治っていたのだが、ここで新たな問題が発生した。


 それこそが、下駄箱くらいなら軽くひねってしまうこのちからだ。


 最初に異変に気付いたのは、退院して自宅に戻ってきた時だった。いつものように椅子に座り、ケータイを取り出し、視線を合わせると、画面は既に割れていた。どこかで落としたのかと思っていたが、今思えばあれは無意識のうちに俺自身が割っていた…気がする。


 しかし、そんなものは序の口で、この前は手をついただけで標識を曲げてしまい、戻すのには随分と苦労した。意識を集中させることで多少は抑えられるが、このままでは周囲の人間にバレるのも時間の問題だろう。



 何とかしねぇと本格的にまずくなってきたか?



 病院で診てもらってどうにかなるとは思えないが、やはり病院に行くべきなのだろうか…とは思いつつも、俺の足は病院ではなく、コンビニへ向かっているのが正直なところ。








「っらっしゃせー」


 今日は愛読書である『週刊少年クエスト』の発売日だ。病院は明日にでも行けばいい。どうせもあるんだしな…


 俺は一直線に雑誌コーナーへと向かい、目当ての雑誌を慎重に手に取ると、そのままレジへと向かったのだが……


「はぁ?オマエ、見た目で判断してんじゃねーだろうなぁ?おい」


「いえ、ですからこれは皆さんにやってもらってることでして…」


 何やら店員と客が揉めている。


「ワタシは、この前ここで身分証を出して買ってるんだぞ?今日は偶々たまたま忘れただけだって言ってるだろうが」


「そ、そう言われましても…店の方針で毎回しっかりと確認するようにと、言われてるんですよぉ…」


 どうやら、年齢確認で揉めているらしい…その女は、確かに子供のような見た目ではあり、疑いたくなる気持ちも分からなくない……


 店員が一人しかおらず、このレジに並ばざるを得ないので、どっちもでいいから早く終わってほしい。そして、早くクエストを読ませてくれ。


「はぁ…いいか?オマエが今することは身分証の確認じゃない…この!ワタシに!この缶チューハイを売ることだ!オマエが渋るせいで後ろで客がつっかえてるだろうが……なぁ…?」


 手に持った缶を“ガンッ!”と力強く叩きつけ、こちらを振り返ってくる迷惑客。


 

 な、何なんだコイツ…いくら何でも横暴すぎるだろ…



「あの、俺別に急いでないんで大丈夫っス」



「……………………」



 女はギョロっとした目つきで、俺の事を突き刺すように見つめてきた………それが不気味に思えて、思わず息が詰まりそうになる






「ほぅ…急いでないのか………それは、からか?」





「………は?」



 まるで瘴気にでもあてられたかのように、俺の全身に寒気が伝わる。



「おいおい、オマエも見た目で判断する口か?…そんだけ全身からおいて…気付かないわけねーだろ」


「な、なに言ってんだ?」


 その異様さに気圧されて怯んでしまったが、コイツはさっきから本当に何を言ってるんだ?


「まだしらばっくれんのか?まぁ、別にどうだろうが変わらんがな。オマエが来ないならこっちからいかせてもらうぞ…」


 女は静かに缶を置き、こちらに歩み寄ってくると、俺の身体に向かっていきなり手を伸ばしてきた。


「ちょ、ちょっと待て!何の話――」


 自分より明らかに非力であるはずの女の“その手”に…気がした。自分でも意味が分からないが、この手に触れると“ヤバい”そう思ったまさにその時だった。



 ティロリロ ティロリロ

 


「う、うわぁ!」



 入店音と同時に、店員がいきなり大声を上げて、後ろに倒れ込み壁に激突した。


 俺と女は思わずそっちに目をやると、そこには包丁を持った見るからに怪しい男が立っていた。


「ッ!」


 男はズケズケとレジへ入って行くと、包丁を店員へ向ける。



「有り金を全て出せ。それ以外のことをしたら……殺す」



 コンビニ強盗だ…生まれて初めて犯罪現場に出くわした事で、俺の頭は真っ白になっていた……のも束の間。


「オマエは後回しだな」


 女は小さく呟くと、今度は大きな声でべらべらと喋り出した。


「ハッ、コンビニ強盗とは実に下らんな。強盗をするならメガバンクにでも行けばいいだろ。こんな人通りの少ないコンビニを狙うなんて、小さな心が透けてるぞ?犯罪者に堕ちてもなお二流だな…いや、二流故の犯罪者…かな?」


「お、おいっ!お前何言って―—」



 包丁を持った男は、ギロッとこちらを鋭い視線で睨みつけると、包丁を女に向けてきた。


「そこの女……どうやら私は、先にお前を殺さねばならんようだな」



「…ッ!」


 俺は、自分が言われているわけでもないのに背筋が凍ってしまう。





「……はぁ…『お前』でも『そこの女』でもねーよ…」


 しかし、当の女は、溜息をつき心底あきれたという様子だった。




「……いいか!?ワタシの名前は!天城アマシロウイだ!…敬意と信愛を込めて、『天城アマシロさん』…と、呼べよ?」


「間違っても二度と『お前』なんて呼ぶんじゃねーぞ?」




 その小柄な身体とは裏腹に、デカい態度でデカい口をたたく。




 コイツは、おそらく頭がおかしい……いきなり何ダイナミックに自己紹介してんだと思いながらも、そのおかげで真っ白になっていた頭は、いつの間にか元に戻っていた。


 俺は急いでケータイを取り出し、警察を呼ぼうとする―—が、しかし、唐突に腕を“何か”に締め付けられ、思わずケータイを落としてしまう。そして、そのあまりの痛みに俺自身も膝から崩れ落ちる。



「ぐあぁ!ってぇ!」



 腕がみるみるうちに締っていくのが分かるが、そこには。“何か”に締められているはずなのに、その“何か”が無い。



 どうなってんだ!?腕が…いてぇ!



「それ以上余計なことをすれば、さらに



(…締め上げる…!?コイツ今、俺の事を“締め上げる”って言ったのか!?)



 全く理解が追い付かない…今俺はこの男に締め上げられているのか?実際そうだとして、そんなことがあり得るのか?



 混乱している俺とは対照的に、女は状況を意に介さず、滔々と話し続ける。



「素晴らしいちからだな。コンビニ強盗をするような二流のオマエにぴったりだ」



「…………なんだと?」



 男は少し顔をゆがませ、そのまま女の方をキッと睨んだ。その瞬間―—



 グググッ!



 女の身体は宙へと浮き、見えない“何か”に縛られているかのように、両腕が身体にみっちりと張り付いた状態になっていた。




 俺は夢でも見ているのか…?さっきから何が何だかさっぱり分からない…ただ一つ言えることは―—



 間違いねぇ!あの男が“何か”しやがった!!



 男はニタニタと笑みを浮かべている。


「フッフッフ…いや本当に、素晴らしい能力だよ。もしものことを考えて、わざわざこんな人気ひとけのないコンビニにしてみたが…杞憂だったようだ」



「…本当に気がちっせーな。会社でいじめにでもあってんのか?」


 女は身体に自由が利かない状態になってもなお、まだまだ余裕といった表情で、一切態度を崩していなかった。



「………………」



 ツカッツカッと音を立てながら、男はゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。



はどうやら私を怒らせたいらしいが、無駄だよ?…手にとまった蚊に血を吸われたところで、別に怒ったりしないだろう?それと同じさ…ただ―—」



「叩いて殺すだけだよ」



 包丁が女の首元に突き立てられる。



 しかし、女は相変わらずの堂々とした態度で、男の顔に唾を吐きかけた。



「ワタシはオマエみたいな蚊にも平等だぜ?…あと『お前』じゃねーよ、『天城アマシロさん』だっつってんだろうが、このうすらトンカチが」




 男の顔は一瞬にして真っ赤になり、包丁を持っていた手にグッと力が入るのが





 グシュ





「……なんだ、動けたのか」



「人が死ぬのは…見たくねぇ」



 包丁を掴んだ俺の手からは、血が滴っている。アドレナリンが出ているのか、さほど痛みは感じない。



「…ウッ!!」



 次の瞬間には、俺の身体はあっという間に締められ上げて、横の女と同じように宙に浮いていた。


 息が苦しく、全く身動きを取れる気がしない。




「こんな女を守るために、命を落とすことになるとは実に愚かだなぁ?」




「……ッ!」




 命を…落とす…?こんなところで?まだ今週のクエストも読んでないのに…?




 段々と身体が締っていくのが分かる。内臓が体の中で互いに押し合い、ギチギチになって潰れてしまいそうな感覚…そんな中で、意識が遠のいていく。






 あ…俺、終わっ――







『そんなに泣くんじゃないよ。次はあんたがあたしを助ければいいのよ!』







 …いや、違う…俺はこんなとこでは死ねねぇ!





 たちまち、全身から力がみなぎってくる。一体どこにこんな“力”が残っていたのか分からないが、今そんなことはどうでもいい。


 全身の力を振り絞ると、身体が締め付けられていた感覚は消え失せ、気付くと完全に開放されていた。



「なっ、バカな!どうなっている!?まさか!――」



「バカはオマエだろうが。気が動転して“力”がおざなりになってるんじゃねーか?」



 横を見ると女も解放されており、すっきりとした表情をしている。



「なかなか漢気があるじゃないか。気に入った、オマエ名前は?」






「……俺に言ってんのか?」


「オマエ以外にいないだろ、誰があんな二流犯罪者を気に入るんだよ」


 女はやれやれと言った顔でこちらを見てくる。


「いいから早く、名前は?」


 ……女のから圧と、この特殊な状況に負けてしまう。


「…平丸ヒラマル和葉カズハ


「カズハか…なるほど、無愛想な見た目とバランスの取れた可愛らしい名前で良いじゃないか」


「るせぇ、ほっとけ」


 この女は一体どこまで失礼なんだ。




「…お前ら、随分と余裕そうだな?もう勝った気でいるのか?」




 俺たちのくだらない会話に男が割って入ってくるも、女はまた、遠慮なくずけずけと物を言い始めた。


「勝った気…?あのなぁ…勝ち負けってのは“勝負”でしか発生しねーんだよ。オマエみたいな奴の一人遊びと、“誰”が“いつ”勝負したんだよ。恥ずかしいぜ?オマエ」




「…ッ!!殺す!お前だけは、絶対に殺す!!」




 男は鬼気迫る表情で、こちらに襲い掛かってくると、俺たちは再び締め上げられ、宙へ浮かされてしまった。


「ッ!」


 クソッ!まただ!しかもさっきより明らかに強ぇ!




「やればできるんじゃないか、二流は言いすぎたか?」




 女は何事もなかったかのように、地面へひょいと着地した。




「は?――」


 パシッ ドガンッ!!


 向かってきた男の振りかざした包丁を見事に弾き飛ばし、顎をクイッと掴むと、そのまま地面に叩き伏せた。


 あまりに一瞬の出来事で、何が起きたのかしばらく分からなかった。


 男も、自分の身に何が起きたのか分かっていないらしく、床に転がった状態で口をパクパクさせている。




「今後は、ワタシに会わないよう気を付けて生きるといい…じゃあなド雑魚」




「ッ――――――」




 パキバキゴキッ




 男の声にならない叫びと共に、異様な音が鳴り響く。



 そして、いつの間にか締め上げられた身体はまた元に戻っていた。


「お、おい!なんだ今の音!」


「ちょっとお灸を据えてやっただけだ、別に死んじゃいない」


 女はけろっとした顔で手をパパッと軽く払う。


「……が何かしたのか?」


「あ…?『お前』?命の恩人に向かってそりゃないんじゃないか…?」


「は!?…いや……天城アマシロ…さん?…であってるのか?」



 さっきから名前の呼び方に厳しいのは何なんだよ!



 女がにこりと笑う。


「少し骨を折ってやっただけだよ、それだけだ。これで済むんだから良い方だろ」


「は?」


 骨を折った?


 俺が見ていた限り、この女…天城さんは男を叩き伏せた後、特に何かをした様子はなかった。


「そんなことより逃げるぞ、カズハ」


「え?な、なんだよ急に…とりあえず警察に連絡だろ…てか、なんでアンタと俺が一緒みたいになってんだよ!」


「アンタじゃねーよ……いや、急ぐぞ…すぐそこまで来てる」


 そう言って強引に俺の手を引いてくる。


「来てるならなおさらじゃねぇか!俺もしっかり証言するから!逃げることねぇだろ!」


「違う、警察じゃない…


「…次?」




のような“特殊な力”を持った奴だよ…察しわりぃな」




 ……は?…特殊な能力?………それに―—


「…『オマエやワタシ』って……どういう意味だよ」


 女は眉をひそめ、じっと俺の顔を見つめてくる。


「もしかしてオマエ…本当に何も分かってねーのか?」


「だから何の話だよ…」


 この人の言っていることは、すべて訳が分からない。


「よし!なおさらだな。逃げるぞ」


「お、おい!もう少し説明し――」



「オマエの身体に何が起きてるか教えてやるって言ってんだよ。知りたいんだろう?その



 俺の身体に何が起きているか?…力の正体?


 ………!もしかしてコイツ、俺の身体の異変について何か知ってんのか!?


「どうなんだよ、早くしろ」



 そんな都合の良い話がないことくらい分かっている…ただ、もしコイツの言っていることが本当なら、この制御不能な力について知るまたとない機会かもしれない……そう思うと、選択肢はもはやなかった。



「……分かった、俺も一緒に逃げる。けど、警察に事件があったことは通報させてもらうぞ」



「フッ…真面目なヤツだな、行くぞ」




 そう言って、不敵な笑みを浮かべる天城アマシロさんに着いていったのが“最後”だった。





 俺の日常の最後おわり














 二人が去ったコンビニの前に、サングラスをかけた男が一人。


「ちょっとそこのキミ、少しいいかい?」


 コンビニから出てきた少年に声をかける。


「え!何スか!」


 少年は心なしかウキウキしているように見える。


「さっき、ここのコンビニで何か見なかった?」


「あっ、もう俺の投稿見たんスか!やばいっスよね!あれ絶対に今話題の“怪奇現象”てやつっスよ!いやぁ、これで俺も夢の万バズ!!ひゃぁ~ぱねぇ!マジで!」



「……そっかそっか、ありがとね」


 男は少年の肩をポンと叩く。


「いやぁ、それほどで――」


 話しきる間もなく、少年は音もたてずに落ちていった。



 


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2024年12月28日 19:00

カタリスト・コード 浅沼 渚 @nagi_asama

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