第23話 君のために出来ること

 部屋にエルシドを通してソファへと促し私は向かい側に腰掛ける。

 何から話したものかと考えを巡らせる私が口を開くのをエルシドは黙って待っていた。

 私は立ち上がり鍵のついた引き出しを開いて中から取り出した手紙の束をエルシドの前に置いた。

 最初こそ困惑していたものの、その特徴ある封蝋に目を見開き一通ずつ目を通していた。

 私は眉間に皺を寄せながら読むたびに不機嫌になっていくエルシドから目を逸らさずに黙って読み終わるのを待った。

 

 「あの日、路地でエル……レイアード殿下を見つけたのは本当に偶然だったのよ」

 パサリと最後の手紙を読み終えてエルシドがテーブルに置いたのを確認してから私は話し始めた。

 「傷の状態から暴行を受けたのはわかったからね、直ぐに馬車へ隔離して王都を出たところまでは私も何も考えてなかったの」

 ふうと息をついてエルシドの様子を伺うが、表情を変えずエルシドは私をジッと見ていた。

 「傷の手当てをしながら、直ぐに国王陛下へ連絡したの、幸い取引の関係で連絡が出来る程度には、伝手があったのも幸いだった」

 手紙の束をチラッと見る、あの中に最初のやりとりも入っている。

 「陛下からは息子を頼むと連絡があった、そしてクレッセン領でレイアード殿下を匿うことも了承を貰った」

 「その名前で呼ぶな」

 ムスッとそれだけを返してくるエルシドに私は苦笑した。

 「エルが生きたいように生きれる力を付けさせてあげれたらいいなっていうのは私の願いで、陛下は元々早い段階でエルを保護して匿うつもりだったのよ」

 まあそれは叶わず、路地裏で儚くなりかけていたんだけど。

 「陛下としては今年のうちにエルを何処かに匿いたいんだって」

 「俺はっ」

 怒鳴るように声を上げて私の言葉を遮ったエルシドが両手をギュウっと握り込み体を震わせた。

 「今のエルなら、あの時みたいに無防備に殴られたりしないはずよ」

 「俺は、リアのものだろ、今更要らないとか言われても離れる気はない」

 俯いて目を合わせなくなったエルシドに私は小さく溜息を吐く。

 「レイアード=ハウゼンはあの路地裏であの時に死んだんだ、ここにいるのはリアに拾われたただのエルシドだ」

 漸く顔を上げたエルシドは力強い光を空色の瞳に与えて私を真っ直ぐに射抜いた、いつかのように縋るような弱々しさは見られない。

 「エルがしたいようにしていいのよ?」

 「したいようにしていいならリアと居る」

 「それでいいの?」

 「ああ」

 淀みも迷いもない答えに私はまた溜息を吐く。

 「それとも矢張り俺を捨てたいと思ってるのか?」

 私の溜息をどう捉えたのか剣呑さを帯びたエルシドがすくと立ち上がり私の隣に座り直した。

 「クレッセンは居心地がいい、俺の素性を知っていても皆レイアードではなくエルシドとして接してくれるしな」

 末端の騎士団員や使用人はともかく、我が家の使用人や騎士団でもガレス団長やジーバ隊長、それにコニーやギースは何があっても良いようにエルシドの正体を伝えてはいた。

 「リアの側は息がしやすい」

 コトリと私の肩に額を付け、エルシドが大きく息を吐いた。

 青銀の髪が頬に辺り鼻先をふわりとムスクの混じるエルシドの匂いが擽っていく。

 「ずっとエルが居たら私結婚出来ないんじゃない?する気はあまりないけど」

 「俺が居たら別にいいだろ」

 良いわけはないんですよねえ。

 

 暫くそのままでいるうちに落ち着いたのか、エルシドがやっと体を起こした。

 「ビクターの奴が来た時も言ってたが、結婚しないのか?」

 ああ、と私はどう伝えようかと少し頭を悩ませた。

 「私、ここではない別の世界で生きた記憶があるのよね」

 そう言われても信じられないだろうと思いながら「私」についてエルシドに話をする。

 「前世っていうのかな、この世界とは全く違う文化文明、そんな世界で生きた記憶」

 「ああ、なるほど?時々おかしな知識があるのはそういうわけ、か?」

 存外すんなり受け入れたエルシドに私は少し驚いた、頭がおかしいとか言われてもおかしくはない話なのにと。

 「そうね、それでねそこでは貴族とか平民とかいう身分制度もなくて、丁度私が生きてた時代では結婚をしない選択も随分と認められてきていたの」

 そう、結婚をするかしないかそれ自体を選べる自由、それが当たり前だった。

 「こっちで前世を思い出して衝撃だった、十歳やそこらで婚約者を決めて結婚するのが一般的な貴族の子女の生き方だって、全然理解できなくて好きでもない相手と家のために結婚とか絶対出来ないって」

 多分、前世の感覚はわからなくてもエルシドなら最後の気持ちはわかるだろうと確信めいたものがあった。

 「私には結婚しない選択肢を貰えるぐらいには両親は私に甘かったし、無理矢理政略結婚しなきゃならないほどクレッセンは困窮してもいなかったしね」

 そこまで話して隣に座るエルシドを見上げる、納得したのかどうかわからないけれどスッキリしたようにも感じた。

 「だから私は当面結婚する予定もないしクレッセンから離れるつもりもないからエルはゆっくりこれからのことを考えて欲しい」

 「今のままじゃダメなのか?」

 「ダメではないけれど……」

 それでも、あなたはこの国の王族なんですよ、いつまでもここに居ていいわけじゃない。

 今が心地良くても、私もあなたもこのままでいいわけじゃない。

 いつか此処を出ていくまではと考えて鼻の奥が痛くなる。

 多分離れ難いのは私の方なんじゃないかな、そんな風に考えていた。

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