第21話 来年は
王都で煌びやかな大きな夜会がある日もクレッセン領は変わらぬ静かな夜でしかない。
静かな屋敷のサロンで寛ぎながら本を読む。
あの日買ってもらった恋愛小説を手に香りの良いハーブティーにミルクを注ぐ。
立ちこめる爽やかで甘い香りにほうと息を吐きながら蜂蜜を少し垂らしてカップに口を付けた。
私が静かに本を読む間、エルシドもテーブルを挟んだ向かい側に座り本邸から借りて来た近辺の国について書かれた本を読んでいた。
「暖かくなったら行ってみる?」
「は?」
唐突に話したせいかビックリしたように顔を上げて私を見るエルシドに思わず吹き出した。
「今年精製した砂糖の取引、来年の春に隣国に行くから一緒に行く?」
書簡を通じて取引を打診して来ていた隣国の王家御用達の商会と来年話し合いが決まっている。
「何?置いていくつもりだったのか?」
ムスッと顔を顰めたエルシドが本を閉じて立ち上がると私の隣に座った。
「悩んでたのよ、一応向こうから王家筋の誰かが一緒に出迎えるだろうし、恐らく商会の担当は第三王子でしょうから」
隣国の第三王子は私やエルシドと同じ年齢で一時期こちらの学園に留学経験もある。
レイアードと面識がある彼と会う可能性を考えていたのだけど、エルシドはそれより置いていかれる方が不満な様子。
「構わない、別に取立てて付き合いがあったわけでもないしな」
言いながら私の頬に手を当て自分の方に向かせると鼻がぶつかりそうな距離まで顔を寄せてくる。
「連れていくよな?」
「う、うん?エルがいいなら?」
肯首すれば納得したのか姿勢を正しハーブティーのカップを寄せて口に運ぶ、澄ました顔に今度は私がムッとしながら跳ねる心臓を気付かれないようにカップを手に甘いハーブティーを喉に流し込んだ。
最初は気のせいだと思っていた、思いたかったのかも知れない。
自室に戻った私はエルシドには内密にやり取りをした国王陛下の書簡を鍵のついた引き出しから取り出した。
放置しておけばそのまま天に召されてもおかしくなかったレイアードをクレッセン領で匿うことを進言したのは私だ。
砂糖の取引のために私が関わっていた王都の商会は王妃殿下の実家が後ろにある商会だった。
その関係で内密に謁見をし茶会に招かれた経緯があり伝手があったことが幸いした。
いずれ、熱りが冷めればエルシドはレイアードとして王家で匿われることになる。
最もエルシドの意思が優先されるのだが、陛下も本気で放逐するつもりはなく、あのパーティーのあと直ぐに保護をするつもりだったものの、その為に動かしていた兵士が裏切ったらしい。
傲慢で横暴、気分屋で成績こそ悪くなかったがだからこそ姑息でもあった。
方々から小さな恨みを買っていただけではなく、鬱屈した富裕層への妬みもあったのは想像に難く無い。
八つ当たり気味に受けた暴行からなんとか逃げ出せたレイアードをたまたま私が見つけただけにすぎない。
見捨てるわけにもいかず、直ぐに馬車に乗せたのは見つかればまた危険があるからだった。
馬車から陛下へ保護の連絡を入れて、レイアードの様子や経過を伝えている。
変わりつつある彼を一番喜んでいるのは陛下と王妃だ。
いつかはお二人の下へ送り出すためにもこれ以上情を持ちたくはないのだけど。
ビクターが来た辺りからエルシドの態度は明らかに変わった。
以前から依存している気配はあったけれど最近はそれとは違うものがある。
流石に年頃の娘でもあるしそこまで鈍感ではない、エルシドが私に向ける感情に甘いものがあるのは気付いている、けれどそれも頼るものもない現状だからこその擦り変わった感情ではないと誰が言い切れるだろう。
むしろ私がエルシドと過ごす時間を心地良く思っているのだから始末が悪い。
「好きになりたくはないなぁ」
苦笑いで呟いた言葉は冬の暗い闇夜に溶けた。
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