第5話 新しい生活
レイアードに関してはひとまず体調の回復を優先することにした。
目覚めたなら大丈夫と、私は領地に帰って以来何もしていなかったため、急ぎでやるべき仕事を片付けながら予定していた話を進めるなど忙しくしていた。
時々弟のヘルマンドが客間のレイアードを訪ねているのは知っていたが、気が紛れるだろうと放っておいた。
レイアード本人の希望もあり、ニュースペーパーを毎日届けている。
両親は諦めたように黙って私にレイアードを任せてくれているが、時々何か言いたそうにしている。
レイアードが目覚めてから一週間が経った。
私の部屋の扉をノックして表れたのはレイアードだ。
「少しいいか?」
「……早めに一度村にいきましょうか」
レイアードの姿を見て用件を聞く前に思わず口をついて出た言葉は仕方ないだろう。
あの日着ていた服は落とせない落書きにボロボロになった生地、その上正装だから普段着に出来ないにしても身体の大きなお父さまの服はサイズも合ってなければ型も古く見れた物ではない。
「あ、いや、まあそれは任せるが」
「ならこの後少し出ましょう、用件はその時に聞くわ」
「わかった」
部屋を出るレイアードを見送り、私は残っていた書類に目を移す。
コツンと小さな音がして伝書魔法で飛ばされてきた鳩が窓の向こうに見えた。
窓を開ければ鳩が私の手に封書を乗せてすぅっと消えた。
なけなしの門の前でレイアードと落ち合い、なだらかに下る一本道を並んで歩いていく。
「何をしに行くんだ?」
「服や靴が必要でしょう?ついでに身の回りのものも一揃え買わないと」
「金ならないぞ?そうだ、それで話があったんだ、おい仕事をくれ」
唐突な申し出に私の足が止まった。
「は?」
「世話になっているのに、今の俺は文無しだからな、何か仕事をさせてくれ」
レイアードなりに何か考えているのだろうか、と不思議な気持ちになりながら私は首を傾げた。
「別に構わないわ、でもそうねここで、やり直してみるなら協力はするわよ?」
「やり直す、か……」
俯いたレイアードの表情は見えない。
「まだ全て癒えたわけではないでしょう?」
「傷なら治っているが?」
そう言うレイアードを見る、黒く美しかった髪はすっかり色を無くし切りそろえた髪は随分短くなっている。
「一晩で髪の色が変わるほど怖い思いをしたのに……」
そう呟いた私にレイアードは諦めたような情けない笑みを浮かべた。
「髪は、これは違う」
聞けば王家に生まれた子どもたちは直ぐに精霊の祝福を受け、加護を与えられるらしい。
加護を受けるとその証に髪が黒くなるのだとか。
あの卒業パーティーの後、放逐前にレイアードから加護が取り上げられ、本来の髪色に戻ったのだとか。
そう言われてみれば王妃陛下は煌めくような銀髪だ。
「髪は気にすることはない」
そう言われて私は頷いて少し考えた。
そして私はある提案をレイアードにしてみることにした。
「それなら、名前も変えて新しい自分としてクレッセンで生きてみない?それで何かやりたいことが見つかるならそうすればいいし、やっぱり王都に帰りたいっていうなら帰ればいいし」
私の提案にレイアードがびっくりしたようにぽかんと私の顔を見た。
「そうねえ、どちらにしろ今すぐ王都に戻るのは危険だと思うわよ?クレッセンは田舎だし盆地にあるせいで王都から人が来ることは少ないから」
あれだけの暴行を受けて生きていたのは運が良かったぐらいだ。
たまたま彼らに度胸がなかっただけ、まだ記憶に新しいまま放置されたレイアードを王都の民が見ればどうなるか、常にたまった王侯貴族への不満は全てレイアードに向くだろう。
それ以上に貴族や婚約者候補たちの家人なり使用人なりに見つかれば?
ゾッとする考えが過ぎり私は息を詰めた。
私の提案を暫く考えていたレイアードがこくりと頷いて了承すると、レイアードは改めて私に目を合わせた。
「どうせ捨てられたんだしな、ならお前が新しい名前とやらをつけろ」
えーっと不服を顔に出せば不機嫌にレイアードが眉根を寄せる。
「お前が拾ったんだろうが、責任は持て」
名付けが責任?
そうねえ、新しい名前ねえ。
「うーん、エル……エルシドはどうかしら?」
「建国の勇者の名か、悪くない今の俺には丁度いい」
建国の物語はこの国で広く伝わる童話。
不遇な生い立ちの少年が武器一つ持たずに竜の試練に挑む、そうして度重なる竜の難題を潜り抜ける。
その中で囚われの姫を助けて二人協力しながら竜が課した最後の試練に挑む。
七日七晩の試練を見事やり切った勇者は姫と共に竜の眠る大地の上にこの国を作った。
夢物語ではあるけれど、有名な童話。
その勇者の名前がエルシード、少し捩ってエルシドとした。
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