第19話 初恋煩い


「待ちなさいよ! どうしてビアなの!? あなたが求婚したのは私でしょう? このシルビアでしょう!? それがなんで……」


 シルビアは納得がいかないようだった。

 自分を不細工だと言ったエリックではあるが、最初に見合いの話がフィオーレ侯爵家に来た時に聞いた話と辻褄が合わない。

 先の戦争の立役者として、王から褒美として欲しいものや願いごとはないかと聞かれ、シルビアと結婚したいと言ったのはエリック本人であったはずだ。

 証人ならいくらでもいる。


「お父様から聞いた話では、幼い頃に一度私たちは出会っていたと……初恋の相手だと聞いているわ。それが、一体どうして、ビアなのよ!!」


 シルビアの父であるフィオーレ侯爵は、見合いの後にその話を聞いて、シルビア本人にも話していた。

 どうして吸血族なんかとの見合いの話を受けたのかと、シルビアが癇癪を起こして暴れていたからだ。

 理由を知れば、少しは落ち着くだろうと調べさせて、その結果を話した。


 それが、今目の前で自分に好意を抱いていたはずの男が、ずっと見下してきた従姉妹の手を取り、熱いまなざしを向けているのだ。

 意味がわからなかった。

 確かに入れ替わっていたのは事実であるが、それ以前のシルビアはシルビア本人であったはずだと。


「……いや、俺は間違えていないはずだ。ジャンヌ、俺が以前話した仮面舞踏会————あれも、君だったのだろう? この不細工とは顔があまりに違いすぎる」

「えっ!? ええ、そうです……けど……」


(そんなに顔が違うかしら? 変装には結構自信があったんだけど……)


「吸血族の男は、自分の惚れた女を見間違えたりしない。まぁ、まさか男装しているとは思っていなかったから、単純に似ているだけかと思ったが……あの動きを見て、確信した。君はあの舞踏会以外でも、度々入れ替わっていたんじゃないか?」


 その通り過ぎて、ジャンヌはただ頷いた。

 すると、エリックは昔の話をし始める。


「これはおそらく、君の父上が生きておられた頃の話だ————君は覚えていないかも知れないが、俺はずっと、君を探していた」

「……え?」

「俺が初めて君を見たのは、今から十三年くらい前のことだ。父とともに各地を回っていた俺は、剣術大会の練習試合をしている小さな赤毛の女の子を見た」


 それは剣術大会の子供の部に出場するため、剣を習い始めたばかりのジャンヌがジャンと戦った時練習試合のことである。

 ジャンヌに負けたことが悔しくて、剣を投げたジャンが、跳ね返ってきたその剣で自分の顔に傷をつけてしまった時のことだ。

 エリックは父とともに偶然あの場に居合わせていたのだ。


「君のあまりの可愛さに、俺はその日の夜、熱を出して寝込んでしまった。一ヶ月は続いただろうか……ずっと君のことばかり考えてしまって、それは恋煩いだと気付いた父が、君のことを調べてくれたんだ。赤毛の一族で、女の子であっても幼い頃から剣術をやる家なら、騎士として名高いルーチェ公爵家だろうと。だが、父が調べた時には俺が恋をしたその女の子は、ルーチェ公爵家にはいなかった。同じ年頃の女の子なら、親戚であるフィオーレ侯爵家の一人娘・シルビア嬢しかいないと……」


 実は、ジャンヌは本妻の子供ではなかったため、あまり表立って娘であると誰かに紹介されることはなかった。

 しかも本妻であるジャンの母親が夫の死後、すぐに養子に出してしまったため、書類上は死んだことになっている。

 まるで初めから存在していなかったような扱いを受けていたこともあり、フィオーレ侯爵家に引き取られてからも、シルビアの護衛兼影武者であったし、エリックも自分が恋をした女の子はシルビアという名前だと思い込んでいたのだ。


 幼いエリックは何度も父に、シルビアに一目会いたいと頼んだが、フィオーレ侯爵家は吸血族の出身であるルーナ侯爵家を毛嫌いしていた。

 エリックの両親は、それは決して叶わない恋だからと、諦めるように言い聞かせていたのだ。

 吸血族であることを理由に、そもそもフィオーレ侯爵家をはじめとする人間族の暗いの高い貴族たちが出席するようなパーティーに招待されることはほとんどなかった。


 息子が差別され、ひどい目にあうかもしれないという不安から、大人になるまではほとんどパーティーや舞踏会に参加させてもらえなかったエリックは、自分が恋をした女の子がシルビアでないことに気がつく機会が少なかったのである。

 エリックはまだ幼かったが、無理やり自分の感情に蓋をして、諦めて別の誰かを吸血鬼の人形ヴァンパイア・ドールにしようとすべて忘れることにした。


 だが、三年前の春、あの仮面舞踏会で再会したことによりエリックの中で抑えていた感情が爆発する。

 そのあと程なくして吸血族との戦争が始まった。

 この戦争で功績を上げれば、王から褒美が下されることをわかっていたエリックは、その褒美でシルビアとの見合いを望んだのである。

 それにちょうど、医者にも薬が効かなくなる前に、吸血鬼の人形ヴァンパイア・ドールを見つけるように言われていたということもあるが……エリックはもう、それはシルビアしかいないと思い込んでいたのだ。


 両親には嫌われるかもしれないが、種族がどうこうという話は、当人同士がきちんと話し合えば分かり合えるだろうと信じていた。

 自分が誠心誠意、愛を伝えればいいだけだと。

 そうして、見合いの席で全てを告白するつもりでいたのだが、あまりに緊張し過ぎて、結局何も話せなかった。


「俺が愛してやまないシルビア嬢であったなら、王太子様が襲われている危険な状況で何もせず、立ち尽くしているだけなんてありえない。君が俺の補佐官として初めて執務室に来た時、あまりにも似ていたから血筋というのはすごいなと思ったが……まさか両方とも君だったなんて、思いもしなかった」


 エリックはジャンヌの手の甲に唇を落とした。

 まだ吸血鬼の人形ヴァンパイア・ドールになって欲しいという問いに答えていないのだが、エリックは話しながら隙あらばジャンヌの指にもキスをしたり、頭を撫でたりしてきて、ジャンヌは戸惑う。

 一通り話しが終わった頃には、いつの間にか腰に手を回されているという状況になっていた。


「つまり、最初からこの私ではなく、ビアに惚れていたと……?」

「そういうことだ」


 シルビアは悔しがった。

 吸血族とはいえ、自分のタイプの男が、返り血を浴びた服で男装をしたままの見下していた従姉妹を愛おしそうに見つめているのだ。

 こんないい男に、見向きもされない上、不細工と言われたことがショックで仕方がない。


「————ふん、いいわ! あんたにくれてやるわよ!! ビアなんて、もともといらないもの!!」


 シルビアはそう言い放った。

 これまでジャンヌに支えられていたという自覚が、本人にはまるでないのだ。


(いらない……? それは、確かに、そうだろうけど……でも————)


「おい、何か勘違いしていないか?」

「え?」


 エリックはジャンヌの代わりにシルビアに怒った。


「ジャンヌはお前みたいな不細工の所有物ではない。なぜお前が許可を出すんだ。俺が聞いているのは、ジャンヌ本人の意志だ」


 強い口調でそう言い放つと、今度はジャンヌにはとても優しく問いかける。


「ジャンヌ、どうだろう? 俺の吸血鬼の人形ヴァンパイア・ドールに、なってくれるか?」


(ち、近い近い……!!)


 エリックの顔が先ほどよりかなり近い。

 あまりに優しい笑顔に、ジャンヌの心臓の音が早くなる。


「わ、私は……——————」


 そうして、彼女が出した答えは————


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