魔法
「魔法?」
ユレイナは目を丸くする。
「そうです。ユレイナさんが僕に端末を渡すときに言っていたことを思い出したんです。『あんたにまだ無詠唱は無理だと思うから、はっきり言葉にして唱えてね』と。そのあと僕が詠唱したら、ちゃんとあの端末が出現して、攻略本を共有してもらうことができました。あれは魔法の一種ですよね? つまり……僕には魔法が使える」
「カナタ……あれは基本中の基本。まあ素養はあると思うわ。でもまだ――」
ぽかんとしているユレイナをよそに、カナタは窓の外に見える二本の枝に向けて手のひらを向けた。子どもたちがいつもボール遊び用に立てている“ゴール”だ。
手のひらに当たる風を感じながら、カナタはイメージする。
「さっき渡してくれた戦闘技術マニュアルの、魔法についての説明を読みました。監修してくれた“大魔女”ライラ・ペトラさんはちょっと変わった方なんですね。ところどころ記述が本当にテキトーで『まあ、そこはなんとなくだから!』とか、『この魔法はぐぉん! ときてびゅーん! って感じ?』とか、本の中で平気で言っていて――でもなぜがすっと理解できて、すごく面白かった。それに魔法でいちばん大事だと言われている『想像力』については、こう書かれていました――」
魔法には想像力が大事と言うけど、人の想像力なんてしょせん大したことないのよ。みんなどっこいどっこい。
結局のところ、意思。
強い動機であり欲望であり心からの叫びであり、そして決意。
本気でなにかになりたい。なにかをしたい。なにか大切なものを守りたい。
そのためなら、本気で
恥ずかしがっている自分を本気で騙しなさい。
人に笑われるほどの妄想と
自分を
一瞬、風が凪ぐ。
〈すごい――初めてとは思えない魔力操作。さあ、そのまま風に身を委ねて。私の力も貸すから〉
僕は――僕はみんなを助けたい。
とうてい敵うはずのない相手だとしても、挑むのが恥ずかしくなるくらいの実力差だとしても、僕はこのまま逃げるなんてできない。
カナタは攻略本に書かれていた呪文どおりに詠唱した。
「シルド平原を旅する悠久の風よ――『
首のあたりがじんわりと熱くなるのを感じた。
それが胸に広がり、手足に広がり、身体中が熱に満たされる。
周囲の空気がカナタの手のひらに向かって収束し、二本の枝のあいだめがけて一気に放出された。
「うわあああああっ!!!!」
「きゃああああっっ!!」
風が窓を激しく鳴らし、部屋吹き込み、机や椅子、それにベッドが舞い上がり、けたたましい音を立てた。
「ちょっとカナタ! 止めて! 止めなさい!」
「そ、そんなこと言っても! これどうやって――わああっ!!!!」
ついにカナタ自身の足が床から離れ、窓から落ちそうになった。
間一髪、ユレイナが伸ばした手に捕まり、カナタは窓の外で宙ぶらりんになる。
魔法による嵐は次第に弱まり、そこら中に爪痕を残して過ぎ去っていった。
「はぁ……はぁ……なんてことを……カナタ、登ってこれる?」
「はいっ……な、なんとか……は、離さないでください……落ちる……」
二本の枝はきれいに吹き飛び跡形もない。
それだけじゃない。枝があったはずの場所には巨大な穴が空き、そこから奥の森に向かって半円状に抉られていた。土が掘り返され、木々が折れ、空気がざわついていた。
「ユレイナさん。この魔法はグムド族に効くでしょうか?」
カナタを引っ張り上げ、肩で息をしていたユレイナは呆れたような笑い声を上げた。
「あんたが今撃ったの、風属性の派生系上級魔法よ? ホントありえない――もちろん、直撃すればあいつら粉微塵よ」
◆ ◆ ◆ ◆
赤褐色の身体に二メートル半はあろうかという巨体。下あごから突き出した大きな黄色の牙に、ヤニにまみれた黄色い目。
カナタとユレイナが駆けつけたときには、村の中央広場までグムド族たちが入り込んでいた。
「あれがグムド族……オーク……」
その姿にカナタは足がすくんだ。
「もう何人か、殺されているわ……」
広場には三体のグムド族が大剣を持って、自慢げに振り回していた。
その薄汚い姿に対し、剣は手入れがよく行き届いており、銀色に光っていた。
どうも変だ。かなり不釣りあいに見える。
村の男たちが勇敢にも立ち向かったらしく、グムド族の足元には六人、いや七人が血に染まり倒れていた。残りの男たちは武器を持ちグムド族を取り囲んでいたが、怯え絶望した表情を露わにしていた。
「にんげんはよわい。われらグムドはつよいしえらい」
「おとこはころさせろ。おんなをよこせ。おかしてやる」
「みなごろしだ。ちがでるのはおもしろい。ほねがおれるのもおもしろい」
野太く聞き取りにくい声でグムド族たちはうなった。
「カナタは気づかれないようにここから詠唱準備を始めて」
「わ、わかりました!」
「あなたの魔力はまだ未知数。あと何回撃てるかわからない。一発で仕留める必要がある」
上級魔法は当然ながら魔力消費量が大きく、枯渇すると最悪の場合昏倒する可能性がある。
通常、かなり鍛えられたソーサラーであっても上級魔法は一度に五、六回撃つのが限度らしい。ましてつい昨日この世界にやってきたカナタだ。一発放ってまだ立っていられるほうがおかしいと、ユレイナは言った。
「幸い
必ず仕留める。この村を守る。
守れないでなにが勇者だ。
カナタは手を突き出し、意識を集中した。
そのとき――
「おんなだ」
グムド族の一人が下品な笑い声を上げた。
カナタの目に飛び込んできたのはほかでもない。パトだ。
広場の脇を年上の男性――おそらく父親だろう――に匿われながら、中腰になって歩いていた。
だがグムド族の三体は、あの視野の狭そうなな目でどうやって見つけたのか、パトを凝視している。それに気がつき、父親はパトを抱えて走りだす。パトは恐怖で泣きじゃくり、父親にしがみついている。
「パトさん!」
ダメだ。集中しないといけないのに――カナタは焦った。
グムド族はほかの男たちを薙ぎ倒しながら、恐るべき速さでパトとその父親を追いかけた。唾液を垂らし、腰に巻かれたボロ切れには卑猥な突起が見えた。
速い。追いつかれる――
イヤだ。絶対にダメだ。
そんなことさせない――
「おい! ゴミ虫グムド族!!!」
気づいたらカナタは、喉が切れそうなほどの大声を出していた。
「カナタっ!」ユレイナが絶望を滲ませ絶叫する。
「だれだ」
「あいつ、つよいグムドをわるくいった。ブジョクした」
「ころそう。いちばんさきにころそう」
「殺してみろクソグムド! 童貞グムド! お前らみたいな
もうカナタはがむしゃらだった。怖くて足が震える。
でも、とにかくパトから興味を逸らすんだ。
そのことだけ考えろ。
「僕は! 僕は勇者だ!!! 魔王を倒すためにこの世界に来た! 勇者カナタだ!!!」
それは成功した。
三体のグムド族はそれぞれ言葉にならない怒りの雄叫びをあげ、目標をカナタへと変えた。
ものすごい形相で突進してくる魔物に、カナタはもう一度手のひらを向けて詠唱の準備を始める。
集中だ。
集中するんだ。攻略本を読んだだろ。
大魔女ライラ・ペトラの教えを思い出せ。
強い意志を持て! あいつらを必ず――
「あ――ああっ――」
迫り来る魔物の恐ろしい姿に、カナタは集中力を欠き、恐れ慄いてしまった。
あと数秒。あとちょっとで僕はオークに捕えられ、そのまま握りつぶされるか、捻り切られるか、剣ですっぱりと頭をはねられるかして、確実に殺される。
死ぬんだ。
汗が噴き出て、震えが止まらなくなった。
怖い。死ぬ。嫌だ。
助けて――
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