第10話 記憶喪失の子供

 ――かしこまりました。

 ――それではポイントを使って、子供の治療を開始いたします。


 その声が止むと、ポケットから眩い光が飛び出した。

 その光は、子供の周りへ伝わっていったかと思うと、子供を包んで光りだす。

 この光って、どこかで見たことがある気がしたけど、異世界へ転生者を送った時に出るような光と似ている。優しく包み込むような淡い光。

 光源は倒れている子供へと移った。キラキラと綺麗な光に包まれる。


 抱きかかえているおじいさんも、一緒に光に包まれている。おじいさんは驚きながら、周りをキョロキョロと見回し始めた。



「おおお、この光は何じゃ? これはどういうことじゃ? 何が起きておるんじゃ?」


「安心して下さい、おじいさん。この子が、治ろうとしているところです」



「そ、そうは言ってもじゃ。わしゃー、何もしていないのに、勝手に光りだしたんじゃ。この子が、自分で治ろうとしているっていうことかえ? わしゃには、回復させるような力は無いのじゃ。どうしたらええんじゃー」


 おじいさんはうろたえているけれども、私は黙って頷くしかないな。

 徳の玉を使って回復させているなんて、本当のことを言うと、あとが大変そうだからね。

 おじいさんには悪い気がするけれども、もうちょっとの辛抱。こんな感じになるとは思わず、申し訳ないけれども。



「わ、わしゃー、まだ死にたくないぞよ。助けて下され一」


「大丈夫です、おじいさん。もう少しだけ待っててください! 私がついています!」


 私もしゃがんで、おじいさんの手の上に自分の手を重ねた。それによって、おじいさんは少し落ち着いた様子になった。しばらくすると、段々と光が収束していき、子供に集まっていった。



「おぉ? 光が収まり始めたぞい。わしゃー何が何やら?」


「大丈夫です。これが最後の仕上げのはずです。きっと、これで治りますよ」


 優しい光が段々と色を失っていく。すると、子供の顔がはっきりと見えるようになってくる。

 さっきまで、ぐったりとしている顔だったが、顔色が元気そうに戻ったことがわかった。

 まだ目はつぶったままであるが、苦しそうな表情もなくなっていた。



「なんと、回復魔法かえ? おぬしは、回復魔法でも使えるのかの?」


「いやいやいや、そういうわけじゃないんですけども……。うーんと、なにか、天からの施しがあったのかもしれないです。おじいさんの、日ごろの行いがとても良いからですよ!」



「そうなんか? わしゃの行いは、特にいつも普通なのじゃが」


 おじいさんが不思議がっているが、私はニコニコした顔を向けて頷くしかなかった。

 まだ秘密にしておいた方が良さそうだし。おじいさん、ごめんね。

 子供の様子をあらためてみると、すっかり元気そうな表情となっていた。整った顔立ちもしているし、綺麗な髪質をしているし。やっぱりこの子は、どこか良いところの家の子なんだろうな。



「治ったっていうことは、もう起きるのかえ? 起きてくれー!」


 おじいさんが、ゆさゆさと子供をゆするが、起きる気配は無さそうであった。

 ちゃんと回復したと思うのだけれども……。


「しょうがないのぉ。とりあえず顔色は良くなったようじゃから。この子は部屋で休ませておいて、朝ごはんでも食べるかの」


 おじいさんは私の方を向いていったのだが、返事は子供の方から聞こえてきた。



「なにっ!! 朝飯があるのかっ!!」


 私とおじいさんは二人で目を見合わせた。



「おおぉーーー、起きたかのぉ。それも元気の良い返事じゃ!」


「よかったです! ちゃんと効いてましたね!……って、あれです、光の効果があったんだなぁーっていう」


 ……ちょっと、変なことを口走りそうだから、気をつけないとだな。光の効果を私が出したって言わないようにしないとだね。話そらさないと。



「とりあえず、回復できてよかったよ。君、大丈夫?」


「……ん? ここはどこだ? 僕は何をしてたんだ?」



「うーん、何をしていたかは、ちょっとわからないかな? 気づいたらここに倒れていたみたい。何か大変なことがあったのかもしれないけど。覚えてない? 話せるかな?」


「……僕は、誰なんだ?」



 私とおじいさんは、また顔を見合わせた。

 今度は驚いた顔をしている。


「えーーーっと。まさか記憶が無いの?」


「自分が誰だか、わからないのかえ?」



「……うーん」


 困った表情を浮かべている。

 子供ながらにも、その顔は絵になる雰囲気を出している。整った顔立ちはとても凛々しい。どこかの王族と言われても通じるくらいには凛々しい。



「……ごめん、やっぱり、わからない」


 申し訳なさそうに言葉を吐いた。



「そうなんだね。それは困ったねぇ」


 私も、過去のことは何も知らせないで森の中にいたから、おじいさんから見たら同じ状況かもしれないけれども。けど、この子は、子供だもんね。

 親元を離れるって、それは大変なことだよね。

 この子のおうちに帰らせてあげたいけれども、まずは記憶からかな。


 そうだ! それも徳の玉で治せるのかな?

 徳の玉さんなら、できないことは無いはずだよね。なんて言ったって、女神の力が込められているような玉だからね。徳さえあれば、なんだってできるはず。


 ――ダメです。できません。

 ――この子の記憶を取り戻すだけのポイントが不足しています。

 ――先ほど、この子の治療をするために使ったポイントで、現在のポイントはマイナスです。


「ええええぇーーーっ! マイナスーーッ!?」

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