先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜
第202話 彼女の寝起きの破壊力は凄まじい
第202話 彼女の寝起きの破壊力は凄まじい
——選手権県予選決勝の翌朝。
昨日はこれまでで最もハードな一日の一つだったが、睡眠時間はしっかり確保できたため快調な目覚めだった。
隣では
巧は横向きで寝転がりつつ、恋人の寝顔を眺めた。
(可愛いなぁ)
思わず笑みがこぼれてしまう。
巧は手を伸ばしてそっと頬に触れた。
むにゅっという音が聞こえてきそうなほど柔らかい。
指で押し込んでその弾力を楽しんでも、一向に目を覚ます様子はなかった。
ピピピ、とアラーム音が鳴った。
香奈の腕がのろのろと伸びて、気怠げに頭上の目覚まし時計の頭を叩いた。
「んー……」
声にならない声をあげつつ、ぎゅっと目を閉じて伸びをした。重そうにまぶたが持ち上がった。
巧の顔を捉えて、パチパチと瞬きをした。
「おはよう、香奈」
「おはようございます……起きてたんですか?」
「ちょっと前にね。眠かったらもう少しゴロゴロしててもいいよ」
「……いえ、起きます」
香奈はムクっと体を起こした。少しボーッとした後、おもむろに膝立ちになった。
トコトコと巧に近寄ってきて、倒れ込むように抱きついた。首筋に顔を埋め、へにゃりと笑う。
「ふふ、巧先輩の匂いは安心します。このままもう一眠り——」
「起きるって自分で言ったでしょ」
「むぅ……」
香奈が唇を尖らせた。
巧はそこにキスを落とした。彼女の相好が崩れた。
休日の朝ならこのままそういう流れになることもあったが、今日は念願のお出かけデートだ。
一番上のボタンが外れたパジャマの胸元から覗いている豊満な二つの丘の狭間から視線を逸らしつつ、香奈のほっそりとした肩を掴んで引き剥がした。
「ほら、顔洗っておいで」
「はーい……」
香奈は甘えるような声で返事をした。素直に洗面所に歩いて行った。
「ふぅ……」
巧はそっと息を吐いた。
寝ぼけている香奈はいつもより甘えん坊で無防備なため、破壊力が凄まじい。その場で発散していいのならともかく、今のように抑えないといけないのはなかなか精神的にタフだった。
冷水でシャキッとしたのか、顔を洗って少し経つと香奈はいつものテンションを取り戻した。
「いやはや、楽しみですねぇ」
「だね。昨日は楽しみで寝られなかったよ」
「絶対嘘ですよね?」
「ぶっちゃけ布団入ってからの記憶がない」
「私もです。試合頑張ったっていうのに、はっちゃけすぎですよ」
「そりゃ、あれだけ煽られればね」
巧は香奈の胸にチラリと視線を送った。
彼女は途端に頬を染めて、慌てたように、
「あ、あれは私もちょっとテンションがおかしくなっていたっていうかっ……!」
「そうなの? 毎日やってほしいくらいだけど」
「……ばか」
拗ねたような声とともに脇腹をつねられ、巧は笑いながら「ごめんね」と香奈を抱きしめた。
「またそうやって誤魔化す……」
などと文句を言いつつも抱きついてくる香奈は大変可愛らしかった。
しかし、のんびりとばかりはしていられない。
簡単な朝食を済ませると、洗い物は巧に任せて香奈は一度自宅に帰って行った。化粧とお弁当の準備をするためだ。
巧は自分が準備をするつもりだったが、香奈がせっかくのお出かけデートなのだから自分が作りたいと強く希望した。
そのときはあまりのいじらしさにキスの嵐を降らせて怒られた記憶がある。
巧はすでに髪の毛のセットは終わっている——香奈に整えてもらった——ため、やることは少ない。
洗い物を片付けて今日の予定をもう一度脳内に思い描いていると、香奈がやってきた。
「お疲れ様。今日も可愛いね」
「ありがとうございます。巧先輩もますます男らしくなっちゃって」
「親戚のおばちゃんか」
普段通りの掛け合いをしつつ、巧は家の鍵を閉めた。
スッと香奈に手を差し出せば、彼女もはにかみながら握り返してくる。
絡めた香奈の指にはいつもより少しだけ力がこもっていた。
心なしか横顔も固い。
「香奈。もしかして緊張してる?」
「えへへ、わかっちゃいます?」
香奈が照れくさそうに笑った。
「まともなお出かけデートは初めてなので、ちょっとドキドキしちゃうっていうか」
「よかった。香奈もだったんだ」
「えっ、巧先輩もですか?」
巧が安堵の息を吐くと、香奈が驚いたように見上げてきた。
「うん。ほら」
巧は香奈の手を自分の胸に導いた。
彼女はハッと目を見開いた。
「本当だ。いつもより早い……」
「なんか、付き合いたてのころを思い出すね」
「確かにそうですねっ」
香奈がはしゃいだような声を出した。
無邪気な、それでいてどこか安堵したような笑みを浮かべていた。きっと、自分だけ変に緊張してしまっているのではと不安だったのだろう。
「巧先輩っ」
「ん?」
「呼んでみただけです」
香奈はえへへ、とはにかんだ。
巧は黙ってその頬に唇を押し当てた。
「……へっ?」
固まる香奈に、巧はニッと笑ってみせた。
「キスしてみただけだよ」
「絶対同じ括りじゃないと思うんですけど⁉︎」
「嫌だった?」
「い、嫌なわけありませんけどっ! 外ではちょっと恥ずかしいです……」
香奈の声は尻すぼみに小さくなっていった。
対照的に、うつむき加減の頬の赤みは濃くなっていく。
初々しい反応だ。
巧は思わず微笑みながらその頭を撫でていた。
「そっか。じゃあ、続きは家に帰ってからだね」
「もう……仕方のない人ですね、巧先輩は」
口ではそう言いつつ、香奈の口元はニマニマとだらしなく緩んでいた。
「男ってそういうものだからね。まあけどそういうのは一旦置いておいて、まずは念願のお出かけを楽しもっか」
「イエッサー!」
香奈が拳を天高く掲げ、行進するように足を大きく振り上げながら歩き出した。
巧はクスッと笑みをこぼしてからその後に続いた。
隣に並ぶと、どちらからともなく指を絡めた。
顔を見合わせて笑い合い、お互いの手をぎゅっと握りしめたまま駅へと向かった。
開演してすぐに到着したこともあり、すんなりと入場できた。
「わぁ……!」
大きな水槽を前に、香奈が思わずと言った様子で声をあげた。
「巧先輩っ、色とりどりのお魚がたくさんですっ!」
「ねー。すごい……なんか可愛いね」
「ですねぇ。一生懸命泳いでる子も優雅に泳いでる子も、なんだかいじらしいです」
香奈が食い入るように水槽を見つめている。
巧はその横顔を写真に収めた。
香奈は驚いたように瞳を丸くさせた後、「盗撮だ〜」とイタズラっぽく笑った。
「僕が撮りたくて撮ってるだけだから気にしないで」
「はーい。私もちょいちょい撮っていいですか?」
「もちろん」
巧と香奈は周囲の迷惑にならないように気をつけつつ、ゆっくりとしたペースで回った。
……くぅ〜。
お昼も近くなってきたころ、可愛らしい音が聞こえた。
しゃがんで水槽を見つめていた巧は、すくっと立ち上がった。
「そういえばさ、どんなお弁当作ってきてくれたの?」
「え〜、それは見てからのお楽しみですっ」
「気になるなぁ。もうすぐお昼だし、一旦食べよっか」
「そうですね——」
……グゥ〜。
香奈の言葉を
「……ぷっ」
巧は堪えきれずに吹き出してしまった。
「た、巧先輩っ!」
「ごめんごめん……っ」
香奈に真っ赤な顔で抗議され、慌てて表情を取りつくろった。
「……まあ、一回は誤魔化してくれたので許してあげますけど」
「あはは、ありがとね」
ポンポンと香奈の頭を叩いた。
尖っていた唇はすぐにゆるゆると弧を描いたが、すぐにその頬がぷくっと膨れた。
「……なんか、今日は一段と子供扱いされてる気がします」
「気のせいだよ」
巧はサラリと告げた。
本気で拗ねてしまいかねないし、それでなくともしつこいと思ったので、「いつもより子供っぽいからね」という本音は胸の内にしまっておいた。
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