第六章
第140話 親友の幼馴染に忠告された
——土曜日。プレミアリーグの第十七節。
連敗は避けたい一戦で、
前半の初めのほうからアップを命じられ、終盤にはペースを早めるように
前半終了直前、彼は巧に近寄ってきて、
「いけるか?」
「いけます」
巧ははっきりとうなずいた。
「よしっ、後半頭から行くぞ。前節のことは気にするな。のびのびやってこい」
「はい!」
嫌がらせの一件が一段落して以降、巧は好調を維持していた。
それは公式戦でも変わらなかった。
「うおお、あのチビすげえ!」
「前節とは別人じゃねーかっ」
「如月くーん!」
「咲麗完全に息を吹き返したなっ!」
前半とはまるで違う活性化された咲麗の攻撃に、観客は大いに盛り上がった。
前半が終了時は一対一だったスコアは、後半開始十分時点で三対一にまで広がっていた。
「いいぞ、巧!」
「はいっ」
敵のヤジも味方の歓声も気にせず、ただただプレーを楽しんでいた。
終わってみれば五対二。
「巧ぃ!」
いくら気の置けない親友とはいえ、さすがに口には出さなかったが。
「まるで大型犬ね。まあ、ゴールデンレトリーバーやハスキーのように賢くはないけれど」
「おいコラ
誠治は文句こそ言っているが、表情は緩んだままだ。
彼がマゾ気質というよりは、これくらいは当たり前のやり取りなのだろう。
さすがは幼馴染だな、と巧は妙なところで感心してしまった。
「巧、ナイスプレーっ」
「お前、今日は特にやばかったな!」
誠治以外のチームメイトも次々と集まってきた。
「間違いなくMVPだろ。完全にゲームコントロールしてたもん」
「ハッハッハ! 巧はコート上の監督だな!」
京極が楽しそうに笑いながら巧の肩を叩いた。
全員の視線が京極に集中した。
「むっ?」
一軍監督は途端に不安そうな表情になった。
自分のネーミングを酷評されるのでは、と思ったからだ。
確かに京極の親父ギャグや選手につける二つ名は不評なものが多い。
——しかし、今回に限ってはそうではなかった。
「……いいかも。コート上の監督」
「な。なんかすごいしっくりきた」
「おおっ、そうだろう⁉︎」
京極のテンションが急上昇した。まるでス○ースマウンテンだ。
「巧、今日からお前はコート上の監督だ!」
「おお、決まりだなっ」
「ちょ、それは恥ずかしいですって!」
巧は結構本気で抗議した。
「いいじゃないですか先輩、あっ、監督」
「いや紛らわしいからっ」
巧が突っ込むと、香奈があはは、と楽しそうに笑った。
それから「今の監督はどっちを呼んでいるでしょう」大会が始まり、京極が一度も呼ばれずに落ち込むという一幕を経て、巧の二つ名は「コート上の監督」に正式に決定してしまった。
◇ ◇ ◇
どうやら仲間たちは本気で「コート上の監督」という二つ名を気に入ってしまったようで、翌日の練習でも巧はその名で呼ばれた。
揶揄いの中にも親しみと敬意が込められているのは伝わってきたので、恥ずかしくはあれど悪い気はしなかった。
それに、全員が限度をわきまえていた。
練習終わり、巧が死にそうになりながら体力強化のトレーニングをしているときなどは、誰もその絡みはしてこない。
「はぁ、はぁ……」
巧がなんとか目標のセットをやり終えて荒い息を吐いていると、スッとボトルが差し出された。
「お疲れさま」
「
巧は少し息を整え、一気に飲み干した。
「最近、ずっと体力強化に努めているのね」
「うん。スキルは通用したから、今は体力をつけるべきかなって。一試合フルで出れない選手は使いずらいだろうし、単純に僕も一分でも長く出たいからさ」
「殊勝ね。ただ、オーバーワークには気をつけなさい。今日は特に、少し追い込みすぎている気がするのだけど」
「うん……やっぱり早く体力つけたいからね」
「その考えは少し危ういわよ」
「えっ?」
冬美の真剣な眼差しが巧を射抜いた。
「成果が出るか出ないかなんてやり終わったときにしかわからない以上、結果に着目するのは危険だわ。それよりも過程に目を向けたほうがいいんじゃないかしら。期待以上に体力がつくかもしれないし、つかないかもしれないけれど、どちらにせよ努力は絶対に無駄にならないのだから」
冬美の眼差しがほんの少し和らぐ。
「現に、今の体力がない状態でもチームメイトはあなたに信頼を寄せてるわ。あなたはあまり考えすぎず、いつものようにゴキブリ並みの生命力で愚直にやればいいのよ」
「……うん、そうだね」
巧は解放感からくる反動で少し焦りすぎていたことを自覚した。
「ありがとう。久東さんの言う通りだ。もう少し心に余裕を持ってやってみるよ」
「それがいいわ」
「あと、やっぱりゴキブリはやめない?」
「あなたがそれ以上の例えを持ってきたなら検討してあげるわ」
「うーん、見当もつかないや——ごめんなさい」
絶対零度の瞳を向けられ、巧は慌てて頭を下げた。
だめだ。疲れてテンションがおかしくなってる。
「そんなに寒いことを言っていると、本当に監督になるわよ」
「久東さんもなかなか辛口だよね」
「あら、一年以上も付き合いがあるのに知らなかったのかしら?」
「重々承知しております」
真面目くさった返事をすると、冬美がふっと口元を緩めた。
咳払いをして真顔に戻った彼女の頬は、桜色に染まっていた。
試合後、巧と香奈は巧の家で一緒に試験勉強をしていた。
練習も試合も普通にあるため実感が湧かないが、実は明後日から定期テストが始まるのだ。
「そういえば巧先輩。今日は自主トレ中にずいぶん冬美先輩と親しくしていらっしゃいましたね」
「安心して。ちょっと焦りすぎじゃないかって忠告されただけだから」
「むぅー……」
香奈は不満そうに唇を尖らせた。
視線を逸らして、
「……私が言いたかったのに」
「っ——」
休憩のためにソファーに座っていた巧は立ち上がり、立っていた香奈の手を引いて彼女を抱えるようにして座り直した。
「ど、どうしたんですか?」
「いや……ちょっと今のは可愛すぎた」
巧は香奈のお腹に腕を回し、首筋に顔を埋めた。
「……私は不満を言ったんですけど」
「それはごめん」
「もう、巧先輩は……」
香奈は不満げな表情を浮かべようとしたが、意思に反して頬は緩んでしまう。
仕方ないだろう。好きな人に可愛すぎたと言われて嬉しくないはずがないのだ。
しかし、なんとなく悔しい気持ちは残っていた。
香奈は腰に硬い感触を感じつつ、体を前後に動かした。
「ちょっ、香奈……!」
「ジゴロな先輩にはお仕置きです」
焦った表情の巧を振り返り、香奈はふふ、と笑った。
彼のモノがピクッと動いたのがわかったが、さすがにそれは指摘しなかった。
彼氏の男としてのプライドを傷つけないためにという配慮だったが、同時にこれ以上深掘ってしまえば香奈自身が勉強どころではなくなってしまうからだ。
悔しさを晴らすために多少のイタズラはしたが、勉強中は一線を超えないというルールを破るつもりはなかった。
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