第13話
家では、首を狙うとか、なんだとか、一生懸命に練習しましたけれども、あれだけやった練習も、すっかり頭の中から飛んでいました。母はなかなか生命力があり、しぶとく思いました。
うつぶせになりながらも部屋の外へ這って行こうとするので、背中に乗って、上から下へ、先ほどの要領でやりました。さらに、振り下げた後、体重をかけるようにして、もっと深く刺さるようにとも意図しました。
彼女の廊下に上半身がはみでているのに気付いて、足を持って、部屋の奥に引きずりました。ものすごい血の量でした。引きずった痕は、カタツムリが歩いた道のようにべったりと付いていました。
ナイフを引き抜いた時にほとばしった血は、私にかかり、天井に、壁にも飛んでいました。まず一体、と数えました。あと、三体だと。
手にかける優先順位が一番高い母を倒したことで、私はほっと気が楽になりました。できるなら家族三人を全員やるのだと思っていましたが、三人を倒しても、母が逃げれば、この計画は失敗に終わったでしょう。
母が虚偽の訴えをし、父を貶めることを止める、それが最大の目的でした。
それを達成したとあって、私はいくぶん気が大きくなりました。それで、他の部屋も探索してみようという気になりました。もしかしたら何か良い物を、父へのお土産に持って行けるかもしれないと思ったのです。
私が隠れていた最奥の部屋の手前には、もう一室ありました。母が帰ってくるなり入っていった部屋です。そこにはブランケットをかけられた男の子が、仰向けで眠っていました。
母と、再婚相手の男と、絵の上手な女の子が目的だったので、その男の子が誰なのかは知りません。それに、私はその子の顔を見て、恐ろしいことですが、なんとも思いませんでした。
その子の被っていたブランケットの上端を引っ張って、眠っているその顔の、ずっと上まで引き上げました。全身がすっぽり隠れました。
私は罪悪感から、ブランケットでこの子の顔を隠したのだと言う人がいます。でも、それは違います。その時に罪悪感などありませんでした。私が考えていたのは、ただ、殺戮だったのです。
顔を隠したのは、刺している途中にこの男の子が目を開けても、前が見えなければ反応が遅れるだろう、その隙に致命傷を負わせようと思ったからです。そしていざ刺そうという時になって、ナイフの刃こぼれに気付きました。
あれほど口すっぱく、ナイフはいつも新しい物を使うようにと父に言われていたのに、私は今、冷静なようでいて全く動転しているのかもしれないと、意識の薄い層が警告してきました。
それでいて、手の震えも胸の不快さすらも感じることはなく、私は自分自身のことを、思ったより大胆だと、うす汚れた自信で飾りはじめました。
ともかく、私は腰のベルトから別のナイフをとって、手にぐるぐる巻いたビニール紐を切り、母を壊した時についた血やら、肉のかけらやらがついたナイフを離しました。
それで、自分の右手のケガに気が付きました。人差し指と親指の間から、血が出ていました。
それなのに痛くもなく、手の感覚はいつもと違っていて、触れた感じはあるのですが、なんとも奇妙な違和感がありました。痺れているわけでもなく、今までに経験したことのない、奇妙な感覚でした。
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