第11話 うちのイリス。

「ねぇ、リフォロくん……」


 朝、暖かさに包まれて僕が寝ていると、ゆさゆさと僕を揺らす者が居た。それにしても村で暮らしていた時は、もっとボサボサの生臭い毛皮だったのに、ここは柔らかくて、いい匂いがする。最高だ。


「……ねぇってば」


 ぷるぷると僕が揺られている。まだ起きたくない。布団から出たくない。僕はぎゅっと抱き枕を引き寄せる。


「わあ! ……もうっ!」


 僕の頬は暖かいものに挟まれた。そして僕の髪に手が乗せられ、その手は指先で僕の髪をく。


 ……あれ? 僕がゆっくりと目を開けると、目の前には水色の服に包まれた双丘があった。でかい。


 それから僕はゆっくりと上に視線を向ける。すぐそこにイリスさんのご尊顔がある。美しい。


「リフォロくん、起きた? そろそろ準備しようか」


 いまだ僕の髪を梳きながら、輝くような笑顔で僕にニコリと微笑みかけてくれる。胸の間に顔を突っ込んで、尚この笑顔。僕はイリスさんの背中に後光を見た。ありがたやありがたや……。



 準備とは。つまり今日は近くの街に行くのだ。


 ウキ太に干してもらっていた洗濯物が、朝露で濡れていたのをイリスさんに乾かしてもらったりするトラブルがあったものの、僕たちは朝食も食べずに街へと飛び立った。再び簀巻きにされて。


 明るい時間に空に上がると、辺りは一面の緑色だ。本当にこの辺りには何もないらしい。


「行くよー?」


 高度を上げたイリスさんがゴーグルをかける。昨日はそんなのかけていたなんて気が付かなかった。そしてまた僕の顔にベレー帽が被せられる。昨日寝たベッドと同じ匂いがする……。


 僕の煩悩を余所よそに、イリスさんは凄まじいスピードで飛行している。風の音しか聞こえない上に、とても寒い。イリスさんが湯たんぽじゃなかったら凍えていただろう。


 それも30分ほどで終わりを迎えた。風の音が小さくなっていくと、僕の顔からベレー帽が取られる。


 眼下には川が流れており、それがY字に分岐している。その分かれた川と川の間に街があった。三角州だっけ? 扇状地だっけ?


 二つの川には橋がかかっており、よく見ると線路らしきものまである。僕はこの世界に産まれて初めて文明というものを見たのかもしれない。


「……すごい……街だ……」


「ここはラワース聖国のアグラって街だよ」


「聖国……?」


「聖国には勇者がいるの。私たちの住む山の東がラワース聖国。西がブライ魔王国があるんだよ。そっちには魔王が居るんだ」


「へぇ……。そんな物騒な感じなんですね」


 僕の感想にイリスさんは、あははと笑った。


「今は別に戦争してる訳じゃないから大丈夫だよ」


 その言葉に僕は安心した。いつぞや見た金顔が不穏なことを言っていたから、血で血を洗うような世界かと思ったけど、そんなことはなかった。平和そうで何よりである。


「先にちょっと知り合いに会いに行くね」


 そう言うとイリスさんは降下を始めた。



 降下した先は、大きめの庭付き一戸建てだった。お屋敷と言ってもいいかもしれない。その庭に僕たちは着地した。


 庭はグラウンドのようになっていて、巻き藁のようなものが立てられている。何かの道場なのだろうか?


 僕が簀巻きから解放されると、屋敷の2階の窓が開き、一人の女性が顔を出した。


「……イリスかい?」

「ペシア! 私だよ!」


 イリスさんがぶんぶんと元気に手を振ると、ぱっつんぱっつんの軍服越しでもその揺れがわかる。すごい。すごいぞ。





 それから僕たちはペシアさんに案内され、屋敷に案内された。なかなか大きなお屋敷なのに、お手伝いさんは一人しか雇っていないらしい。妙齢のメイドさんが僕たちにお茶を出してくれた。


 ペアシさんは輝くような銀髪をポニーテールにした快活な女性だった。かなり鍛えているようで引き締まったスタイルをしており、白いロングワンピースを清楚に着こなしている。なんというかモデルさんって感じだ。


「よく来たね。久しぶりに会えて嬉しいよ、イリス。それでそちらは……」


「こっちはリフォロくん。一緒に住んでるんだ」


「いつもイリスがお世話になっております。リフォロと申します」


「うちの!? イリス! 流石にこの歳の少年は……」


「ち、違うよ!? リフォロくん、誤解される言い方しないで!」


「あ、隠す感じなんですか?」


「本当にやめて!?」


 イリスさんが目をぐるぐる回しながら机を叩くと、ペシアさんは楽しそうに笑い始めた。もうイリスさんは僕のものだから。そこだけは譲れないんだ。


「あははは! 仲が良さそうで何よりだよ。それで今日はどうしたんだい?」


「はぁ……。それなんだけど、ちょっとラワース金貨に両替して欲しくて……」


 その言葉を聞いたペシアさんの目が細くなると、一瞬冷たい雰囲気が彼女から漂った。そしてペシアさんはすーっと深呼吸をすると、イリスさんの目を見つめる。


「それは構わないが、まだイリスはそんな不遇な目に遭ってるのかい?」

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