王都奪還への旅路
アルカベルクはアインの町やミルランの村よりも規模が大きいため、時間があればもう少し散策して見たかった。
町に活気があり、文化的な施設やところどころに残された緑の豊かさに目を引かれ、見たことのない食べものが売ったりしていた。
俺は名残惜しい気持ちを感じつつ、皆と一緒に馬車への積みこみを行った。
妻と別れを済ませたクラウスが合流すると町を出る段になった。
町全体を煌めく陽光が照らす中、俺たちはアルカベルクを出発した。
ここまでの道のりはウィニーが御者を務めていたが、今度はクラウスが手綱を握るようだ。
ウィニーとエリーは荷物にかける大ぶりな布で全身を隠し、目立たないようにしている。
俺が乗る方の馬車は変わりなく、ミレーナが御者を担っている。
彼女は馬の扱いに長けているようで、馬の足運びは安定していた。
ミレーナはほとんど話しかけてこないので、自然と考えごとをしてしまう。
できれば内川を見つけたかったのに、行方知れずのままになってしまった。
友として彼の変化に気づくことができたのなら、結果は違っていたのだろうか。
しかし、どれだけ考えても答えは出なかった。
考えを切り替えねばと思い、この後の方針へと意識を巡らせる。
ここから先、エリーとその父の王位を奪った勢力に近づくことになる。
いくつかの町や村を越えた先で城につながる地下通路から侵入するという話だ。
映画に出てくるスパイ顔負けの作戦だが、自分にできることで貢献したいと思っている。
日本で普通に暮らしていたら、危険すぎて及び腰になっていたことは間違いない。
今は仲間に入れてくれたウィニーへの感謝の気持ちと、魔眼の力が信じられることが大きく作用している。
最初の時点で内川以外のクラスメイトとは離れ離れになり、今度は内川までいなくなった。
最早顔見知りのいない世界で頼れるのは、ウィニーたちだけという状況なのだ。
アルカベルクを出発してから時間が経つにつれて、内川を置いてけぼりにしてしまった罪悪感が薄らいでいった。
いつまでも彼のことを考えていられるような余裕はなく、環境の変化に対応する必要があった。
自らの心持ちに変化があったの過去の出来事を思い返したことも影響している。
今思えば彼は高校生活の上でも、逃げがちだったことを思い出したのだ。
――俺が他校の不良に絡まれた時
――教師から濡れ衣を着せられた時
――体育大会で面倒な役回りを押しつけた時
普通に生活していたらスルーしていたはずのことなのに、こうして異世界で馬車に揺られていると思い返してしまう。
同じ陰キャ同士で気が合う思っていたが、性根の部分となると相性がよかったのか疑問が残る。
異世界人であるはずの旅団の人たちの方が気が合うような気がしてきた。
ルチアはおっちょこちょいな亜人だが、明るい性格で心根に思いやりがある。
サリオンははっきりした性格だが、面倒見がよくて頼りになる。
ミレーナは陰キャというより物静かなだけで、美少女で優れた魔法使いだ。
ほとんど離したことのないエリーはともかく、団長のウィニーは人望が厚い。
最初にアインの町の依頼を終えた辺りから覚悟したのだが、元の世界に帰れる可能性は高くないと思う。
今思えば偉いはずの王様が俺たちのような若造に平身低頭だったのは、送り返せないことへの後ろめたい思いが現れていたような気がする。
だからこそ、自分なりにこの世界に順応しようとしてきた。
しかし、内川はそれを拒絶して、俺たちの元を去った。
こうして考えがまとまりだすと、自然と視界がクリアになるような感じがした。
きっと、この先は今までよりも危ないことが待っているだろう。
そんな時、躊躇や迷いは判断を鈍らせる。
「ねえ、ミレーナは怖くないの?」
馬車に揺られての移動中、自分でも思いがけない言葉だった。
彼女は戸惑いの浮かぶ表情で視線を返してきた。
「何のこと?」
「その……戦うことについて」
単なる思いつきのようだが、自分の中で大まかな理由があった。
年齢の近い彼女の意見を聞いてみたいと思ったからだ。
我ながら情けないことだと自覚しているが、対処しなければならないことの連続で弱気になっていた。
「魔法学院の模擬戦では、対人で魔法をぶつけ合う。それを繰り返すうちに慣れたのかも。怖くないわけじゃないけど平気」
「……そうか。怖くないわけじゃないけど平気、か」
「うん」
「教えてくれて、ありがとう」
ミレーナの声はいつも通り抑揚が少なく、話題に関心があるのか分からない。
それでも大事なことを聞けた気がする。
ウィニー、ルチア、サリオンは超人的なところが見受けられるので、一番感覚が近そうな彼女の言葉なら、受け入れやすいように思った。
馬車は街道を進み続けており、アルカベルクを出てからは両脇に草原が広がっている。
この辺りも牧畜が盛んのようで、遠くに放牧された牛が何頭も見えた。
戦いの気配とは無縁の穏やかな風景。
一見するとのどかなものだが、敵の本拠地に近づいている状況では油断できない。
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