話術師の狂言話
「ああロミリオ! どうしてあなたはロミリオなの?」
玉座の間で名門劇団による公演が始まった。その演劇はファース大陸でも有数の人気を誇り、大陸中で名を轟かせている。
「ジュリア! 例え祖国を裏切ろうとも、君を愛している!」
やがて物語は佳境に入る。音楽隊によって荘厳なメロディが奏でられ、場の雰囲気は最高潮に達した。
「ああ、私もよロミリオ! 例えこの命が果てようとも、永遠にあなたを愛している!」
「ジュリア!」
「ロミリオ!」
「ジュリア!!」
「ロミリオ!!」
「あ~はいはい。もうそういうのいいから。暇だから我慢して最後まで見たけど、クッソつまんねぇわ」
音楽隊と演者の動きがピタリと止まる。玉座の上でカクトがうんざりと退屈な顔をして座っていた。盛り上がっていた場は急激に萎え、一気に現実へと引き戻される。
「何ていうかさぁ、お前らのセリフはいちいち鼻につくんだよねぇ。ストーリーも何か国同士がいがみあってて複雑だし辛気くせぇし。もう少しシンプルで見てて楽しい奴やれよ」
「き、喜劇をご所望でしょうか?」
「ああもういいよ帰れ帰れ。お前らには何も期待してねぇ。金も払わねぇから」
まるで蚊でも追い払うようにカクトはシッシッと手首を上下に振る。演劇団はもはや何ら抗議することもできず、すごすごと帰ってしまった。
「あ~あ、王様ってのも楽じゃねぇなぁ。いくら力があるからって、ゲームも漫画もないんじゃ暇すぎる。レクリナも昨晩はパコりまくったせいで爆睡してるしよぉ」
カクトは不満たらたらな眼差しをティモンに向ける。先ほどの演劇団を手配したのはティモンだった。
「も、申しわけありませんカクト様。何分我が国は皆生きるのに精一杯でして、娯楽に関してはまだ文化が発達していないのです」
「いい訳はいいよクソジジイ。何か他に面白ぇことないの?」
ティモンは頭を抱える。ファース大陸一の演劇団を以てしても不興だったのに、他に誰がこの我が儘な王を満足させられるだろうか?
(レクリナめ……! こういう時こそお前がカクトを宥めすかす場面だろ!)
「で、では読書などはいかがでしょうか? 我がミチュアプリス王国の王城には大規模な図書館があり、書物の種類も豊富です。歴史学、言語学、魔法学、政治学――」
「ああいらねいらね。俺は本読むのが大っ嫌いなんだよ。あ~あ、やっぱお前って役立たずだわ。仕方ねぇからまた町にでも行くか」
ティモンはその言を聞いて慌てふためく。
(ま、まずいっ! カクトが外に出れば、また死人が出るやもしれん。そうなればますます民衆の国家に対する不満が募り、ひいては大規模な反乱が起こってしまう!)
「お、お待ちくださいカクト様っ! でしたら私もお伴いたします!」
「ああ? いらねぇよジジイ。ガキのお守じゃねぇんだからついてくるんじゃねぇよ」
「で、ですがカクト様はまだミチュアプリスの町に不慣れでございましょう? 何か買い物をしたい時は、私が手配いたしますので」
「……ったくしゃあねぇなジジイ。適当にブラついて何もなかったら面倒だし、ここはお前の言う通りにしてやるよ」
ティモンは束の間だけ安堵する。だがすぐにカクトが玉座から立ち上がると、急いで呼び止めた。
「ああお待ちくださいカクト様! 王が町へ出かけるのにも準備が必要なのです! すぐに支度をしますので、もう少しだけ玉座にお座りになってください!」
「んだよ人がせっかく乗り気になったって時に。だったら早くしろよクソジジイ」
「は、はいっ!」
そしてティモンは慌てて玉座の間を飛び出す。そしてアーサスを呼び寄せ緊急命令を出した。
カクトが城の外へ出てみると、群衆が左右一列に整列して王を出迎えた。
「カクトさま~!! カクトさま~!!」
皆が一様に手を振って、カクトに向かって称賛の声と笑顔を送る。
「あれぇ? 何か民衆の奴ら俺のこと歓迎してるみたいだけどぉ?」
「は、はい……皆カクト様の功績を讃えているのです。先日のブラカイア族の奴隷解放宣言により、多くの民衆が救われましたので」
「へぇ~そう。やっぱ俺って天才だな!!」
カクトは群衆の喝采を聞いて満足げに頷く。だがその中には一人もブラカイア族がいなかった。その事実にも、群衆の取ってつけた笑顔にも、まるでカクトは気づかない。
「まぁとりあえず進むか♪ 今日は何かいいことありそうだし、クソ演劇の口直ししねぇとな」
「か、かしこまりました! では行きましょうカクト様!」
そしてカクトは手を振る群衆の中を歩いていく。カクトが背中を向けた瞬間、群衆たちは舌を出し、ズボンを脱いでケツを叩いた。
街角を曲がったところで、カクトは遠目に新たな人だかりを発見する。その群れの中心では、赤いデカっ鼻の真っ白な顔の男が壇上に立っている。その男の周囲は笑いで包まれていた。
「おいティモン! 何かあそこやけに騒がしいんだけどあれ何?」
「あれは話術師ですよ。民衆に笑い話をして日銭を稼ぐことを生業とする。所詮卑賎な身分の輩です」
ティモンは吐き捨てるように言う。奴隷商人同様、自分が嫌いな人種だった。尤もその奴隷商人も、今となっては全員皆殺しにされてしまったのだが……。
「へぇ~、そんなもんで金が取れるんだなぁ」
カクトは興味を示し、民衆の群れに向かってズカズカと歩き出す。
「か、カクト様っ!?」
「ちょっと見に行ってくるわ」
(まずいっ!! あんな話を聞いたらきっとこの男は……)
ティモンは額に汗を流してあわあわするが、どんどんカクトは歩を進める。
「そしてあの王さま気取りのクソガキは男やババアのクロどもには目もくれず、ただ見目麗しい小娘だけを連れて城へ帰ったのさ。奴は頭に脳みそが詰まってるんじゃない。金玉に脳みそが詰まってるんだ!」
はははははは!
群れた民衆は笑い飛ばす。
〝いいぞいいぞー! やれやれー!!〟
演壇に立つ白塗りの男は意気揚々と話術を披露し続けた。
「そしてお優しい股間王さまはクロ娘の言いなりになって、クロども全員を奴隷の身分から解放しちまったのさ。そしたらどうなったと思う?
案の定クロどもが街中で暴れまわって、無理矢理ケツ穴をキメられるミチュアプリスのご婦人が大激増。だがそれを我らがヒーロー・アーサス将軍が許さない。汚いケツを剥き出しにしたクロどもは全員縄で縛り上げられた。
だがその逮捕の瞬間、クロの一人がこう叫んだのさ。
『俺たちを奴隷に戻せぇ!!』」
はははははは!!
民衆は大爆笑する。
次々と錆びた鉄のバケツには、銅貨や銀貨が投げ込まれる。
白塗りの男はそれを見てククッとほくそ笑んだ。
「なぁお前、何話してるの~?」
突然白塗りの男の背後で、不躾な声が響いた。
爆笑していた民衆たちは瞬く間に黙り込み、辺りの空気が一瞬で冷え込む。
演壇の男が振り返ると、それはミチュアプリスの現王であるカクトだった。
「何か笑い声が聞こえたから気になったんだけどさぁ、もしかして俺のこととか話してた?」
「は、はい。そうでございます。カクト様がブラカイア族を奴隷解放宣言なされた素晴らしい功績を皆で喜び分かちあっていたのです」
「ふ~ん」
「じゃあお前、俺に面白い話しろよ。話術師なんだろお前? 何かとびっきり笑えるようなネタが聞きたいわ」
いきなりカクトは無茶振りする。
化粧の裏で冷や汗を流す男は、必死に思考を巡らせた。
(このいかにも馬鹿そうなガキにウケそうな話は……)
そしてピエロの男は即興で馬鹿話を披露した。
「とあるのんびりした町で、ミント・キツイノっていう、ズボラな男がいました。このミントさん、職歴はなし、趣味は親の財産食いつぶし。でもある日、『金持ち王に俺はなる!』と突然意味不明な宣言をします。
その手段はなんと町内選挙! 『政治家になって俺も金持ちだ!』と意気込みます。ですが人気は崖っぷち。中間発表でもビリッケツでした。ここで諦めたらただのクズ。切羽詰まったミントはとある大胆な作戦に出ます。
夜の闇に紛れて、選挙会場へ忍び込みます。そして投票箱に、自分の名前が書かれた用紙をこっそりぶち込みました。その数なんと1000枚! この町の人口より多いです。『これで俺の時代が来る!』。誰もいないのにミントはしたり顔を決めました。
翌朝、結果発表となります。なんとミントさん、圧倒的な票数で一番当選! 町民一同、口あんぐりです。『この人、誰?』という困惑の声があちこちから囁かれます。しかしミントは勝ち誇り、『見たか! これが民意だ!』と胸を張りました。ですが幸福は束の間でした。
選挙管理委員会がすぐに動き出し、あっという間に不正がバレます。投票数が異常に多い。しかも票の半分以上がミントの自作自演だと突き止めます。『あれ、バレた?』。ミントが顔を青ざめる中、選挙無効が宣告されました。
そして、再選挙。新しい議会が始まりますが、ミントの姿はどこにもありません。実は選挙直後に緊急会議が開かれ、『ミント、あの男は追放だ!』と議決されたのです。ミントはすごすごと町を後にしました。それから町の人々は、『あのごく潰しはきっついのぅ』と、今も語り草にして大笑いしたのです」
「クヒャヒャヒャ! ヒャヒャ! クヒャヒャヒャヒャ!!」
カクトはピエロの男の馬鹿話に大笑いする。
そしてバンバンと男の肩を叩いた。
「あ~あ、クソ面白ぇなお前~。議員になりたくて投票数かさましするとか馬鹿すぎるだろ! それでバレないと本気で思ってたの? クヒャヒャ! お前、名前は?」
「ヘラゲラス……と申します」
「クヒャヒャ! ヘラゲラス! クヒャヒャ!! 冗談は顔だけにしとけよ。ヘラゲラスって……クヒャア! ダサすぎて腹痛いわ!」
カクトは腹を抱えながら笑いこける。涙すら出てきて息もできない。カクトは人生の中でこれほど笑ったのは初めてだった。
「ああ面白ぇ! 気に入った。お前今日から俺の専属話術師な? 王城まで来い!」
「えっ!?」
話術師ヘラゲラスは、顔を凍りつかせる。
(ふざけろよキチガイのクソガキが!! 何で俺がてめぇなんざに付き従わねぇといけねぇんだよ!!)
だが内心罵詈雑言を浴びせようとも、それをおくびに出すことは一切できない。そんなことをすれば、カクトに殺されることなど百も承知なのだから。
「か、カクト様! ここにいらっしゃいましたか! 急に『ワープホール』を使ったからどこへ行ったのかと……」
「ああティモン。俺こいつのこと連れて帰るから」
カクトは話術師ヘラゲラスに指を差し、即断即決の意図を伝える。
ティモンは初めはギョッとした表情を見せたが、やがて諦めたようにヘラゲラスから目を逸らした。
(クソったれが! どうして俺がてめぇなんざのとこの話術師にならねぇといけねぇんだよ! 俺の自由気ままな生活を奪いやがって!! ……ああ、俺のクソったれな人生もこれでお終いか)
話術師ヘラゲラスはただ己の不憫を、化粧を施した薄笑いの下で呪うしかなかった。
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