幕間———宗司とトラと美憂

雪が降っていた。

その日は歴史的な大雪で学校は午前で終わっていた。まだ中3の俺は家に帰って新作のゲームは何を作ろうかと考えていた。

これを仕事にしたいと考えていた俺には誰かと遊ぶという考えがそもそもなかったのだ。

思えば残念な子供である。

人付き合いなどめんどくさいし、どうでもいいと捨て去った愚かな子供。人間関係の構築方法をその年で学ばなければいけないのに、それに気付けない残念な少年。

学校でまともに話すのは達也と茜のみ。

あの2人と一緒にいるのもプライバシーに干渉しないからだ。

あの2人は俺のことをよく理解してくれている。

中学校に入ってから話しかけられる事は増えたが大体俺に近づくやつは金目的だとわかった。

違ったのはあの2人だけ。

だから付き合いが必要ならあの2人だけでいい。

にゃ〜

足元から声がする。

いつもなら気にしなかっただろう。

だがその声は俺を呼んでいると直感で分かった。持っていた傘を差し出す。

それが俺の運命の出会いとなった。

トラ柄の猫。その足はボロボロだった。

長い旅をしてきたのだろう。

誰にも頼らず。自分の力で。

その姿は正に孤高の虎だった。

「お前カッコいいな。」

思わず声をかける。

トラは俺の方をじっと見る。

「結局みんな最後は1人だ。だから俺は群れたいと思わない。それでも俺のところに来るか?」

問うとトラが立ち上がる。

ボロボロの足だがブレることはない。

真っ直ぐとこちらを見る。

そっと抱き寄せる。

ウチの親は放任主義だ。

だが放置という意味ではない。

道徳は教えてくれるし、何より俺を大事に育ててくれる。生き方には口を出さないけど俺が困ったときにはすぐに助けてくれる。

俺にとっては最高の両親だ。

生き物好きな2人に猫を飼いたいといえば流石に責任について言われる気もするが…

「でもまぁ…。」

止まない雪を見上げる。

「来年の春には俺の家ができるわけだし、責任さえ取れば問題ないか。」

小、中で貯めた金を注ぎ込んだ男の夢。マイハウス。高校からは自立すると親に言った時には流石に驚かれたが、困ったら親を頼りなさいと笑顔で承諾してくれた。その家に1人と一匹で住めばいい。俺は白い息を出しながら、トラと共に家路を歩いた。


私の家は裕福でした。

父親が社長で母親が副社長。

私はその2人の一人娘でした。

両親との仲は悪いわけではありません。

忙しい2人とは時間が合わないだけです。

小学校低学年まではよく家族で旅行にも行っていました。それが中学年になった頃から会社が大きくなるとともに私は家で1人で過ごすことが増えました。

生活は日々豊かになりました。

でもそれ以上に私は愛が欲しかった。

学校に行って、家に帰って、家事をする。

学校の友達はお金持ちの娘というステータスを見た上で近寄ってくる人ばかりでした。

表面上は仲良くしていましたが本音を言える友達は居ませんでした。だから本当の私を理解してくれる人はいません。

色々なことをやりましたが私には何の才能のかけらもありませんでした。

努力はしました。成績は常に学年1位でしたし、苦手な運動だって苦手なりに頑張りました。

それでも両親の納得のいくレベルには到達しなかったようです。

私は天才ではなく何事にも泥臭く努力して結果を出すタイプでした。だからこそ私は疲れていました。

「もう疲れました…。」

丘の上の展望台。

ここは私のお気に入りの場所です。

にゃ〜

ぼぉっと街を見ていると猫のか細い声が聞こえました。周囲をしばらく探してみるとベンチの下にトラ柄の子猫がいました。

そっと抱きしめます。

「きみ暖かいね…。」

にゃ〜

可愛く鳴く子猫。

どうやらこの子も1人のようです。

私達は似たもの同士なのかもしれません。

そう思うとこの子を放っておく事は出来ませんでした。私はその子を家に連れ帰りました。

帰ってきた両親を必死に説得しましたが結局飼うことは許されませんでした。

野良猫は病気を持っている可能性もある。今度お店で購入してあげるから諦めなさい。

お父さんにはそう言われました。

飼うことは反対しないが野良猫がダメというのはその時の私には納得のできない事でした。

その日からこっそりと私はこの子のお世話をする事にしました。トラ柄なのでトラという名前をつけました。

誰にもバレないように神社の裏でこっそりと。

ダンボールをしっかり補強したり、屋根をつけたりそれなりにしっかりとしたお家を作ってあげました。

こっそりと家から水を入れるためのお皿を用意して、学校の給食から牛乳やパンを持ち帰ったりしました。

習い事の終わりには必ず会いに行きました。

冬になると毛布やカイロで凍えないように最善を尽くしました。

それから一年。あっという間でしたが初めて楽しいと思える日々を過ごしました。

そんなある日、トラは私の前から姿を消しました。

その日、私は習い事で少し遅くなってしまいました。いつもの場所に向かうとそこにあったのはダンボールの残骸だけでした。

私は必死になって探しました。

何ヶ月も何ヶ月も探しました。

でもトラを見つけることは叶いませんでした。

泣いて泣いて涙が枯れるまで泣きました。

もっと立派な家を作ってあげればこんな事にはならなかったかも知れません。

里親を探してあげればこんな事にはならなかったかもしれません。

全ては私のせいです。

私には動物を育てる資格がありませんでした。

結局自分の寂しさを紛らわすためにトラを利用したに過ぎません。

その日以降私は野良猫を保護するとすぐに里親を探すようにしました。

トラのような目に合う猫を少しでも減らしたかった。それは私の後悔と贖罪でした。


「トラ。」

「トラちゃん。」

自分を呼ぶ声に目を開ける。

体は重く、自分の死期を悟っている。

長年連れ添った相棒と小さい頃に世話になった少女が目の前にいる。

匂いと声は変わらない。

間違いなくあの少女だとすぐにわかった。

であればもう少しだけこの2人の為に生きるとしよう。相棒は手のかかる奴だ。きっとまたこの子は苦労するだろう。死期を悟れば潔く消えるだけと思っていたのだが、居なくなれば2人で泣くのだろう。

仕方ない。

にゃーと声をあげる。

撫でてくる手は優しい。

ゴロゴロと喉を鳴らす。願わくばこの2人には幸せになってもらいたいものだ。

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