第16話 洞窟の地下に住む謎のお爺さん
母親から牛乳を届けるように言われたので、私は日が出る前から家を出た。
お届け先は地下の洞窟に住んでいるお爺さんだ。
村の人達から変わり者扱いされているけど、個人的に好きなので、率先してお届けしている。
洞窟に入り、入り組んだ道を進んでいくと、地面にフタがあった。
そこを開けると、ハシゴが見えた。
しかし、奥底が見えないほど続いていた。
私は牛乳瓶を割らないように気をつけながらハシゴを降りていった。
降下中は非常に暇なので、物思いをしながら降りる事にした。
(あぁ、暗い中を降りていく。
こういう時は何も娯楽がないのが残念だ。私は陽のあたる場所を進んでいくと、何とも蝉の幼虫みたいな気持ちに駆られていく。蝉の幼虫は土の中を何年も引き篭もって成長していき、そして地上で出れたかと思いきや、社会に合わなくなって死んでしまう。蝉は引きこもりかもしれない。あぁ、土の中で暮らしていた時は良かったと木にしがみつきながら鳴いているのかもしれない。だって、生まれて初めて地上への社会進出が灼熱とも言える真夏の時なんだから、せっかく春のような暖かさを期待していたニート蝉が夏という鞭をぶつけられ、イタイイタイの思いをしていくんだ。それはそうと、このハシゴは本当に長く続いている。定期的に言っているとはいえ、本当にどこまで続いているのか、分からない。このまま通過して落っこちてしまうのではないかと思ってします。地の底には何があるのだろう。地獄かな。地獄は嫌だな。私は魔法少女として魔物の命を奪ってきたけど、それで地獄行きになるのは勘弁してほしい。私は普通に生きているんだ。でも、普通ってなんだろう。誰がどの基準で普通なんて決めているのだろう。よく普通にならなくていい、ありのままでいいと言うけど、そもそも自分が普通なのか普通じゃないのか判断できない。私は村の人達から見たら普通かもしれないし、そうじゃないかもしれない。けど、私は考える。それよりももっといい事を考えよう。パンだ。パンの事を考えよう。いや、この前の料理対決の事について考えよう。あれは……やる意味あったのかな? なんかグダグダで終わったし、何よりも村長の話が長い。まぁ、長い。ビックリするぐらい長い。もういんじゃないかなってレベルで長かった。最初はそういうギャグかなと思っていたんだけど、なんかよくよく聞いてみたら武勇伝を語っているだけだし、すぐに止めに入ろうかなと思ったけど、やっぱり止めた。もし何か文句を言ったら後々何をされるのか怖かったから……)
そんなこんなでどうにか地下まで辿りつく事ができた。
そこにはドアがあった。
かなり頑丈らしく、ドンドンと叩くと、いきなり白衣を着たお爺さんが現れた。
「もう! モプミ!」
「お爺さん! 持ってきました!」
私は早速人形……人形?
いやいや、違うでしょ。
牛乳よ、牛乳。
私はお爺さんに牛乳を渡すと、彼は即座に飲み干した。
「ありがとう。やはり、月に一回の牛乳は格別だな」
お爺さんはそう言って、土の床に腰を降ろした。
私も一緒に隣に座った。
普通だったら、部屋に案内してくれると思うが、このお爺さんはどういう訳か、全然案内してくれない。
初めて会った時も、何回か会った時も、このお爺さんは絶対に入れてくれなかった。
ちなみにお爺さんの名前を私は知らない。
村の人達も知らない。
シャーナも知らない。
村長ですら知らなかった。
もちろんチュプリンとピャメロンも知る訳がない。
でも、私はお爺さんのミステリアスな雰囲気が大好きだった。
なぜかは分からないけど、側にいると安心するのだ。
お爺さんはとても物知りで、私に不思議な話を聞かせてくれる。
例えば、自分は昔悪魔と出会って、契約を交わして、とんでもない知恵と技術を手に入れて、この世界を支配しようと企んでいたとか。
それよりも別の存在に託して、自分は高みの見物で彼らが血反吐を吐きながら激闘を繰り広げているのを楽しんでいるとか。
とにかく甘いのが大好きで、一日三回は必ずパンケーキを食べるとか。
一週間に一回ぐらいしか脱糞をしないが、その時の量が凄まじく、部屋がありえないくらい糞臭くなるから誰も入れて欲しくないとか。
現在も恋人募集中だが、こんな見た目と脱糞体質では誰も貰い手がいないと嘆いていたとか。
とにかくコミカルで面白いのだ。
「お爺さん! 今日はどんな話を聞かせてくれるの?」
私は胸を踊らせながら待っていると、お爺さんはコホンと咳払いして話し出した。
「いいか。最初で最後しか語らないから言うぞ。耳穴をかっぽじってよく聞いておくれ。実はワシは一回死んだ事があってな。なぜ生き返っているのかは後から話すとして……」
しかし、今日のお爺さんの話は退屈だったので、すぐに脳内で自分がパンをこねて食べる様子を思い浮かべて聞き流す事にした。
「どうじゃった?」
お爺さんに感想を聞かれたので、私は即座に「チーズみたいな甘くとろけるような旨さが最高でした!」とそれっぽい事を言った。
「そうか! そうか!」
お爺さんは嬉しいのか、私の頭を撫でた。
「じゃあな」
お爺さんはそう言って、部屋に戻ろうとした。
が、「そうだ」と言って振り向いた。
「来月からはもう配達に来なくていいぞ」
あれれ? 急に定期便の終了を言い渡されてしまった。
「どうしたの? そんなに美味しくなかった?」
私は牛乳の品質管理に何か問題があるのかと思い心配したが、お爺さんは「いやいや、違うよ」と首を振った。
「近々引っ越しをするんだ。だから、もう飲みたくても飲めないんだ」
お爺さんは悲しい顔していた。
そうか。そうだったんだ。
「どうして? ずっといればいいじゃない」
私はそう言うが、お爺さんは「どうしてもここを旅立たなければならない状況ができてしまったんだ」と俯いていた。
これは詳しく聞けないパターンか。
何か人に話すのもためらってしまうほど、重要な事を隠しているのだろう。
けど、それを無理やり聞き出してお爺さんの心に深く残ってしまったら意味がない。
だから、私はこれ以上は深く首を突っ込まずに「そっか。新しい場所でも元気でね」と言って手を振った。
「あぁ、またな。モプミ」
お爺さんはにこやかに言って手を振った後、ドアを開けて中に入っていった。
やはり、徹底しているのか、一切見えなかった。
さて、このまま酸素が不足して死んでしまうので、急いでハシゴを上っていった。
そして、洞窟まで辿りつくと、後は出口まで行って、家に帰った。
今日の晩御飯はシチューだった。
馬鹿でかい人参を一口で頬張りながらお爺さんの顔が浮かんだ。
(もう会えなくなるのか……)
何だか切なくなって、思わず涙が出てしまった。
さすがに食事中に泣き叫ぶ事はしなかったが、涙を拭う事はした。
「どうしたの、モプミ。今日は随分とセンチメンタルね」
ミルクを飲み終えたチュプリンが駆け寄ってきた。
「ううん、何でもないの」
私は無理やり強がって、シチュー具材達を詰め込めるだけ詰め込んだ。
だが、まだ出来たてだからか、熱すぎて吹っ飛んでしまった。
これに母は激怒し、罰として床掃除をさせられてしまった。
確かにあれは食べ物を粗末にする行為だった。
私はそう反省しながら、床に散らばった具材達を拾いながらピカピカになるまで磨いた。
そして、母のチェックが終わると、いきなり抱きしめられてしまった。
「さっきは床の掃除をしなさいなんて言ってごめんね。傷ついたでしょ?」
どうやら母が娘に激怒した事を後悔しているみたいだ。
私は「全然思ってないよ」と優しく背中を擦った。
母は嬉しそうな顔を浮かべて、一緒に食べようと言ってきた。
私は「もちろん!」とオーケーすると、二回目の母の手作りシチューを堪能した。
今度は母との会話を添えて。
↓次回予告
ガーゴイル、襲来。
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