第7.5話 つまみ食いスライムとツンツンドール

◎魔王sideストーリー

「なに? アチージャが事故死した?」

 魔王バレーシアは卵白をかき混ぜながら家臣達の報告に驚いていた。

「は、はい……偵察のガーゴイルからのご報告によりますと村の小屋に突っ込んだ瞬間、大爆発が起きた……と」

「たぶん火薬庫だな……えーと、角が立つまでかき混ぜたら、黄身を入れて混ぜると……」

 バレーシアは見開かれた本を凝視しながら原因をいた。

「さ、左様でございますか?」

 あまりのスピードに家臣達は困惑していたが、魔王は「私が言うのだから間違いないだろう」と違う器で卵黄だけかき混ぜ始めた。

「あ、あの……」

 家臣の一人が恐る恐る声をかけた。

「なんだ? 私は今忙しいんだ」

 魔王は本とにらめっこしながら苛立った声を上げた。

 家臣は「ヒッ!」と怯えたが、一旦深呼吸をして心を落ち着かせた後、口を開いた。

「魔王様は……何をなされているんですか?」

 この質問にバレーシアは「ん? 見て分からないか?」と家臣達にエプロンを見せた。

 フリフリの付いたオレンジ色のエプロンで、端っこの方に『ばれーしあ』と刺繍が縫われていた。

「わぁ、なんてかわい……」

 家臣は思わず『かわいい』と褒めそうになったが、魔王は自分の事を可愛く思われるのが嫌いだという事を思い出し、「素敵なお召し物でございます」と深々と頭を下げた。

「いや、エプロンの感想はいいから、私が何をしているのか当てろよ」

 家臣が見当違いな返事をしたことにバレーシアはムッと眉間に皺を寄せていた。

 家臣達は慌てて「料理!」「クッキング!」「お菓子作り!」と次々と解答した。

「うん。そうだ。私は今、オムレツを作っているんだ」

 魔王はそう言うと、予め熱したフライパンにいた卵黄とメレンゲを混ぜ合わせたものを入れた。

 家臣達は貴重な魔王の調理している様子を見守っていた。

 バレーシアは慎重に広がった卵をまとめて、一つの綺麗な形にした。

 それを皿の上に乗っけた。

「完成だーーーー!!!」

 魔王は拳を突き上げて喜んだ。

 家臣達はすかさず「おめでとうございます!」と拍手していた。

「いやーー! 我ながらよくできた! やはり、母のレシピ本は最強だな!」

 バレーシアはレシピ本を愛おしそうに頬でスリスリした後、「あとは仕上げのケチャップだな」と言って取りに向かった。

「あ、そうだ」

 魔王は出る前に家臣達の方を向いた。

「もし一口でもつまみ食いしたら、お前らの血肉でソーセージにしてやるからな」

 殺気だった声で家臣達に念を押すと、そのまま行ってしまった。

 家臣達は顔を見合わせて首を傾げた。

「誰が食べるんですかね?」

「魔王が作ったものをね」

「私なんか怖くてできませんよ」

 なんて話をしていると、「おうおう! 家臣ども! こんな所で何をしているんだ?」と巨大なスライムがやってきた。

「ズーラ様!」

 家臣達は彼を見た瞬間、ひざまずいた。

 魔王が数多の魔物中から選ばれた最強の魔物の称号でもある『魔王八天王』は家臣より立場が上らしく、ズーラはそれをいい事に横柄な態度を取っていた。

「お? 美味そうなのがあるじゃねぇか」

 ズーラはテーブルの上に置いてあったオムレツにロックオンした。

 すぐさま家臣達が「食べちゃ駄目です!」と止めに入った。

「何だと? 誰に向かって口を聞いているんだ? 魔王八天王の中で上から六番目に強いズーラ様だぞ?」

 ズーラはプルプルの体から触手みたいなものを出現させて家臣達を振り払うと、オムレツを皿ごと食べた。

「あーーーーーー!!!」

 家臣達は一斉に声を上げた。

 オムレツがスライムの半透明な体の中でジワジワと溶けていった。

「……うーん、イマイチだな」

 ズーラは愚痴をこぼすように皿だけペッと吐き出した。

 しかし、皿の割れる音がしなかった。

 ケチャップを取りに来た魔王が皿を受け止めていたからだ。

 魔王に気づいた家臣達は「ひぃいいいい!!!」と叫んで逃げていった。

「おい? どうしたんだ? なぁ……」

 ズーラは気配を感じたのだろう、振り返るとバレーシアが立っている事に驚いた。

「え? ま、魔王様?! ま、まさか、これはまぶぶぶっ!!!」

 ズーラは話している途中で魔王に連打されてしまった。

 彼は驚異的な再生能力で、すぐに回復したが、またすぐに魔王に連撃されてしまった。

 再生して攻撃、再生して攻撃を繰り返していた。

 魔王が何も言わずに無表情で殴り続けている時は、彼女が一番キレている状態だ。

 ドアの隙間から見ている家臣達はそれを知っていたので、次は止められなかった自分達にお仕置きをされるのではないかと震えていた。

 何分か過ぎても、バレーシアの表情は変わる事はなく攻撃を続けた。

「ゆるじ、ゆるじでぐださーーい!!」

 ついにズーラの方から折れてしまった。

 この言葉に魔王はピタッと攻撃を止んだ。

「許しが欲しいのなら、さっさと村を潰しに行ってこい」

 魔王がそう命じると、ズーラは「はっ、はい! 今すぐに!」と逃げるように走り去って行った。

「おい」

 バレーシアはドアの方に身を潜めている家臣達に鋭い言葉を投げた。

「魔王様! どうかお許しください!」

 家臣達はすぐに魔王の前にひれ伏せ、許しをうた。

 バレーシアはジッと睨んだ後、「もう疲れたからお前達が作って、私の寝室に持ってこい」とエプロンを投げ捨てて行ってしまった。

「ははーーー!」

 家臣達は魔王の足音が遠のくまで伏せた後、早速オムレツ作りに取り掛かった。

 そのオムレツは魔王だけでなく魔界の中でも評判となり、バレーシアは家臣達を『オムレツ大臣』に昇格させた。


◎王子様sideストーリー

「あむ……また失敗か」

「あむあむ……うん。そうですね。あむあむ……支配者マスター……あむ」

 マルチーズ王子とオーワンがまたレストランで大皿に盛られた唐揚げを摘みながら話をしていた。

 前に来たボッタクリのお店だが、悪党シェフや用心棒達はオーワンの手によって始末されたので、普通のお店になっていた。

 オーツンは腕を組みながら不機嫌そうな顔をしてそっぽを向いていた。

「オーツン……あむ、食べですよ、あむ。ちゃんと謝らないと……あむ」

 オーワンは彼女の態度に食べながら注意した。

「はぁ? だって、私が攻撃する前に呪文で飛ばされちゃったんだよ?!

 初見で対処できる訳がないじゃない」

 オーツンはポニーテールを揺らしながら訴えると、王子とオーワンは「確かに」と頷いて、からあげを一口食べた。

「モグモグ……じゃあ、今度は魔法が使える人形にするか」

「モグモグ……そうですね。良いのがいます……あ」

 ここである問題が発生した。

 山盛りにあった唐揚げがいつの間にか最後の一個になってしまった。

 王子とオーワンは睨み合った。

 互いにラスト一個が食べたい事が分かると、自然と手が動いていた。

「じゃん……」

「けん……」

「ポンっ!」

「ぽんっ!」

 二人とも同時に出し、ジャンケンに勝ったのは王子だった。

「よっしゃーー!!! いっただき……あれ?」

 しかし、皿にあったはずの最後の一個が無くなっていた。

「オーワン! お前……」

 すぐに彼女を疑ったが、オーワンは「違います。支配者マスター!」と首を振った。

「じゃあ、誰が……」

 マルチーズ王子はふとオーツンが背を向けている事に気づいた。

 王子とオーワンは直感的に彼女が食べた事を察した。

「なぁ……」

 マルチーズ王子が声を潜めて聞いてきたので、オーワンは「何でしょうか」と同じような声のボリュームで応えた。

「オーツンって、一切食事をしても大丈夫なはずじゃないのか?」

「えぇ。身体の機能としてはそうです。ですが、興味はあるみたいです」

「なるほどな……でも、なんでこっそり食べているんだ?」

「たぶんおのれのプライドでしょう」

「あぁ、そうか……」

 オーツンの性格を理解した王子はつまみ食いをした張本人には言及せずに、オーワンと一緒にデザートを頼む事にした。


↓次回予告

シャーナ、魔法少女になる?!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る