第36話 M16:吟遊詩人 Menestrello

 嫌な予感を抱きつつ振り向く。

 予想通り、竪琴arpaを抱く吟遊詩人menestrelloらしきお兄さん

 さっき酒場で見た人より大分貧相な姿だ。

「これはこれは冒険者さん」ポロロン♪

小拙しょうせつこと、ジョルジュ・ド・コルヴェGeorges de Corveyと申します」ポロロン♪

「えと、吟遊詩人menestrelloさん?」

「左様、ゲーム内も世知辛く、なかなか稼げません」ポロロン♪

「ここでひとつ新作の叙事詩sagaを創り上げ、一旗揚げる下地とせねばなりませぬ」ポロロン♪

「何でまた、わたしを……」

「貴女を見てピンと来ました」ポロロン♪

「マテ! 竪琴arpaウザいから止めてくれる!」

「弾かないと語り辛いのですが、貴女がそう仰るのでしたら仕方ありません。涙を呑んで控えることに致しましょう」

「わたしのやることで、叙事詩sagaを創ろうってこと?」

「左様でございます。かのベルナール・ド・ヴァンタドゥールBernard de Ventadourの如く世々謡い継がれるものを」

「何か良く分からないけど、わたしの冒険なんか見てもしようがないよ。今夜の宿も決まってないくらいだから」

「ならば、我が師匠の処へご案内いたしましょう」ポロロン♪

 強引やのぅ……まぁしようがない。

 先は全く決まってないし、行ってみるかな? 悪い人には見えないしな。


 竪琴arpaの音に誘われて――ではないが、後を付いて行く。

 中央広場の神殿横を抜けて、町の北西側。ここは個人宅や個人の店があるらしい。

 一軒の立派な屋敷に入り、家の人たちには顔パスで、どんどん奥へ行くジョルジュくん

 おぃ、いいんかぃ? こんなことして?

 文句も言えず付いて行くと、大きな扉をノックもせずに、ずぃずぃ中に入って行く。

 付いて行くしかないが、もう何をしても驚かん!


 書斎の奥で何か読んでる風の、おっさんとにぃさんの間くらいの人に、いきなり呼びかける。

「師匠! 遂に私を導く光を見つけました」

 師匠と呼ばれたにぃさん風――と呼んでおこう――の人は、驚きもせず、ゆっくり振り返って話始める。

「ほう、これは珍しい。ジョルジュくんは、何か心境の変化があったと見える」

 一風独特の笑顔が面白い。

「師匠、冒険者 結月琴音ゆづき・ことね 殿をご紹介させて頂きます」

 とりあえず挨拶しておこう。

「結月琴音といいます。“ことね„ とお呼び下さい」

「わたくしこと、フュルベール・ド・ブリニョールFulbert de Brignolesと申します」


 部屋にある応接用の椅子を勧められて、断る訳にも行かず、ジョルジュくんの隣に座る。

 しかし、執事を呼ぶベルを鳴らした途端に、お茶とお茶菓子が出てきたのには驚いた。

 師匠と呼ばれたフュルベールさんは雄弁に語り始める。

「ひとくちに叙事詩sagaと言いますが、色々な種類がございます。その中に “ミリィとミル„ という一際長いものがあり、細部まで現実的realisticoであり実録に近いとされております」

 そんなものがあるのか

「数人の吟遊詩人menestrelloたちが調査に苦労を重ね、また冒険に同行したという者さえ居ます。出来上がった叙事詩sagaは大長編になり、一度に謡うことはまず不可能、そのため一部を謡うことが通例になっております」

 段々に熱が入り、声も高らかになって来る。

「この場合 “我伝聞われつたえきく処によれば„ で始めるのが習わしとなっております」

 傍らにあった竪琴arpaを掴んだかと思うと、いきなり演奏を始める。

「このように」ポロロロロン♪♪


  我伝聞われつたえきく処によれば

  ある日、ミリィ愛馬unicornusに騎乗し

  見渡す限りの砂の続く荒野を


「いやいや、実演は」

「あぁ、これは失礼をつかまつった」

 竪琴を置き、座り直したフュルベールさん、お茶を飲んで息を整える。

「さて、叙事詩と言えど、それほど数も種類も多いものではありません。同じものばかりを謡えば聴衆に飽きられてしまいます。そのため、絶世の美女や蝶よ花よと自然を謡ってみるのですが、聴衆の受けはあまり良くありません。やはり冒険譚こそが人気を集めるのです」

 なるほどねぇ

「冒険者を一から観察し、新作の叙事詩を創り上げるのは、吟遊詩人menestrelloの一つの理想形なのです」

 フュルベールさん、そんなに鼻息荒げんでも

「ジョルジュくんは、貴女に何か感じるものがあったのでしょう」

「いえいえ、そんなことはないと思います。わたしはまだ駆け出しですし」

「原石を発見することこそ吟遊詩人menestrelloの醍醐味。わたくしからも是非お願いいたします」

 両手を掴んで来て熱弁するフュルベールさんに負けてしまった。

「はぁ、まぁそういうことでしたら」

 ジョルジュくん、そんなに喜ばんでも

「ジョルジュくんの言うには、スキルの師匠をお探しとか」

「はぃそうですが」

「わたくしに心当たりがございます。紹介状を書きますので少々お待ちいただけますでしょうか」

「はぁ、はぃ」

 フュルベールさん、机に戻ってさらさらと何か書いてくれる。

「これを持って行けば、間違いなく弟子にしてくれるはずです。心配はありませんよ。我が愛弟子をよろしくお願いします。あぁジョルジュくん案内してくれ給え!」

 封書を渡してくれ、笑顔で送り出してくれる。

 宛先は、ルノー・ド・モントーバンRenaud de Montauban

 また渋い名前を……

「この方は弟子を取らないので有名なのですが、師匠は何か感じる処があったのでしょう」

 へぇ……不安しかない。

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