第9話 M4:初めての村 Primo Paese

 澄んだ明るい空

 軽やかな歌声のBGM

 人の騒めき


 振り返ると、石積みの塀が続くだけ、扉も建物すらもない。

 引き返すことはできないと実感する。

 前は幅五メートルくらいの石畳の道

 両側には木造りの建物、芝で周囲が覆われ、花壇などもある。

 見渡すと何人かキャラクタが歩いているのだが、名前やパーティ名など全く表示されない。

 プレイヤーとノン・プレイヤーの区別が全くつかない。いつものゲームとの違いを認識するのに少し時間がかかりそうだ。


 道の右側に大きな建物がある。これが冒険者ギルドだろう。

 左側は、店らしき建物の入口へと続く石畳がある。

 器やガラス瓶、スプーンをあしらった看板、道具屋だろうか?

 興味が湧き、覗いてみよう。時間は十分にある。


 入口の扉を開くと、シャランと鐘の音、なかなか凝った演出だ。

「いらっしゃいませ!」

 店の主人らしき人が応える。

 プレイヤーらしき人が一瞬こちらを見たが、すぐに店の主人と話し始め、何かを買って行く。

 店を出て行く人を眺めていたら、主人が話掛けて来る。

「何かお探しでしょうか?」

「いえ、今着いたばかりなので、珍しくて」

「ああ、新しい方ですね。うちの店はいちばん近くにあるので、あなたのような方が良くお見えになります」


 何と返事しようかと考えていると、主人は続ける。

「うちには初心者向けの商品も取り揃えておりますが、着いたばかりでは、何が必要なのか良く分からないかと思いますので、まずは冒険者ギルドを訪ねられるのが良いでしょう」

 親切なお店だな。

「分かりました。そちらへ行ってみます。それで」

「何でしょう?」

 商人風のにこやかな雰囲気で応えてくれる。

「こちらのお金について、教えてもらえないでしょうか?」

「そうですね。大切なことです」


「こちらの貨幣単位は “リラ„ といいます。冒険者の方々には月に一度、冒険報酬が支払われているはずです」

「えと、お財布とか持ってないんですけど」

「こちらの世界では紙幣・貨幣にあたるアイテムはありません。あなたの左腕にある腕輪を見て下さい」

 言われて、生命の腕輪を見ると、淡い黄色光の中に仮想画面schermo virtualeが展開される。


「所持金という項目があると思いますが、そこの数字がいまあなたが持っているお金の額です」

 確かに “60,000„ の数字がある。

「アイテム売買は、その数字の中で適宜支払われることになります。もちろんマイナスの数字となるような買物はできません」

「金貨とかは使わないんですか?」

「そうです。売買の際に、そこの数字が変更されるだけです。金貨というアイテムは存在しますが、それは流通貨幣ではありません。他のアイテムと同様の扱いになります」

「何だか、財産という気がしなくなりそうですね」

「そうともいえますが、その数字がなくなると食糧すら購入出来なくなります。注意して下さい」

 ありがとう、と応えて冒険者ギルドに向かう。


 道を渡って、冒険者ギルドの入口前に立つ。少し期待して扉を開く。

 中は板張のフロア

 ガランとして、ほとんど人はいない。ちょっと拍子抜け

 もっと冒険者がたくさん居ると思ったけど、もう昼過ぎなので、人のいない時間帯なのだろう。

「冒険者ギルドへようこそ、こちらへどうぞ」

 受付のお姉さん、にしては背の低いかなり可愛い人に声を掛けられる。

「あの、あまり人いないのですね」

「はい、今は第四昼刻ですので、ちょうど人がいない時間帯です」

「第四?」

「あ、こちらイル・モンドに来たばかりでしょうか?」

「そうです」

「この世界の時間帯は、日出から日没までを六つに分けて数えます。ですから、第一昼刻から第六昼刻まで分かれます。夜も同じように、日没から日出までを第一夜刻から第六夜刻と数えます。簡単でしょ」

「なんだか違和感が」

「私に言わせれば、現実世界の方がよほど分かりにくいです。もっと生活に合わせた時間であるべきかと」

 えーと、まぁゲームだからゲームに合わせるしかない。


「最初に、初心者指導所へ行けと言われたんですけど」

「そうですね。それが賢明です。いきなりフィールドに出て死亡する方も居るので。少々お待ちください。推薦状をお渡します」

 死んで覚えるゲームに慣れ過ぎていたんだろうな。

「どうぞこれを。指導所でこれを提示すれば無料で指導を受けることができます」

「ありがとうございます」

「そちらに、あなたと同じように今日こちらの世界へ来た方がいます。ご一緒に行かれてはどうでしょう?」

 言われて入口の左側奥を見ると、ベンチに二人のキャラクタが座っている。

「分かりました。ありがとうございます」

「ご好運をお祈りします」

 お姉さんの声を後ろに聞きつつベンチに向かう。


 二人のうち、ひとりは女性、細長い長剣spada lungaと革の鎧

 もう一人は、筋肉ガッチリのお兄さん、重そうな戦斧ascia da battagliaを抱えている。


 近付くと女性の方が、立ち上がって手を差し伸べて来る。

ミカエラ・アルムグレンMichaela Armgrenだ。“ミク„ と呼んでくれ」

結月琴音ゆづき・ことねです。“ことね„ でよろしくです」

 しっかり手を握り返して、筋肉ガッチリのお兄さんを見たのだが

「あたしは、エドガー・バロウズEdgar Burroughsというの、“エド„ って呼んでちょうだい。可愛いお嬢さんと一緒で良かったわ。とーっても不安だったの。ひとりでどうしようかと思ったけど、お友達がいてよかったわ~」

 戦斧ascia da battagliaを担いで、ニカっと笑う。

 思わず振返って、ミクを見てしまった。


「いや、私も、いま会ったばかりなのだ。そういうタイプなんだと思う」

「濃いなぁ」

「ゲームなんだから、本人の好きにさせるしかない。悪い奴じゃなさそうだし」

「そうですねぇ」

 立ち上がったエドがいそいそと先行する。

「みんな揃ったんだから、早く行きましょ! ゲームを進めたいわ!」

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