26 三人でお祭り
今年はみんなのおかげで充実した夏休みを過ごしているような気がする。
こないだ涼太たちと海に行ってきたばかりなのに、すぐ姉ちゃんたちとお祭りに行くなんて……。やっぱり、いくつになってもお祭りはドキドキするもんか。部屋の中で、楽しそうに話している二人の声が聞こえてきた。
てか、早く着替えろよ!
「ジャーン! どー? 私、可愛い? 千春くん」
「はい! 可愛いですね」
「私はどーだ? 千春」
「…………」
しばらく静寂が流れる。
「早く答えろ!」
「う、うん……。似合う…………か、か、可愛い」
やっぱり、美波に「可愛い」って言葉はちょっと……。その浴衣……めっちゃ似合うけど、本当にめっちゃ似合うけどさ……。どうしても……、自分の姉には可愛いって言えない俺だった。
そして、すぐ美波にデコピンされる。
「痛っ!」
「はあ……。やっぱり、あんたに聞くんじゃなかった。デリカシーのない男はモテないよ。千春」
「ええ……」
そんなことより、青柳さんの浴衣姿に目を取られてしまう。
なぜ……淡い紫色の浴衣なのかよく分からないけど、すごく似合うからずっと青柳さんの方を見ていた。何を着ても可愛い人が……、今日さらに可愛くなったからドキドキしている。それにその団子頭もめっちゃ可愛いし、今日の主役は間違いなく青柳さんだ。
てか、俺は一人で何を考えているんだろう。恥ずかしい……。
「ねえねえ」
そして、そばにいる青柳さんが俺の脇腹をつつく。
「はい? どうしましたか? 青柳さん」
「…………」
「えっと……」
なんか、言いたいことでもあるのかな?
玄関でうじうじしている青柳さんが……、俺と目を合わせた。
そのままつま先立ちをして俺に耳打ちをする。
「な、中にも同じ色の下着…………」
「…………」
「履いてる…………」
「…………」
「この前、千春くんが選んでくれた……。あの……した———」
「はいはいはいはい! そこまでぇ———! 美波! スマホ見つけたのかぁ!」
「うん。見つけた。行こ行こ」
すごく恥ずかしくて、すぐ美波を呼んでしまった。
もしかして、青柳さん……俺の好きな色を覚えていたのか? それにしても、なんでそんなことを教えてくれるんだよ……! どんな色の下着を履いたのか、俺は興味ねぇんだよ……! 頼むから、俺に恥ずかしいこと言わないで……青柳さん。
「あんた、なんで顔真っ赤になったの?」
「えっ? お、俺の顔真っ赤なのか?」
「そうだけど……、エッチなこと考えてたのか? この変態」
「そうそう! 千春くんの変態! ふふふっ」
何気なく手を繋ぐ青柳さんに……、そんなこと言われたくないんだよぉ……!
そもそも、俺がこうなったのは全部青柳さんのせいなのに……。本人は何も知らないって顔をしていた。
やっぱり……、今日のお祭り……嫌な予感がする。
「…………」
てか、家を出たばかりなのに……なぜか疲れてしまった。
……
「うわぁ、可愛いな」
「声かけてみようか」
そして……、俺は一つ大事なことをうっかりしていた……。
それはこの二人がめっちゃ目立つ人だったってこと。
まあ、高校生の頃にも男たちに人気あったし……、人の目を引くのも無理ではないね。それにしても俺が真ん中で歩いてもいいのか? なぜか、周りの人たちに睨まれているような気がして謎のプレッシャーを感じていた。
「りんご飴だ!」
「小春、食べたい?」
「うん!」
「千春、私も食べたい。買ってきて」
「えっ? はいはい……」
俺は……何しにここに来たんだろう。
そして、りんご飴を食べながらお祭りを回る三人。高校時代にもそうだったけど、青柳さんと美波はこの雰囲気を楽しむだけで、ヨーヨー釣りとか、射撃とか、金魚掬いなどのゲームには全く興味がなかった。
まあ、それは俺も一緒だし……。
もう子供じゃないからな、俺たち———。
「ねえねえ! 金魚掬いしな〜い?」
「いいね」
「…………」
今年は違った。
「はい! やってみて! 千春くん!」
「は、はい……」
「ゆっくりだよ……!」
「は、はい……」
「ゆ、ゆっくりぃ……」
てか、金魚掬いをするだけなのに、どうしてプレッシャーを感じるんだろう。
その前に……青柳さんはなんでそんなに緊張してるんだ……? 分からない。そして、二人ともぎゅっと俺の腕を抱きしめている。離してぇ……。青柳さん、美波。
「あっ! 惜しい!」
「もう一回……」
「千春、できるの? 私がやった方が早いと思うけど……」
「そこで見とけ! 美波」
「へえ……、なになに? 私に負けたくないの?」
「う、うるせぇな! 美波! 次はちゃんと成功させるから!」
二回目でなんとなく成功したけど、俺はなんで金魚掬いなどに全力を尽くしたんだろう……。そして、その金魚は当たり前のように青柳さんに渡してあげた。俺はこんなの興味ないけど、青柳さんがずっと欲しいって顔をしてたから……、その喜ぶ顔を見るのが好きだった。
いつの間にか青柳さんを喜ばせるのが生き甲斐になってしまったな、俺……。
でも、本当に可愛いからさ。
「わぁ……! 金魚……!」
「よかったね。小春」
「うん!!! ひひっ」
「そういえば、もうすぐ花火大会が始まるんじゃない? 千春、今何時?」
「ちょうど七時」
「そろそろだね、行こう」
「行こー!」
こっそり手を繋ぐ俺たち。
でも、さっきから堂々と握っていたからすでにバレたかもしれない。美波は勘がいい人だからな。金魚掬いの時は腕を抱きしめてたし……、青柳さんの距離感がおかしいのは美波も知ってると思う。
多分…………。
「あれ? 高川くん……」
三人で花火会場に向かう時、浴衣姿の河野が俺に声をかけた。
どうして、ここにいるんだろう。
いや、偶然にもほどがあると思うけど、こんな偶然があってもいいのか……?
「河野……」
「なになに? 千春くん?」
「この前……高川くんと一緒にいた人……」
「うん? 私?」
「あの! 高川くん! ちょっと……話があるけど、いいかな?」
「今……? 今はちょっと…………」
「そうなんだ……」
そして、美波がこっそり俺の脇腹をつつく。
そばで「行ってこい」と小さい声で話した。
「…………」
そっか。行っても行かなくても……、青柳さんすでに落ち込んでるから……話だけでも聞いてあげてってことか。
やばいな……。なぜ嫌な予感は当たりやすいんだろう。
「分かった。二十分後に花火大会が始まるからさ、始まる前までならいけると思う」
「うん。ありがと……。行こう…………」
「うん」
……
「うっ……」
手の甲で涙を拭きながら、地面にしゃがむ小春。
ぼとぼと……、彼女の涙が落ちていた。
「まだ何も言ってないのに、どうして泣くの? 小春」
「…………だって、あの子可愛いから……」
「はあ?」
「千春くんを取られるかもしれないから…………」
「だから、この前にはっきりと言えって言ったじゃん」
「だって…………。一緒にいると恥ずかしいから……、言葉が上手く出てこないんだよ」
「ええ……」
そのまま背中を撫でてあげる美波だった。
「何も起こらないから、心配しないで。小春」
「う、うん……」
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