第十三話 お別れ

「ゲルグ!」

 ゲルグの身体に触れてみる。その身体からは急速に熱が失われていく感じがした。

「えっ……」

 死。その一文字が頭の中を埋め尽くす。

「どうだ? ちゃんと死んでるか?」

 夜の闇の中からネルケが現れた。あれから傷一つ増えていない。そして、ゲルグの大剣を、戦利品か何かのように引きずっている。

「お前は殺すなって言われてるからなぁ。先にそこの金髪を殺るか」

 ギロリとカガチを睨む。

「……よくも」

「ん?」

「よくもゲルグさんを!」

 ナイフを創りだし、ネルケに特攻する。

「頭が悪いのか? そんなもんで勝てる訳無いだろ?」

 そう言うと、ゲルグの大剣を面の部分で軽く薙ぐ。弱い力で薙がれていても、超質量の大剣だ。まともに食らったカガチは、数メートル吹っ飛び、意識を失う。

「さあて、あとはその娘が死ぬのを待つだけか」

 そう独りごちると、二人のもとに近づく。ルナリアは残った力で少しでも遠くに行こうとしていたが、力尽き、倒れ込んだ。

「ははっ! 見ものだなぁ!」

 その時、空から異音がした。

「なんだぁ?」

 土砂崩れの前兆のような不気味な音が森を覆う。

 次の瞬間、ネルケの足元が盛り上がる。

「下か!」

 だがそれは囮であった。本命は上空。

「ガアアアアアアア!」

 天から現れたのは土で出来た翼の無い、巨大な龍。伝説上の怪物、龍そのものの姿をした土怪だった。まさに土龍と呼ぶにふさわしい怪物。その額には魔紙の代わりにアダリスが収まっている。アダリスは半身を龍と一体化させていた。アダリスの最強、最後の魔法。十年前は修業が足りず、使えなかったが、授命族ヴィルデによって永遠の鍛錬の時間を得、使用可能となった。

「裂け!」

 アダリスが叫ぶと、巨大な鉤爪がネルケに襲い掛かる。

「なっ⁉」

 大剣を盾のように構えるが、衝撃は防ぎきれず、数十メートル吹き飛ばされる。だがカガチのように意識を失うことは無い。

「このっ! 裏切りもんがぁ!」

 ネルケは身体を限界まで捻ると、投石機のような速度で大剣を投げつけた。超質量の大剣も、ネルケの膂力があれば矢のような速度で飛ぶ。

「ガアアアアアアア!」

 大剣は龍の身体を貫く。だが土の身体に急所という概念は存在しない。瞬く間に傷は塞がる。

「面白れぇ……鍛錬の時に出せよ……」

 戦闘狂の殺人鬼は短剣を二本取り出す。

「……お前の凶暴さには目を瞑ってきた。だがそれも限界だ。更なる血を流させない為、今お前を殺す」

 アダリスはこれまでもネルケと共に任務をこなしていった。だが、ネルケは行く先々で相手を必要以上に苦しませて殺してきた。アダリスはそんなネルケに前々から敵対心を持ってきた。その敵対心は土龍と共にネルケにぶつかる。

「引き裂け!」

「ガアアアアアアア!」

 巨大な鉤爪がネルケを襲う。余りにも速い鉤爪は空気をも切り裂き、飛ぶ鉤爪と化す。

「すげぇ! すげぇな!」

 ネルケは餌を出された犬のように涎を垂らして飛ぶ鉤爪を回避する。服を僅かに裂かれるも、全く気にする様子は無い。

 そのまま龍の腕にしがみつくと、両手の剣で腕を裂き始めた。風車のように高速で回転し、硬い土の鱗をガリガリと傷つける。

「振り払え!」

「グオオオオオオオ!」

 鼓膜を破壊するかのような咆哮をすると、釣り上げた魚のように身を暴れさせ、ネルケを振り払う。あと一秒でもしがみついていればネルケの身体は武器の破片が混じったくず肉と化していただろう。

「吐け!」

「グラララララ!」

 土龍は口を限界まで開けると、数えきれないほどの土くれを吐き出した。もちろんその一つ一つがレンガのような硬さを持つ。それが凄まじい速度で、大量に吐き出されるのである。当たれば身体がくず肉と化す。

「っ!」

 ネルケは避けきれないと判断し、両手の剣で土くれを弾き返した。凄まじい速度で放たれる土くれを、両手を高速で動かし叩き落とす。ヒトにできる技では無かった。ネルケの生きたいという欲望が人外の力を引き出しているのである。

「おらああ!」

土くれの一つを弾き返し、土龍の口を破壊する。

だが土くれを防いでいた剣は既にボロボロだ。

「裂け!」

「ガアアアアアアア!」

 土龍は口を再生させながら、鉤爪でネルケを引き裂こうとする。

「ちっ」

 武器を失ったネルケは舌打ちをすると、腹から何かを取り出した。そして耳を劈く爆発音。辺りは爆炎に包まれる。

「やっぱ馬鹿みてぇな威力してんな」

 爆炎を切り裂き、ネルケは吐き捨てる。彼が手にするは筒状の物体。先端からは煙があがっている。

 少し前、〈黒鉄の帝国〉との小競り合いがあった際、ネルケが奪った武器。〈黒鉄の帝国〉の連中は、手砲と呼んでいた。小型化された大砲。ヒトに当たれば爆ぜる。恐ろしい武器だった。

「グアアアアアアア!」

 ネルケを引き裂くはずだった鉤爪は粉々に破壊され、土龍はのけぞる。その隙に新たな剣を取り出す。

「尻尾!」

 強靭さと柔軟さを併せ持つ尻尾が迫る。

 ネルケは人間離れした動きで尻尾を蹴ると、土龍の首を切断した。そして土龍は崩れ始めた。

 だがアダリスは崩れ始めた土龍の破片を自らに集めると、土の鎧を作った。

「まだだ! まだ!」


 木陰に倒れこんだルナリアちゃんのお腹には、深々と金色のナイフが刺さっていた。ナイフの隙間からは絶え間なく血が流れている。

「大丈夫……?」

震える声でわたしは聞く。

「う……うん、私は……大丈夫……。それよりも……レーテーちゃん……、逃げて……」

 掠れて今にも死にそうな声でルナリアは返事をする。

 その間も血は流れ、ルナリアのスカートは真っ赤に染まっていた。

「血……血を止めるにはどうすればいいの……?」

 おどおどとしながらわたしは聞く。カガチに助けを求めようにも、さっきの龍の翼の風で気を失ってしまった。

「何か……縛るものを……それと……ナイフは……」

 「抜かないで」意識が朦朧としているのか、その言葉を言う力はルナリアには残されていなかった。

「ナイフ……? 抜けばいいの?」

 藁にも縋る思いでレーテーは聞く。しかしその答えは返ってこない。代わりにルナリアは血を失い過ぎた影響からか、首をかくんと落とす。

 それを「抜いて」の合図かと思ったレーテーはナイフを握り、力を込める。

「や……め……」

 しかし遅かった。レーテーが「えっ?」と声を漏らすと同時にナイフは抜ける。

 ルナリアの身体からは、まるで噴水のように激しく血が噴き出す。


 土の鎧が切り刻まれていく。もはやネルケの手の動きが見えない。新たな土怪を出す力も残っておらず、杖も破壊された。

 ここで死ぬのか。考えてみれば二度目の死だ。前回は幸運にも蘇る事が出来たが、二度目は無いだろう。

 一度死んだ身だ。後悔は無い。死ぬ覚悟はしていた。むしろ、戦いの中で死ねて本望だ。

 一つ、後悔があるとすれば〈薬の国〉を救えなかった事だ。ゲルグは死に、あの子ども達もじきにネルケが殺すだろう。ネルケの気まぐれで授命族ヴィルデの少女は命拾いするかもしれない。どちらにせよ〈薬の国〉はもう終わりだろう。

 オルデアという英雄が死んだのを〈命の国〉が把握すれば、〈薬の国〉は焦土と化すだろう。今の〈命の国〉にはそれをいともたやすく行う人材が揃っている。どれほど〈薬の国〉が力を蓄えていても、勝ち目は無い。

 残った腕が切り飛ばされた。血しぶきが飛ぶ。

 土の兜が砕かれた。そしてネルケは腹に手を入れる。取り出したのは、介錯用のメイス。蘇生者といえど、確実に死ぬ。

 メイスを振り下ろされる中、最後に見えたのは大剣を手にした兵士の姿。

「……ゲルグ?」

 メイスは振り下ろされ、私の人生は終わりを迎えた。

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