第十二話 勝者は

 薄月のもとで、なおも戦いは続いていた。

 一人は足の傷を縛り、一人は無数の刃物を振り回し、一人は馬の数倍は大きい、土で出来た犬に乗って森を駆け回っていた。

「噛め!」

 老人が犬に命じる。

 肉を容易に引き裂く土の牙を死者は躱す。だがそれは囮に過ぎない。犬が身体をぶるぶると震わせると、土の針が辺りに飛び散った。その全てが盾をも貫く威力である。

「糞っ!」

 無数に飛び散る針の全てを躱し切る事は出来なかった。ネルケの身体には至る所に針が刺さっていた。その針は暫くするとボロボロと崩れ去る。生きている相手ならば、大量出血を引き起こす致命的な攻撃だったが、死人のネルケには古い血がたらりと流れるに過ぎなかった。

 そこに足の傷を治療し終えたゲルグが参戦する。

「おらあ!」

 振り下ろした大剣は、胴体と肩を両断するはずだった。だがネルケはメイスを用いて正面から打ち合った。

「がっ⁉」

 メイスの超質量とネルケの膂力が合わさり、大剣はその場で静止した。すかさずもう片方の手で腹を穿つ。

「その大剣も見掛け倒しか」

 そこに土の犬が突撃する。犬の出現でネルケは距離を取らざるを得ない。そのまま数メートル後ろまで身を引いた。

 三人の間に、束の間の沈黙が生まれた。

 おかしい。ゲルグは思案する。

 ネルケの体力は、もうとっくに尽きていてもおかしくないはずだ。それなのに一向に疲れを見せる様子は無い。二人掛かりで絶え間なく攻撃している。休む暇など無い。アダリスも、魔法を連続で使い、疲れが見えてきている。俺も足を縛る間に、僅かに休息したが、連戦でいつ倒れてもおかしくは無い。俺も若くは無い。長くは続かないだろう。

 なぜまだ奴は戦える。既に戦闘が始まって、半刻が経とうとしている。その無尽蔵の体力の秘密は何だ。まさか魔法を用いているのか? だが魔紙どころか、杖を使っている様子も無い……。

 どちらにせよ、俺の体力が尽きるのが先か、ネルケが死ぬのが先か。それだけだ。

 直後、戦闘は再開する。

 ネルケはメイスを投げ捨てると、腹からナイフほどの長さの棒を取り出した。一振りすると棒は槍の長さに変化した。穂先には捻じれ、穴の開いた刃が付いている。心臓を貫かれるような感覚が、全身を襲った。

 そしてネルケは矢よりも速く動いた。思わず大剣を盾にする。刺すような殺気があびせられたからだ。

 だが狙いは俺では無かった。

 盾を下すと、アダリスの犬が槍に貫かれていた。遠吠えのような悲鳴を出すと、犬はボロボロと崩れ去った。ネルケは一撃で犬の核である魔紙を破壊したのだ。アダリスは上位の土怪を作る時は、毎回魔紙の場所を変えている。まさしく、人外の第六感がもたらした一撃だった。

「自慢の犬ころは倒したぞ。次は何を出す」

 無論、当代最強と呼ばれたアダリスには、まだ幾つも土怪を作り出せた。だが、長時間の戦闘がそれを阻んでいた。

「アダリス!」

 体制を立て直した俺は切りかかる。しかしネルケは素早くアダリスの右腕を切り飛ばした。

「ぐっ!」

 アダリスは魔法に関しては最強だが、白兵戦に関してはネルケに遠く及ばない。

役目を終えた槍でアダリスの心臓を貫く。

「おらあ!」

「このっ!」

 大剣とギザギザの剣が激しく打ち合う。そのまま激しい鍔迫り合いに発展する。鍔迫り合いを始めたギザギザの剣は、相手の剣を破壊する。はずだった。

 強固なゲルグの大剣は、傷一つつかなかった。逆に、ネルケの剣の方が、バラバラと壊れ始めた。

「なっ!」

 ネルケは後ろに飛びのく。

 すかさずゲルグが追う。その瞬間、ネルケが腹部から新たな武器を取り出すのが見えた。今度は何だ。ネルケが取り出したのは剣の半分ほどの大きさの鉄の筒の様なもの。まるで〈黒鉄の帝国〉の使う大砲を小型化したようだ。

「これならどうだ」

 そう言っておもむろに筒についた引き金を引いた。

その瞬間、凄まじい轟音と衝撃が響き、意識が遠のく。


 木々の間からマリナが見えて来た。ゲルグが行こうとしていた街だ。かれこれ半刻は逃げている。そろそろゲルグが戻ってきてもいいころだ。

ゲルグは強いし、負けるはずが無い。さっきだって馬車から落ちても地面から戻って来た。ガーランド一昨日だってゲルグは自分の何倍も大きい巨人と戦って勝った。あんな包帯男になんて負けない。きっと道に迷っているだけだ。

「レーテーさん、待ってください」

 カガチが呼ぶ。振り返ると、ルナリアちゃんがぐったりして、カガチの背中にもたれかかっている。

「どうし——」

「もう嫌ァ!」

 ルナリアは森じゅうに響きそうな叫び声をあげる。

「……もう無理……」

 ルナリアはカガチの背を滑り落ち、その場に座り込む。

「…………スパイクも死んじゃったし、お父さんも死んじゃった」

 だんたんと瞳も、声も潤んできた。年下のレーテーに涙を見せる訳にはいかないと自分を律していたが、もう限界だった。

「このままじゃ、ルナリアちゃんも死んじゃう! せっかくお父さんが助けてくれたんだから……」

 レーテーは「ほら立とう」と手を差し伸べる。

 ぱしん。乾いた音がしたと思ったら、遅れて手のひらに痛みが走る。

「レーテーちゃんなんかに、私の気持ちがわからないでしょ!」

 ルナリアは嗚咽交じりに叫ぶ。

「もう……私が生きていても……」

「……」

 しばしの沈黙。カガチが口を開こうとしたその時。

「ルナリアちゃんには、まだお母さんがいるでしょ。お母さんのために、がんばらなくちゃ」

「……っ!」

 レーテーを見つめる。

「私だけの力じゃ、お母さんの病気を治せないのに……」

「その事なら」

 割り込んだのはカガチ。

「ゲルグさんの目的地は〈薬の国〉。〈薬の国〉には、ミラ病を治す特効薬があります。……だからゲルグさんと一緒に〈薬の国〉に行って、特効薬を貰えばいいんんです。お金の心配は大丈夫です。〈薬の国〉は、〈命の国〉と違って薬の値段が安いんです」

 それにハイネルさんだって、レーテーさんで——その一言を心の中に押し戻す。二度とそんな事を考えまいと、心に固く誓う。

「……だから」

 今度はカガチが手を差し伸べる。いつの間にか涙は止まっていた。

「一緒にいきましょう」

 その時、木々の間から、金色の物体が飛来した。

「えっ……」

 ルナリアは、自分の腹を見る。自分の腹には、深々と金のナイフが刺さっていた。喉から血が溢れてくる。

「ルナリアちゃ——」

 どさり。今度は上から何かが降ってきた。恐る恐る振り返ると、そこにはゲルグがいた。両手足を力なく投げ出した状態で。

「えっ」

 レーテーは目を見開く。

ゲルグの服は炎で焼かれたように焦げており、ところどころ破れていた。また身体からは血が絶えず流れ出していた。あの大剣も手元には無い。

ゲルグは負けた。

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