第九話 追跡者
俺の直感が働き、ルナリアを押しのける。すると、直前までルナリアの頭があった箇所に剣が現れた。敵が馬車の上から突き刺してきたのである。
「なっ何⁉」
再び剣の気配がする。今度はレーテーのいる箇所に。
「ゲルグ、どうし——」
俺はレーテーのもとに駆ける。次の瞬間、頭上から剣が飛び出した。
「くっ⁉」
俺は服で隠していた籠手で剣を受けた。籠手からは火花が迸る。
とうとう来たか。追跡者が。相手は俺もレーテーも、ルナリアでさえ関係なしに殺しにきている。シューベルさん達には馬車に乗せて貰った恩がある。傷一つつけるわけにはいかない。
「ハイネルさん! 馬車をもっと速く!」
馬車の前で馬を操っているハイネルを呼ぶ。
「どうしたんだい急に」
「いいから早く!」
次の瞬間、今度は俺の頭上に剣が襲い掛かって来た。
「⁉」
咄嗟に動いて、串刺しにされることは無かったが、肩口を僅かに切られた。
「大丈夫か⁉」
「上に誰かいる! 馬を走らせて振り落とせ!」
そして馬は加速した。中にいても転びそうな速さ。外にいる奴が乗っていられる筈が無かった。
だが攻撃は止まなかった。今度はハイネルのもとに剣が襲い掛かって来た。
「避けろ!」
咄嗟にハイネルは身体を動かす。だが座っている姿勢では躱しきれず、腿に剣が突き刺さった。
「うっ!」
「パパ!」
ルナリアが悲鳴をあげる。
このまま荷台に残り続ければじきに脳天を貫かれるだろう。そうなるとやることは一つ。上に乗っている敵を直接倒しに行く。
少女の悲鳴が下から聞こえる。俺様の剣が誰かを切ったのだろう。
こうして馬車の上に居れば反撃は喰らわない。馬車を止めなければ登ってこれない。その考えが間違っていた。
突然馬車が揺れたかと思うと、馬を踏み台に大剣を手にした偉丈夫が荷台に飛び乗ってきた。
男は大剣を手にし、その両足で力強く馬車を踏みしめていた。
「⁉ なんだお前は!」
レクレスはゲルグに剣を向ける。
「……その胸飾り、お前もレナトゥスの者か」
「だったらどうした」
剣を持つ手が震える。あり得ない。一度死を経験した俺様が今更何を怖がる? あの感覚よりも恐ろしいものが存在する訳がないんだ……。
「ならば遠慮なくいかせて貰うぞ」
そして老兵は一瞬にしてオレの眼前に居た。
「ひっ……」
辛うじて大剣を受け止めるが、威力は殺しきれず体制が崩れる。ゲルグがその隙を見逃す訳も無く、素早い二撃目が叩きこまれる。
「ぐあああ⁉」
両腕の骨が悲鳴をあげる。だがレクレスもレナトゥスの一員だ。この程度で倒されるような男ではない。
「なっ⁉」
驚愕の声をあげたのはゲルグ。三撃目を叩きこもうと剣を引くが、全く動かせない。見ると、レクレスの剣は刃の部分が細かく分解され、その全てが金属線によって繋がっていた。分解された剣が、鎖のようにゲルグの大剣に巻き付いている。
「どうだ! これが俺様の鉄蛇剣だ!」
レクレスは先ほどの恐怖を拭い、言い放つ。
「このっ!」
ゲルグは膂力を振り絞り、剣を引き寄せる。対してレクレスも剣を奪っている優位性を保つため、膂力を振り絞る。
二人の力はほぼ互角だった。埒が明かないと判断したレクレスは、剣の持ち手にある引き金を引いた。すると、たちまち鉄蛇剣は燃え上がり、二人の間に炎が立ち上った。〈黒鉄の帝国〉由来の火薬機構である。
「⁉」
炎はゲルグの大剣をも包み込み、指先をチリチリと焼いた。その時、ゲルグはレクレスに一瞬の油断を見た。
力を弱めた一瞬の隙を突き、ゲルグは剣を握ったまま体当たりをかます。
「なっ!」
二人は馬車の荷台から落下する。運悪く、馬車は斜面の傍を通っていた為、二人は燃え上がったまま斜面を転げ落ちた。
落下した二人をよそに、馬車は走り去る。
その頃、馬車内にて。
「あっゲルグが!」
ゲルグの戦いの行方を見ていたレーテーが、火だるまになって馬車から落ちるゲルグを目撃した。
子どもたちは我先にと馬車の外を見る。
ゲルグは数十メートルほど坂を転げ落ちたものの、生きているようだ。
「パパ! ゲルグさんが馬車から落ちた!」
ルナリアは父を呼ぶ。
「なんだって⁉」
刺された足を縛り、手綱を握っていたハイネルは、馬を止めようと手綱を引く。だが馬は一向に速度を緩めない。
「おい……? どうした?」
暗闇の中を目を凝らしてみると、馬は首を切断され、死んでいた。死んでもなお足だけは動いている。
「うあああああ⁉」
叫び声をあげたのも束の間、目の前にカーブが見えて来た。このまま真っすぐ進めば木に衝突し、ただでは済まないだろう。
「ルナリア! 伏せろ!」
ハイネルは痛む身体に鞭打ち、娘達のもとに駆け寄る。ハイネルが子供たちの上に覆いかぶさった直後、馬車は木に衝突した。
馬は潰され、馬車はバラバラになった。その様子を少し離れた場所から眺める男がいた。
男は顔全体を包帯で覆っていて、胸には金のブローチがついている。その手には蛮刀。先ほど馬車と並走し、その首を切断した得物である。
「呆気ないな」
ネルケは独りごちる。
「ぐうううう!」
服についた火を転がって消火する。服は多少焦げたが、火傷はしていない。
俺は痛む身体に鞭打ち、立ち上がる。同時に立ち上がった敵を睨みつける。
「なんなんだよ……このジジイ」
レクレスは馬車から落ちた時に背中を強打したものの、問題なく戦闘を継続できる。また、彼の戦闘服は耐火性に優れているため、火傷は負っていない。
ゲルグは己の剣を探す。大剣は数十メートル下で引っかかっていた。この状況で回収するのは厳しい。
老兵は拳を握る。
それに呼応するかのように、レクレスは再び剣を鞭状にする。あと一歩でも踏み出せば、鉄蛇剣がゲルグを切り刻む。
先に動いたのはゲルグ。ゲルグは素早く踏み込むと同時に高く飛び、足を切り刻みにかかった鉄蛇剣を躱す。鉄蛇剣をはじめとした鞭状の武器は、素早い攻撃と長いリーチが売りだが、一度振るえば二撃目に時間が必要になる。
「なっ⁉」
そのままゲルグは一気に近づき、強烈な膝蹴りを叩きこむ。鳩尾に強烈な一撃を受けたレクレスは吐瀉物をまき散らしながら後ずさる。だがゲルグはその間合いを崩すことなく戦闘を続ける。鉄蛇剣の使い手から距離を取れば、変幻自在の攻撃によって死に至る。
だがレクレスもレナトゥスの一員だ。一方的にやられる訳にはいかない。この状況を覆す為、剣の持ち手の引き金を引いた。すると、剣の柄から炎が噴き出し、ゲルグは距離を取らざるを得なくなった。
この隙に鉄蛇剣を構えなおす。この間合いが保たれている限り、俺様は負けない。
反対にゲルグは剣の無い今、間合いを取られれば勝ち目は無い。致命的な炎を避けた後、素早く地面に落ちていた石を投げつける。
「おらあ!」
石は矢のような速度でレクレスに迫る。辛うじてレクレスは石の直撃を避けるが、石は耳を掠め、左耳は爆ぜた。
「痛っでぇ!」
すかさずゲルグは二投目を準備する。次はその頭部を粉砕する為に。
先ほどの一撃を受けたレクレスは避けるのは不可能と判断し、炎を纏った鉄蛇剣で円を模り、炎の円盾を作る。投石は、ガキンと悲鳴のような音をあげて砕け散った。
レクレスは炎の円盾を霧消させる。だがゲルグが見えない。
どこに消えた。辺りを見渡す。だが夜の森は何も見えず、足音すらしない。
違う。足音がしないのではない。足音が聞こえないのだ。
気づいた時にはもう遅かった。ゲルグは左側から現れ、鉄蛇剣を振るうには内側に入り込まれすぎていた。
「あぁ……!」
「おらあ!」
ゲルグの拳は顔面にまともに当たり、その勢いでレクレスは一回転した。あまりの威力に、割れた頭蓋骨や、脳漿が溢れる。
「がはっ……」
仰向けに倒れたレクレスは白目を剥いて痙攣を始めた。やがて血の混じった泡を吐き出す。
勝負が決したのを確かめたゲルグは、その場で膝をつく。身体の汗が蒸発するほど体温が上がっていた。
その様子を坂の上から眺める者がいた。立派な髭を蓄えたその老人は、レクレスと同じ金の胸飾りをつけていた。
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