第10話 愛の妹の話

 「ところで、わたしも、っていうことは、あいにも妹がいるってことでしょ?」

 千幸子ちさこがカップを持ったまま顔を上げて言った。

 「ああ。うん」

 愛はとまどった。

 この話を始めたときから、そういう話になることは予期していなければいけなかった。

 いや、そうなるのがわかっていて、自分はこの話を始めたのだ。

 自分でそうとは気づいていなかったけれど。

 「ゆうって言ってね」

 「どんな字?」

 「優しい、っていうのか。いや、優れている、っていうのか、ね」

 言って、短く笑って、言われる前に自分から言う。

 「愛と優って、ほんと冗談みたい」

 「えっ、なんで?」

 千幸子は目をぱちくりさせる。

 「いい名まえじゃん、二人とも……愛、と、優しい、でさ」

 言って、少し考えてから、

「ああ、英語にすると、ってことか!」

と頷く。照れて笑って大きめの声でつづける。

 「いや。わたし、バカだからさ、英語にする、って発想にならないんだよね」

 「いや。日本人としては、それが普通だと、思う」

 きまじめな言いかたになった。

 「でも、姉がアイで、妹がyouユーで、中学校のころとかずいぶんからかわれた。学年、一つしか離れてないから、おんなじ中学校だから」

 「一つ下か」

 そう言って、千幸子はお茶を飲む。

 「いま、どうしてんの、その優ちゃん?」

 千幸子は最初からちゃんをつけてきた。

 「うちの学校の一年生」

 おもしろくないことのように愛は言う。

 実際に、あんまりおもしろいことではない。

 「姉妹揃って明珠めいしゅじょ?」

 千幸子はすなおに感心した。

 「それはすごいねぇ」

 「うん……」

 すごいのだろうか?

 姉妹揃って、はともかく、あの子はたしかにすごいと思うのだけど。

 両手でカップを持って、だいぶ冷めてきたカフェオレを飲み、喉を潤す。

 べつにのどがかわくような天気でもないはずなのに、あの子のことを考えると喉を潤したくなる。

 「優って、わたしより成績よかったから、もうちょっと遠くても偏差値高めのところに行くと思ってたんだけどな」

 「お姉ちゃんとしては、それが不満?」

 千幸子は痛いところを突いてくる。自分で気づいているかどうかはわからないけれど。

 「うん」

 あいまいに笑って顔を上げる。

 千幸子にあまり気もちの深いところを知られたくはなかった。それに、千幸子を引きこむのも悪い。

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