第28話 薪水(しんすい)

「あたしゃあね、ケンカはきらいだよ!」


 三千子さんに怒られているのはハナちゃんだ。


 母屋おもやでの夕食。今日はお手伝いの三千子さんが作ってくれている。


 たたみの部屋に大きなまるいテーブルが置かれ、その上には、ブリの煮付け、かぼちゃと海藻かいそうの煮物、マカロニサラダなどが、湯気ゆげの立つあたたかいご飯とともに乗っている。


「ハナちゃん、聞いてんのかい!」

「聞いておるぞよ、くるしゅうない」


 いや、ハナちゃんぜったい聞いてない。目をひんむいて料理に視線がくぎづけだ。


「この香り、三千子は薪水しんすいの天才じゃ」

「しんすいって、よくむかしの言葉知ってるねぇ。ふつうに家庭料理って言やいいのに。まあ、育ちざかりを待たしてもなんだね。お食べ!」


 三千子さんは、次にわたしたちへも声をかけた。


「ほらほら、あんたらも、あたたかいうちにお食べ」

「いただきます!」


 わたし、イザナミさん、ヒナちゃん、鈴子さん。それぞれが声をあげ、食べ始めることにした。


 三千子さんはいっしょに食べず、部屋のうしろで、やぶれたブラウスを持ちあげた。


「しかしまあ、きれいにやぶけたもんだねぇ」


 両方のそでがやぶれたブラウスを、三千子さんはあきれたように見つめている。


「ほのままでもよいぞよ」


 大きなかぼちゃの煮物をひとくちで食べたハナちゃんは、リスみたいにほほをふくらませながら言った。


「いいもんかい。昭和のガキ大将だいしょうじゃあるまいに」

「ガキ大将なのか、そでのやぶれた服が。アタシはイギリスのパンクロッカーに見えるが」


 タクアンをかじりながらイザナミさんが言った。それぞれの世代で感じることはちがうみたいだ。


「まあ、もったいないから、ノースリーブにでも仕立てなおすかね」

「そんなことできるんですか!」


 わたしはおどろいて、思わずふり返った。


「あたしゃあ手芸の先生もしてるからね」


 どうだとばかりに胸をはって三千子さんが答えた。


「レース編みなんかも得意だよ」


 なぜかそれを聞いて鈴子さんがおハシを置いた。


「三千子さま、オリジナルのレース刺繍ししゅうなども作られるのですか?」

「もちろんだよ。むかしはねぇ、お金持ちのお嬢さんからワンピースの依頼なんかがきたんだけどねぇ」


 テーブルにむかっていた鈴子さんは、すっと身を引き、三千子さんにむかって正座した。


巨匠きょしょう

「はっ?」

「ぜひワタクシめに一着!」


 正座した鈴子さんは両手を畳に置き、深々と頭をさげた。


「ちょちょちょ! よしとくれよ」

「いやです! 世界にひとつだけ。オリジナルの刺繍とはゴスロリ女子の夢。どうかひとつ、レースのワンピースを!」

「ちょ、頭をあげなって!」

「お金に糸目はつけませんので、どうか、どうか!」

「そんなの、以前に作ったのがあるから、よければいくらでもあげるよ」

「うわぁ、よろしいのですか!」


 顔をあげた鈴子さんは、恋する乙女みたいにほほを赤らめていた。


「手芸教室で生徒さんに教えるとき、教えるあたしも作るからね。捨てられなくて家にいっぱいあるんだよ」


 三千子さんはテーブルをかこむわたしたちを見まわした。


「ちょうどサイズもまちまちだね。おとな用が三つ、子供用がふたつ、持ってきてみようかね」

「みっちゃん、それアタシも数に入ってないか?」


 いやそうな顔をしたのはイザナミさんだった。


「まあまあ、ご飯をお食べ。冷めちゃうよ」

「はい!」


 鈴子さんは元気よく返事をし、よほどうれしいのか鼻歌を歌いながらテーブルへもどってきた。


 人は見かけによらずというけれど、三千子さんは手芸の先生をしているんだ。


 思えば、ここにいる人たちは、それぞれすごい。ハナちゃんとヒナちゃんは、中学生ながら立派な巫女さんだ。鈴子さんにいたっては、もはや完全に自立している。


「どうした、カヤノ。ハシが止まってるぞ」


 イザナミさんに声をかけられた。気づけば、みんな食事をしているのに、わたしだけが食べるのを忘れている。


「す、すいません。自分はこのさきどうすればいいのか、それがわからなくて」


 いまだに、わたしの神さまはなんなのか、それすらわからない。


「このさきか。カヤノは自分の進む道を悩んでるってわけだな」


 イザナミさんはわたしにむかって言っているのに、なぜか顔は三千子さんのほうをむいている。


「みっちゃん、ひさびさに力をつかってくれない?」


 聞こえた言葉におどろいた。イザナミさんは『力』と言った。ということは……


「三千子おばちゃん、巫女だったの? そんなの聞いてないし!」


 ヒナちゃんもおどろいている。となりのハナちゃんも口をあけてご飯が落ちてるし!


「まあ、むかしにね、ちょっと外巫女そとみこやってただけだよ」

「みっちゃん『ちょっと』じゃないだろ。昭和のころ『伝説の巫女』だったくせに」

「伝説の巫女!」


 わたし、鈴子さん、ヒナちゃんハナちゃん。四人のおどろく声が同時だった。


「ちなみにそのころ、みっちゃんの呼び名は、千里眼三千子せんりがんみちこだ」


 わたし、鈴子さん、ハナヒナちゃん。もはや四人ともおどろきすぎて言葉もでない。


「そんな言われても無理だよ。あたしゃ結婚して三人の子供産んで。いまさら巫女の力なんてつかえるわけないじゃないか」

「それなんだけどさ、みっちゃん。話した通り、この五人がまさかの百鬼夜行にでくわした」


 イザナミさんの言う『百鬼夜行』とは、このまえのトンネルでの戦いだ。


「カヤノと鈴子はまだ見習いとはいえ、巫女が五人もそろったら予想外のことがおきる。この五人にかこまれたら、みっちゃんも一時的に力がもどるんじゃないかと思ってさ」


 イザナミさんの言葉を聞き、三千子さんがたくましい腕をくんだ。考えている顔だ。


「んじゃまあダメもとでやってみるかね。みんな力を貸してくれるかい?」


 わたし以外の四人がうなずいた。わたしは貸せる力もなにもない。

 

「それじゃ、お風呂でも入って身を清めてこようかね」


 立ちあがって部屋をでていこうとした三千子さんだったが、ふとふり返った。


「カヤノちゃん」

「わ、わたしですか、はい!」

「若いころは、いろいろ悩むと思うけどね、ご飯だけはしっかり食べな!」

「は、はい!」


 わたしが返事をすると、三千子さんは笑顔をみせて部屋からでていった。


 三千子さんの言うとおりだ。それにせっかく作ってくれたご飯だ。しっかり食べないと。


 ブリの照り焼きをおハシでひとくちの大きさに切り、白いご飯に乗せる。


「いただきます」


 小さく声にだして、ブリとご飯を口に入れた。


「んっ!」


 三千子さんの作るブリの照り焼き。あぶらが乗ったブリに甘辛いしょうゆがしみこんですごく濃厚。でも濃厚なんだけど、さわやかさもある。あっ、わかった。さわやかなのはショウガだ。ショウガの香りがほんのりする。


「すごいですね、瀬戸内海って。お魚がほんとにおいしい!」

「カヤノよ」


 感心してたらハナちゃんに声かけられた。


「なあに、ハナちゃん」

「ブリは瀬戸内海の魚ではないぞよ。マグロとおなじく遠洋えんようでとれる魚じゃ」


 あぅ。世の中、わたしの知らないことばかりだ。

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