不俱戴天
結局、何も話さなかったシイとムラクモの二人にアマツは憤慨した。
恩があるだとか、苦手だとか、もう関係ない。彼女は二人への遠慮を心から消し去った。
一先ず二人に接触禁止を言い渡し、切りかかったムラクモには自宅謹慎して沙汰を待つように命じた。
次にシイの処遇をどうするか?
世間ではシイの存在が話題となり、国からのレジスタンス壊滅宣言が霞むほど。
実は建国祭初日に競技場以外の場所でも陽動目的のテロが起きていたのだ。しかし、事前に情報を掴まされていたヒノヤビ率いる部隊が鎮圧したことで大した被害はなく、ムラクモ主導の残党狩りでレジスタンスは実質壊滅状態。
そのせいか巷ではテロ活動が演出か何かように話され、やらせではないかと不敬なことを言ったものが袋叩きに遭う有様。
そして、最も噂されているのがその正体。
今代の国主ではないかと噂されているのも問題だが、一番の問題はその正体がよく分からないということだろう。
まず本人の言い分がふわふわとしていて掴み所がなく、記憶障害があるという話を信じるのであれば全く当てにならない。
ではエトの方を調べさせてみれば、こちらもまたよく分からない。何度か調査したというフジによれば七つほどと思われる状態で黄泉国との境界付近で発見保護された天涯孤独の身。
もうこの時点で謎だらけだが、当時の聞き取りではエトという己の名前以外は過酷なサバイバル生活の内容しか覚えておらず、その強さも含めて謎は深まるばかり。
アマツも報告を聞いていて何度聞き返したことか。そして、その問いの答えがまるで返ってこないことのもどかしさ。
結論からいって、取り敢えず囲っておこうということになった。
怪しいことこの上ないが、並ぶ者の無い実力者を放置しておく余裕は国にない。
聞けば保護者もいない彼は国の支援頼りの極貧生活であり、帰属意識も薄いだろうことを思えば、他国の者やレジスタンスのような組織に勧誘されてホイホイ付いて行ってしまうかもしれなかった。それは非常にまずい。
そこでどこぞの家の養子になってもらい、家名を与えようと考えていたのだが、それが今決まった。
「シイには余たちの姉妹になってもらおう」
あれを余所の家に任せるのは不安過ぎる。せめて目の届く範囲に置いておかねばとアマツは思った。
よりよい生活を保証しよう。何かあれば責任もとろう。その代わりに自重してくれと伝えられたシイは二つ返事で姉妹となることを了承し、すっかり懐いたらしいテンコは喜んでいた。
ただ、エトとは分けて考えて欲しいとの条件を提示される。シイはアマツ達と姉妹になることにそこまで抵抗はないが、エトは嫌がるだろうとのこと。そこでエトとはまた別に相談するようにと彼女は言う。
アマツはそれを了承した。考えてみれば当然だ。完全に人格が別れているのであれば、エトとは初対面なのだから。
「では、そろそろ時間ですので一旦失礼させて頂きます」
そう言ってシイの姿が消える。
そして、封印に致命的な罅が入れられた。
一つの指輪が砕けて散った。
それは一つの封印が解けた証。
どことなくエトに似た顔立ちの男は霞と消えゆく欠片を見やり、かつて己が施した保険が無駄ではなかったことを悟った。しかし、今日まで封印が機能していたということはその対象がいたということ。今生では中身が空であってくれればとの願いは叶わなかったようだ。
「はぁ、お前はまだ囚われているのか。我が永劫の宿敵、不俱戴天の弟よ」
星の海を記録する巨大な天球儀の内側を揺蕩っていた男は憂鬱そうに外へ抜け出した。すると作業を中断されたことで助手らしき女から声がかかる。
「盟主様? どうかされました?」
「少し出る」
男はそれだけ言って星空を想わせる外套を身に纏う。女にはそれだけで十分だった。
「かしこまりました。本日の会合は延期なさいますか?」
「いや、そう時間はかけんさ」
恭しく頭を下げて見送る女を後にして、宙に浮かぶ一冊の本を開いた男は姿を消した。
不意にエトは立ち上がった。
相変わらず十二支たちが引き留めようとしてくるが、どれだけ言葉を絞り出し、過去の情景を流そうとも今のエトを止めるには至らない。
灼けつくような焦燥と凍りつくような恐怖、そして魂を震わせるような使命感がエトの足を動かしていた。
過去の己もきっとそうだったのだろう。覚えのある感覚に突き動かされるようにエトは階段を駆け上る。
此処にいたいとエトは思う。でも此処にいたら彼女達を巻き込んでしまう。それは駄目だ。一人で会いに行かなければ。
会う? 一体誰に?
エトの前にひび割れた岩戸が立ち塞がる。それは彼が手を添えただけで簡単に崩れ去った。
外に出ればそこは雲より高い空の上。宙に浮かぶ山の上にエトは立っていた。
何かに引かれるように見上げれば、満天の星空が落ちてくる。
その中心に誰かがいた。その姿は黒い靄に覆われていてはっきりとしない。それでも、エトは彼のことを知っているような気がしていた。
落ちてくる星々に山が砕かれ、夢の世界がひび割れていく。その最中にエトは宙を蹴って相手の元へと跳んだ。
エトが近づくほどに相手の黒い靄が晴れていく、同時に何か大事なことを思い出せそうで。
エトを白と黒の翼が包み込んだ。
「それは思い出す必要のないことです。アレは無視して放っておきましょう」
「ユウ? いや、誰だ?」
「(えっ、あれ? もしかして私って直接会ったことが……、いえ、ユウは私の分身だし、そもそも私は私達だから大丈夫大丈夫)」
「?」
誰だの一言に放心しかけたシイであったが、すぐに持ち直して咳払いをした。
「ごほん。いつまでもこうしていたい所ですが、交代の時間です。さあ、目覚めの時ですよ」
シイがエトの額に指を置く。
エトは困惑したまま意識を失った。
「どこだここ?」
エトが目覚めたのは豪華な部屋の大きなベッドの上だった。
『おはようございます主様。なんだか私達の調子が良くなった気がします』
『そいつは良かった。つーか、戻ってないんだが』
エトの体はまだ深度3の天魔降臨・裏状態であった。背中の光輪は物体を透過するため引っかかることはないが、感覚的につい気になってしまう。
もっともエトにとっては女性体であることが一番の問題であり、それに比べれば些細なことである。
『あの変な岩がなくなった影響かしら? 戻りにくくなっているみたいね』
『うーん、この調子だと深度2まで戻るのに丸一日かかるかもねー。そこから深度1まで半日かかるかなー』
「まじかよ」とエトはシイの顔で絶句する。
『ちなみに深度3になってからきっちり三日経ってるみたい』
窓から外を見れば昼前といった所。競技場で午前中の演目を観戦していたことを考えると、丁度72時間ほど経過しているらしい。
『想定通りとはいえ記憶喪失にでもなった気分だ』
ベッドから起き上がったエトはテーブルの上にメモ書きが残されているのを発見する。
『エトへ
見知らぬ部屋で目覚め、さぞや混乱していることでしょう。
まず、レジスタンスが起こしたテロは無事に解決し、葦原建国祭は無事に終わりました。貴方と共に見ることが出来ず、その記憶を共有できないことが残念でなりません。
そして、その部屋は高天原の敷地内にあるサイバネの実家である御所の一室です。
この三日間で起こったことについては他の皆様が説明して下さるそうな。ですので落ち着いたようであれば皆様が集まっている部屋を探知して転移して下さい。
中々面白いことになっているので楽しんで下さいね。
貴方のシイより』
「シイって誰だ?」
『『『『『『『『『『『さあ?』』』』』』』』』』』
「いや、たぶん俺とお前達を統合した人格のことなんだろうけど」
それが何故かエトではなく別の名前を名乗っている。この三日間で一体何が起きたというのか。手紙によると面白いことになっているらしいが、エトからすれば嫌な予感しかしなかった。
何はともあれ、身だしなみを確認するためにも鏡の前に立ったエトは改めて今の己の姿を直視する。
「我ながら見た目は良いんだが」
その場でくるりと回り、日が昇っているということで金髪モードの天魔降臨・表へと姿を変える。背負う光輪も月輪から日輪へと切り替わった。
そして、どこからか取り出した扇子を手に見えを切る。
『ご主人様、ナイスポーズ』
『うるせえよ』
エトは自然と女性らしい仕草をとれてしまった己に辟易とした。
たった三日間で身に染み付いてしまうとは。これが男に戻る時には抜け切っているだろうかと不安になった。
だが、いつまでも躊躇ってはいられない。ナルカミ達だけでなく、国主様も待たせているらしいのだから。
エトは軽く身だしなみを整えると、意を決して皆が集まる部屋へと転移した。
「申し訳ありません。お待たせしました」
部屋に転移したエトは見知った顔と見知らぬ顔が揃っていることを確認すると恭しく頭を下げて席に着く。その一連の動作や仕草はシイのように女性的なものであった。
「あれ? 金髪の方になっただけで戻ってないじゃん」
「チッ、人が気にしていることを」
「ふむ。エト本人のようだ」
シイが絶対にしないような表情で舌打ちをしたエトにナルカミとサイバネはエトが戻ってきたと確信した。
「余からすれば凄まじく違和感があるのだが」
「シイ姉がぐれたのじゃ!?」
「し、シイ姉?」
予期せぬテンコの呼び方にエトは混乱した。
「うむ、エトよ。記憶がないお主が面食らうのも無理はない。だが、余とテンコはお主の姉であるシイと姉妹の契りを交わすこととなったのだ」
「はい?」
エトはさらに混乱した。そもそも自分に姉なんていないがと彼は疑問に思う。
『もう、マスター君の側にはいつだってお姉さんがいたじゃない』
『半年前までいなかったじゃねえか』
「エト君。まずはこれを見て下さい」
そう言ってフジが新聞を渡してくる。
そこには葦原建国祭で大立ち回りを演じたシイの活躍が一面に載せられており、建国祭終了後も凄まじい反響が寄せられていることも書かれていた。さらに宗教画のような絵まで載せられている。
そして、極めつけにシイこそが当代の国主なのではないかとも書かれていた。
「ふぁ!?」
エトはその端正な顔を歪めて素っ頓狂な声を上げる。備え付けられた鏡に映る己の顔が悪戯っぽく微笑んだような気がした。
「一体何が……」
新聞を読み終えたエトはすっかりフリーズしてしまった。その新聞に載せられた出来事の裏側を語るのはまだまだこれからだというのに。
先が思いやられると誰もが考える中、停止していたエトが突然立ち上がった。
「おい! 何か外にいるぞ!」
焦った様子のエトが姿を消し、サイバネやフジが慌てて辺りを探知するとこの建物の上空に反応があった。
エトともう一人。そして、遥か上空から巨大な物体が高天原に迫っていた。
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