健やかなる時も、病める時も
「あー、表はどうなってることやら。不安だ」
「私達の統合人格ですよ? きっと立派に務めを果たしてくれることでしょう」
「それが不安なんだよなー。俺だけで中和しきれるか?」
「此処で外のことを気にした所でどうにもなりませんよ。今は皆さんと共に楽しく過ごしませんか?」
「それもそうか」
「あっ! 主様とユウさん! 二人で何やってるんですか!? 私達も混ぜて下さいよ!」
「まだ何もしてねえよ。これからだ」
「ふふっ、やっと乗り気になってくれましたね」
此処は夢境。シイが表に出ている間、エトと十二支たちは夢の中で地下宮殿らしき場所におり、思い浮かぶ限りの贅を尽くして欲にまみれた生活を送っていた。
「くぅん、ご主人~ご主人~。もっとチューして~」
「にゃぁ、ずるい。ご主人様ぁ。私もキス」
「分かったからもう顔を舐めるのは止めてくれ」
蕩けた表情の氷天戌ヒヨと水天寅スイに加え、顔がべとべとになったエトの三人は互いの舌を出して絡ませ合う。合わせてエトが二人の体を撫でまわせば、二人はより一層強く身を寄せ、そのまま二人がかりでエトを押し倒した。
「旦那様がお好きなお料理を全部ご用意しましたよ~」
「あら? マスター君たらお取込み中かしら」
「馬鹿だなー、此処に主殿が来てお取込み中じゃない時があるわけないじゃん。まー此処じゃ料理が冷めることもないしー。ゆっくり待つか、混ざってくればー?」
そこへ大量の料理が並べられたテーブルを持った月天午ママと鋼天丑チウ、薬天未ヨウの三人がやってくる。
「もう、ヨウちゃんはすぐそうやって悪口を言うんだから」
「フフフ、ママとしてしっかりと教育してあげましょうか」
ヨウはチウとママに両サイドから腕を掴まれて持ち上げられた。そして、そのままどこぞへ連れていかれそうになる。
「あー、待ってー。ちょっと待ってよー。主殿ー! お乳あげるから助けてー! チウとママのも飲んでいいからー! あっ、ママは出ないんだっぷぎゃ!?」
「あらあら、そんなにお乳を出したかったなんて。それならチウさん共々搾乳機にかけてあげますからね~」
「えっ、何でお姉さんまで?」
二人からプレスされたヨウは悲鳴を上げ、その場から運ばれていった。
「殿、お背中お流しします」
「主様! お手伝いさせていただきます!」
「大人しく洗われなさい!」
岩天巳ミミ、日天子ネネ、炎天申エンの三人が風呂場で仁王立ちする。もはやエトは狼狽えることもなかった。
「おう、悪いな。お前らの体も洗ってやるよ」
「お、お戯れを」
「いいんですか!? お願いします!」
「う、し、しっかり隅々まで洗ってよね!」
湯着など不要。タオルも要らぬとばかりに四人の体を隠すのは泡のみ。そもそも夢なので風呂に入る必要すら疑われるのだが、互いの四肢を用いて相手の体を撫で摩る様はもはやそういう目的のための場と思われても仕方がなかった。
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、駄目みたい。体が震えて立てないや」
「えーと、ちょっと待っててください。今回復しますから。あれ? でもこれって怪我してるわけじゃないから、元気になったらもっと駄目かも」
「そ、そんな。うぅ、戦いなら勝負する度に強くなれるのに、こっちは勝負する度にどんどん弱くなってるような」
「ボンさんって不思議なくらい弱々ですもんね。ただ、それはそれでちょっと羨ましいような」
「そうかい? 僕としてはハナみたいに強々になってマスターをリードしたいんだけど」
「あっ、マスター様! ど、どうしました?」
倒れ伏す梵天亥ボンとそれを介抱する花天卯ハナの元へエトが戻って来る。だが、その様子がおかしい。端的に言って酔っ払っていた。
「アッハッハッハ! ボンはまだ倒れてたのか! だらしない奴め、このこの」
「ひゃん!? ま、待って下さいマスター! もう、僕動けないんですって! ひぃん!? い、今敏感だからー!」
「あぁ、ボンさん……羨ましい。私も混ぜて下さい!」
そう言ってハナは二人の元へ突撃した。
そこへ大量の酒を携えた風天辰フウと雷天酉ユウがやってくる。
「よしよし、見事にタガが外れたようだのう」
夢の中なので好きなものを好きなだけ食べられる。眠くなることもなければ、疲れることもなく、どれだけ抱いても抱かれても精根尽き果てることはない。
そして、夢だから問題無いと酒を飲まされたエトは容易く泥酔した。十二支たちがそのために生み出した酒なのだから仕方ない。むしろ現実世界であれば酔うこともなかっただろう。
「このまま堕落してくれるとよいのですが」
「そう心配するでない。ここまでは酌をするばかりであったからな。全員で酒を浴びながら交わればなんとかなるであろう」
「うーん、大惨事の予感がしますね」
ユウの懸念通り、十二支たちも浴びるほどの酒を飲んだことでほぼ全員が理性を失うことになった。
あちこちで十二支同士の諍いが勃発したかと思えば、結託してエトに襲い掛かり、目隠しされたエトが手探りで誰の胸か当てるなどという余りにも低俗で頭の悪い遊びに興じる始末。尚、触られたものが悶えて声を上げるため、ゲームにすらなっていなかった。
まさしく酒池肉林。夢にふさわしい混沌とした狂宴であった。
「主様、あーんして下さい」
「旦那様はこちらの方が好物ですよね~。はい、あ~ん」
「熱いわ! 熱いものを両側から近づけるのは止めモグッ!?」
ネネとママによって口の中に熱々のおでんとグラタンを箸とフォークごと突っ込まれたエトは悶絶した。
「ネネとママも何やってるの? ご主人様、今水を出す」
「ご主人ご主人! 待ってて、今冷やす」
「ちょ、待っごぼボ!?」
スイにより大きな水球が現れてエトの頭を覆い、ヒヨの力で凍り付いた。
「殿!? しばしお待ちを、すぐに砕きます」
「契約者!? 退いてなさい! すぐに溶かしてあげる!」
頭の氷にミミの大岩が叩きつけられて砕かれ、エトの体をエンの炎が包み込んだ。
「まったく何をやっておるのだ? 我らまで熱いではないか」
「ちょっとちょっと! みんなやり過ぎだよ!」
フウの風が炎を吹き消し、ボンにより岩と氷の欠片が浮き上がって退けられる。
「ま、マスター様!? か、回復を」
「ふふっ、であればこちらは雷で蘇生を」
ハナの手で不思議な種を植え付けられたエトは息を吹き返し、ユウによる電気ショックで意識を覚醒させられた。ついでに酔いからも醒める。
「な、なんだこれ? 地獄か?」
でも、夢の中なので大丈夫。服だって燃えていない。そもそも既に剥ぎ取られているのだから当然だ。
「だ、だいじょうぶー、主殿?」
「マスター君はもっと怒ってもいいのよ」
予め薬を飲んでいたことで素面のヨウと凄まじく酒に強かったチウは仲間たちの所業にちょっと引いていた。
「じゃあ、ちょっと離してくれよ」
「「それは駄目」」
現在のエトの体には彼女たちの尻尾や手足が絡みついており、まるで磔にされたように体を動かせないでいた。結果として食事から下の世話までお任せ状態であり、夢だというのに自由の欠片もない。これでは贅というより贄である。
その時、地下宮殿全体が大きく揺れた。同時に纏わりついた尻尾や手足による拘束が緩む。
「ようやく岩戸が開いたか? いや、早いのか遅いのかも分かんねえけど」
尚も縋りつく十二支たちを振り払い、自分の足で歩き出したエトは宮殿を後にした。
生き物のように蠢く回廊が迷路のようにエトを惑わせようとする。だが、此処は夢の中。迷わず思うままに進めばその先に出口がある。
「そんな~、私達とずっと籠ってましょうよ主様」
「此処も悪くはないけど、ずっとは嫌だ」
「外は危険よ。周りの人間だってあなたの枷にしかならないわ」
「そんなのお前達がいればなんとかなるだろ」
「ちょっと待って。新しい歌と踊りを思いついた。きっとご主人様も気に入ると思う」
「そりゃ楽しみだ。外に出た後で見せてくれ」
「ま、マスター様。わたし、まだ満足出来ていないんです。もうちょっとだけ付き合って下さいませんか?」
「部屋に戻ったらな。それまでは我慢してくれ」
「外のことなど気にして何になる? 嵐に流されるものばかりではないか」
「だから気になるんだろ? 俺たちがいれば嵐が来てもへっちゃらさ」
「殿は宮殿の玉座に座してこそ。後のことは私達にお任せ下さいませ」
「お前ら最後の方はまともに座らせてもくれなかったじゃねえか。それに今は自分で立って歩きたい気分なんだ」
「此処が貴方の家よ。まだ目を覚ますには早すぎるわ。もう少しおねんねしましょうね」
「もう寝坊するのはこりごりなんだよ。それと、今の家はあっちだ」
「主殿はまだ病み上がりなんだからさー。もっとゆっくり夢見たっていいでしょー?」
「そうはいってもリハビリは必要だろ。まあ、ゆっくり歩くよ」
「止まりなさい契約者! まだ果たしてない約束があるじゃない!」
「悪いな。また今度だ。その分契約は延長するからさ」
「主とならば共に堕ちたままでも良かったのですよ?」
「それは駄目だ。まだまだやりたいことが沢山あるんだ」
「待ってよご主人! もっと一緒に遊ぼうよ!」
「ああ、一緒に行こうぜ。散歩は好きだろ?」
「何故ですかマスター。外の世界なんて私達を縛るばかりじゃないですか」
「お前らに窮屈な思いをさせているのは悪いと思ってるよ。でもいつかまた戻って来るさ」
『『『『『『『『『『『『本当に?』』』』』』』』』』』』
周りの景色が一変する。
エトの記憶にない場所だ。それでも、何故か懐かしさを感じる。そこにはネネによく似た女がいた。彼女は一人の男の後ろ姿を見送っている。男の背を追うように彼女の横を通り過ぎる。横目に見たネネは涙を流していた。
再び景色が変わる。
やはり記憶にない場所だが懐かしい。女もネネからチウに代わっており、両親らしき者と共にいる彼女もまた悲痛な面持ちで男を見送っていた。
それからも歩みを進める度に次々と景色が入れ替わる。身重であったり、子供がいたり、龍や犬など人でない者がいることもあったが、決まって十二支たちに似た存在が男を見送る場面であった。
「あれは、俺か」
背格好はどれも異なっていたが、あの背中は自分自身であるとエトは確信をもって断言できた。
心なしか重くなった足を進めると、また場面が移り変わる。
今度は彼女たちが待ち続ける光景であった。
ずっとずっと、いつまでも。彼女たちはエトの帰りを待ち続けていた。だが、待ち人が現れることは終になかったのだ。
「たぶん、あいつらの記憶なんだろうな」
また会えると口にした。また来ようと約束した。共に生きると永遠の契約を交わした。
結局、どれも叶わなかった。生まれ変わっても同じことを繰り返した。
今生に至るまでは。
「俺はなんで」
彼女たちを置いて外に出たのだろう?
エトの歩みが止まる。十二支たちの手が再び彼を絡めとった。
「おや? エトならばすぐに出てくるものと思っていたのですが。まぁ、これはこれで好都合。ふふっ、残念でしたねムラクモさん」
月夜に煌めく光輪と銀髪を靡かせ、シイは翼のような羽衣を身に纏う。その姿は天女のようでありながら、堕天使のようでもあった。
無邪気に笑い妖艶に微笑む彼女を獣化したムラクモの魔眼が睨んだ。
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