第10話 賢妃
腰を抜かしその場に座り込んでしまった
「実はだな……彼女は
「それにしてもよく似ておられます。
「……なら、幽鬼とかの類じゃないんだなっ」
頷き関心する飛龍。
頷き安心する灯翠。
「その驚きかたを見るかぎり、すでに鈴麗の遺体を見つけているようだな。そういえばお主、幽鬼の類は信じていなかったのではなかったか?」
「そ、それは……」
灯翠が
それを見て、すかさず飛龍が真実を暴露する。恐怖心を隠すためわざと強がっていたことを龍望皇帝に伝えたのだった。
「フフッ。そうであったか」
冷徹王との異名を持つ龍望皇帝は、口元に拳をあて、笑いを堪える。と同時に、なにかを思案する表情をも浮かべていた。
「そ、そんなことより、地下にはだな……通路があって……」
耳まで真っ赤にした灯翠が、恥ずかしさに耐えきれなくなり、これまでの経緯を、たどたどしくではあるが説明し誤魔化そうとする。
そんなふたりのやりとりを複雑な心境で眺める飛龍。実は彼、灯翠を賢妃の座につかせるため、わざと幽鬼の類が苦手であることを伝えたのだ。
「よいよい。説明せずともその辺はすでにわかっている」
龍望皇帝は手を左右に振り、灯翠の話を中断させると、鈴凛の持つ白地に水色の縁取りが施された狐の仮面を指差した。
「すでに謎は解かれている。鈴麗を殺害した犯人は、
「ちなみに証拠とかはあるのか?」
灯翠の質問に対し、迷わず広間の端に置かれた一番大きな
「あそこに
「うん。たしかにそうだけど……」
それは先ほど、灯翠が不自然に巻きつけられていた黒い布を
(これじゃ、まるで目撃者じゃないか!)
口を開けたまま驚く灯翠。
「驚いているようだな。実はあの仮面の目の部分に貼ってある水色の
――数刻前、
その会話で、鈴麗本人から真実が伝えられたのだった。
美玉の策に
鈴凛が一歩前にでると、頭を深々と下げた。
「最後に姉は、おふたりに
すでに仮面の能力を疑う者はいなかった。
幽鬼の類が実在すること
「あっ」
「あっ」
龍望皇帝の
事態の重大さを知るふたりが、不安そうな表情で龍望皇帝を見つめ続ける。しかし、いつまで経っても蕁麻疹が現れることはなかった。そして、一番驚いたのは龍望皇帝本人だった。目を大きく見開き、自身の腕や肩、手の平までの隅々を確認すると最後にニヤリと不敵な笑みを見せたのだった。
(嫌な予感がする……)
「孔鈴凛よ。本日只今をもって尚功局から雷鳴宮の侍女に任命する。姉とともに皇后の座を目指すことはもう叶わぬ夢となってしまったが、この宮の新たな主とともにこの国の繁栄に貢献するがよい」
「かしこまりました」
賢い鈴凛はすべてを察して深々と頭を下げた。
「飛龍も同様だ。この宮の新たな主の教育係り兼世話役としその力を遺憾なく発揮せよ。余の決断に未練はないか?」
「はっ!!」
飛龍もまたすべてを察し、その場に
(どうしたんだ急にかしこまって……)
「陶灯翠」
「な、なんだ? ですか?」
相変わらず敬語を間違える。
細かいことは気にせず話を続ける龍望皇帝だった。
「お主を賢妃に任命する。そして、この雷鳴宮の正式な
(わたしが賢妃?)
龍望皇帝が灯翠の耳元に顔を寄せる。
「それともうひとつ。余の女性
灯翠は、あまりにも情報が
「よろしくお願い致します。
跪く鈴凛。
(ん? わたしのことなんだよね)
「こちらこそ。侍女頭としてよろしくお願いします」
頭を抱えながら視線だけを鈴凛に向け挨拶を返した。
「
「えっ、でもわたしには侍女はあなたひとりしかいないからっ」
飛龍が鈴凛の肩に手を添え頷き促す。
鈴凛には了承するしか選択肢がなかった。
「それでは、ひとつお願いがあります。今後、私を鈴凛ではなく凛麗と呼んでいただけないでしょうか?」
「????」
「すみません言葉足らずでした。正直に申し上げます。実は、姉の方が私より圧倒的に優秀で、皆にも好かれていました。それに加え、孔家の中で一番の人望と人脈を持っています。幸いなことに、この後宮内で姉の死を知る者はほとんどいません。ですので、私が姉に成り代わり、陶賢妃様を全力で援助させていただきたいのです」
「それは面白い提案だ。田舎出身のどこの馬の骨かもわからぬ者が、賢妃として最有力候補だった凛麗を侍女頭に従えたと知れば皆もきっと驚くことだろう。余も協力するぞ」
灯翠を置いてきぼりにして、話はどんどんと進んでいったのだった。
龍望皇帝は姉を失った鈴凛に生きる希望を与えたのだ。そしてなんども説得された飛龍の希望にも答えた。さらに、龍望皇帝もまた女性
雷鳴宮の仮住まいを命じられた初日にして、灯翠は正式なこの宮の
その後、飛龍から龍望皇帝に雷鳴宮と冷厳宮が地下通路で繋がっていること、さらにその通路から後宮の外へと抜け出せる道があることが報告された。
これですべてが解決した。
雷鳴宮に現われる
◇◇◇
女は被っていた紅色の狐の仮面を取ると、それを机の上に丁寧に置き、「フゥー」とため息を
「
「どうかなさいましたか?」
「今晩中に、この宮に繋がる地下通路を
「それですと、今後の活動に支障をきたす可能性がありますがよろしいので?」
「こちらの干渉を疑われるよりはましですっ」
「はっ! では早速、対処いたします」
男が地下通路へと向かった。
「どうやら、まだ安心はできぬようだ……」
女は独り言を
実は、雷鳴宮でのやりとりを一部始終見ていた者がいたのだった。
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