第11話 四夫人集結!

 灯翠ヒスイ賢妃けんひに任命され、雷鳴らいめい宮の主となったことでついに四夫人がそろったのだった。



 翌朝、皇帝の住まう延命えんめい宮には長蛇の列ができていた。


 四夫人を除く妃候補たち全員が応接室に呼びだされていたからである。つまり、この謁見えっけんで彼女たちの階級が決まるのだ。家柄、容姿、能力、財力、諸々もろもろが考慮される。階級は上から、妃(四夫人のこと)、嬪、貴人、常在、答応の順となっていた。喜ぶ者、悲しむ者、無表情な者、結果を聞いた彼女たちの反応もまたそれぞれ違っていた。

 


 一方、四夫人たちは、本来皇后の住まう宮である孔雀くじゃく宮に呼び出されていた。元皇后、つまり皇太后から、ありがたいお言葉をいただくためだった。



「…………以上。解散」



 皇太后は長々と上級妃としての心構えや後宮の規則を話し、その役目を終えると世話係りに手を添えられながら退席したのだった。皇太后はすでに隠居の身なので、要件が終わればすぐに隠居所である玄武げんぶ園に戻ってしまう。それほど隠居所は居心地がよい場所なのかもしれない。


 欠伸あくびをかみ殺す灯翠。


(話が長いっ。危うく寝るところだった)



 皇太后が去ると、張りつめていた場の空気が和らいだ。灯翠は例外。それと同時に、マウントの取り合いが始まる。


 貴妃である呉夕霧ゴシーウー圏椅けんい(円椅)に深く腰を下ろし微動だにしない。待ちの姿勢だ。龍望皇帝に引けを取らぬほどの冷徹な表情を見せ、足を組み腕も組む。性格は極めて悪そうに見えるが、色白で目鼻立ちがはっきりとした超のつく美人。つやのある長い黒髪に金色の髪飾りがよく似合っていた。



 そんな貴妃に気軽に声をかける淑妃の魏朝華ギチャオカ


 皇太后の話が終わると、まっ先に圏椅から立ち上がり、貴妃に近づいた。


 この国では珍しい桜色の髪が特徴的で、衣装もそれに合わせて桜をあしらった意匠となっていた。声が大きく、よく笑い、よくしゃべる。皆からしたわれそう、そんな印象を受けた。



 そうなると、必然的に徳妃と賢妃の組み合わせができあがる。



「やっぱり選ばれたのはあんただったかー。そうそう、これはあーしから、あんたへの貢物プレゼント。受け取ってですわ」


 得妃の名は肖蕾心シャオレイシン。金色のくりくりっとした髪に、透き通った青色の瞳が美しかった。ひらひらのついた、どピンク色の衣装(現代のロリータファッション)をまとった齢12の子供だった。


 隣に立つ侍女頭が、後ろ手に持っていたふたつきのかごを開けて渡してきた――受けとると、中からまだら模様のヘビが出てきたのだった。


 咄嗟とっさに蛇の首をつかみ、籠の中に戻すと蓋をした。


「ありがたく受け取らせていただきます。こちらの蛇は刺繍ししゅうの画材に使わせていただくというのはどうですか? それとも、酒につけて美味しくいただくという手もあります。どうなさいましょうか?」


 そう言って、笑顔を見せる鈴凛リンリンだった。


「どうして驚かないの? 怖がり屋だって聞いたから、あーしがわざわざ捕まえて用意したのに……。それに、侍女頭に敬語を使うなんて変ですわ」


 心の声がだだ漏れである。


「失礼ながら、肖徳妃様はなにかをされているのではないですか? 私は侍女頭の鈴麗リンリー。そして、こちらがとう賢妃様です」


「えっ、えーー」


 子供じみた手口で驚かそうとした蕾心のほうが、逆に驚かされ、恥をかくこととなった。顔を真っ赤にしてうつむく蕾心。


(なんだか、可哀想なことをしたような……)


 このやり取りをしっかりと観察していた、ほかの侍女頭たちが、それぞれ主に報告する。朝華は大きく開いた口を手で覆い、驚きの表情を見せ、夕霧のほうは、特に驚くようすはなかった。無表情。



 すべてが鈴凛の策略だったのだ。


 自身が鈴麗にうまく成り代われているかを確認したかったのだ。そのため侍女頭にもかかわらず、鈴凛は鈴麗の着ていた色鮮やかな衣装に袖を通し豪華な髪飾りまでつけた。長い銀髪に青白い肌。知的に見えるきりっとした顔立ち。髪型まで同じように整えれば、それは姉と瓜二うりふたつと言っても過言ではないほどだった――結果は成功である。


 

 あわれんでそっと蕾心に近づく灯翠。それに気づき下から灯翠の顔を覗き込む蕾心だったのだが――。



「ふん。ネクラ顔の片目の女が賢妃だなんて、信じられないですわ」


 寄り添う灯翠を突き飛ばしたのだった。


「大丈夫ですか?」


 真後ろに立ち灯翠を受け止める鈴凛。


「どーしてあんたほどの才能を持った者が、こんなの下につくの? そうだわ、きっと弱みかなにかを握られいて仕方なく、なのですわっ」


 どうやら、思ったことをすぐに口走ってしまうくせがあるようだ。


「いいえ、違います。私たちは実はこういう仲なのですわっ」


 鈴凛が、蕾心の声まねをしながら、灯翠の胸元に手をスルッと忍ばせるのだった。


「ちょ。ちょっと……」

「やはり着痩せするタイプだったのですね」


(後宮暮らしで、栄養が……って、おい!)



 蕾心は再び顔を真っ赤に染め、俯き黙りこんでしまった。子供には刺激が強かったようだ。



「相手は子供です。真面目に答えてもきりがないと思いましたので、一撃で仕留めました。どうか、ご無礼をお許しください」


 背後から、耳に息を抜きかけるかのように小声で話しかける鈴凛だった。


(どさくさまぎれにわたしを玩具オモチャにしてないか?)




 親の権力のみで得妃の座を得た蕾心は、見た目も、性格も、齢12の子供そのものだった。




「なんだ、騒がしいな」



 声の主は龍希皇帝だった。執務室での仕事をようやく終え、急いでここへやって来たのだ。


「実は……」


 今までの状況を簡単に説明する飛龍だった。


 あまりにも賢妃の灯翠が地味だったため、侍女頭の鈴凛とその立場を皆が間違えたことや、得妃である蕾心に悪戯され、逆に大人の魅力で撃退したことなどを大袈裟おおげさに伝えた。


「これでは陶賢妃様があまりにも不憫ふびんでなりません。どうかここは、龍望皇帝のご寵愛を彼女に与えてやってはいただけないでしょうか?」


 そう言って、飛龍が龍望皇帝に抱きついたのだった。


「芝居が、下手すぎだ。飛龍」

「すみません。慣れていないもので……」



 そう、ここからは飛龍と龍望皇帝の策略となる。


 

 小声で話し合うふたりの姿を見て、「まぁ」と言いながら、両手で頬を抑える朝華だった。


「頼んでいた首飾りと髪飾りは用意できているな」


「はい。彼女の好みを聞き、急ぎて作らせました。今はわたしのふところにあります」


「よし。分かった」


 話を終えると、無造作に飛龍の懐に手を入れ、首飾りと髪飾りを皆から見えないよう手の中に収めた。


 それを見て、こんどは侍女と手を取り合い、喜び、飛び跳ねる朝華だった。そして、とりことなった者がもうひとり。目を大きく見開き、固唾を飲んでその一部始終を網膜もうまくに焼きつけようとする者がいた。


 夕霧だった。




 龍望皇帝か灯翠に近寄る。


「いつにもましてネクラ顔じゃないか」


(わざわざ、嫌味を言いにきたのか?)


「お主は、ただでさえ地味なのだ。せめてこんなときくらいは自身を飾らぬとダメだぞ」


 先ほど飛龍の懐から取った、首飾りと髪飾りを手渡す。


「そんなのいら……」


 手にした物をよく見て言葉を止めた。それは銀製の錠前がつけられた首飾りと、銀製の鍵の形をした髪飾りだった。


(おー。これは見たことがない)


「いる。いるぞ」


「気に入ってもらえたようだな。どれ、余がつけてやろう」


 錠前の構造を確認している最中だった灯翠を抱き寄せた。



 その行動に、皆が驚く。



 龍望皇帝は女嫌いで、決して触れることはない。そんな噂話が立っていたからである。龍望皇帝が首飾りと髪飾りを灯翠につけ終えると、そっと耳元でささやいた。


「他言は無用だぞ。実は余も義眼なのだ。それで、お主にも余と同じ種類の義眼を用意してもらった。少し上を向け」



 言われるがまま、上を向く灯翠。


 龍望皇帝は、彼女の前髪を払い退け、左目に用意した義眼を埋め込んだのだった。



「慣れるまでには少々時間もかかるだろうが、そこは我慢せよ。これで、少なくとも得妃からは不良品などと言われなくなるはずだ」


 そう言いながら、いつのまにか手にしていたはさみで、その長すぎる前髪をバッサリと切り落としたのだった。


 鼻梁びりょうの通った色白の顔が現れ、灯翠が元々持つ右目の赤い瞳に合わせてあつらえられた緋色の義眼が淡く光る。それは暗緑色あんりょくしょくのしなやかな髪とよく合っていた。


 先ほどまでのネクラ顔と同一人物だとは思えぬほどの変わりようだった。ほかの妃たちがその容姿に見惚れるくらいに――飛龍と龍望皇帝の策略もまた成功したのである。


 賢妃の名に恥じぬほどの美貌びぼうを手に入れた灯翠の周りに3人が集まる。

 

 銀髪で上級妃クラスの美しさの侍女頭。

 小麦色の肌に筋肉質な肉体の美男宦官。

 冷徹王の異名を持ち、女嫌いの皇帝。


 彼女は皆に好かれていたのだった。


 ほかの妃たちはこの状態を見て脅威きょういを抱くしかなかった。それに気づかないのは当の本人だけであった。



(わ、わたしの前髪が〜)

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