第9話 家庭科部/マンガ研究会

 散々な目に遭った動物を愛する会の見学の翌日。早速とばかりに吉宗は昼休みに、三成の元を訪ねてESS部の部室に来ていた。


「よ。昨日ぶりだな。あれから体の調子はどうだ?」

「吉宗! 大丈夫、ちゃんと回復したよ」


 サラリと友人を気遣う吉宗に、三成は今度こそ大丈夫だと力強く頷いた。事実、昨日家に帰ってから、心配性な父と兄により痛み止めの薬を渡されたうえで普段よりも早くに就寝したのだ。そうしてぐっすりと眠ったおかげで、三成の気力も体力もしっかりと回復していた。

 そんな三成の回答に満足した様子の吉宗に、それよりも、と三成が椅子から立ち上がって言った。


「吉宗。今日の見学は昼休みにしてほしいってさ。朝イチで頼まれたんだ」

「昼休みに? 放課後じゃアなくてか?」

「そ。家庭科部がお昼ご飯を作ってくれるんだって」


 三成の言葉に吉宗の目は輝き、頬はポッと紅潮した。何せ、家庭科部の手料理だ。学園で一番美味しいと噂の料理が無償で食べられるかもしれないのだ。

 その屈強な肉体に比例するかのように腹ペコモンスターと化す吉宗は、今日の弁当をすでに食べきってしまっていた。昼に食べる物がなくなり、さてどうしたものかと思っていた矢先の事だったのだ。

 まさに棚からぼたもち、それどころか棚から伊勢エビでも落ちてきそうな程の出来事に吉宗のテンションは最高潮である。吉宗は上がり切ったテンションをそのままに、勢いよく三成の手を掴んだ。


「よし行くぞ! 場所は家庭科室だな!?」

「エ、吉宗?」

「善は急げ! GoGoGo!」

「ぅおわっ!?」


 暴れん坊の異名に違わぬ勢いで、吉宗は困惑する三成の手を引いて走りだした。後ろに、急に仲間を拉致されて目を丸くするESS部の部員達を置き去りにして。



 ――――



「ぜえ、ぜえ、ひぃ……吉宗ぇ……ギブ。もう走れない」


 家庭科室を目前に控えた曲がり角で、三成は力尽きた。

 前世の記憶を思い出して以降、隙間時間に極力運動をするように心がけてはいた。しかし、元が運動音痴なインドア派の少年でかつ、前世でも特に武功がある訳でもない官僚タイプだったのだ。一朝一夕で運動神経が良くなるなんて奇跡が起きるはずもなく、今、友人に振り回された挙句、目的地の目の前でバテている。


「あー、悪りィ 。学園イチのメシが待ってるって知って。つい」

「もー。つい、で済まさないでよ。絶対、左近達混乱してるって……」


 流石にやりすぎたと悟った吉宗がバツが悪そうに目を逸らし、三成がジトリとした視線を送る。事実、二人が去っていった後の部室では、左近と吉継が混乱のあまりにオカルト研究部へ合戦を仕掛けるべきかと言い出して正則に頭を叩かれていた。

 ややあって、息を整えた二人が家庭科室の扉の前に立つ。取手に手を伸ばそうとした途端に、内側から扉が開けられた。


「おや。なんや廊下が賑やかや思うたら、丁度着いたんやな」

「あ、アンタが家庭科部の……」

「利休、今日はありがとう。かかった費用はまた明日にでも渡すね」


 強い訛りが特徴的な大阪弁の、糸目の青年――三成のクラスメイトの千利休が顔を出した。

 急に現れた利休に驚いた吉宗を他所に、三成と利休はレシートのやりとりをしていた。慌てて吉宗が自分も費用を出すと伝えるも、三成は金の瞳を細めて曖昧に躱すばかりである。三成としては、こんなにも自分に心を砕いてくれた友人へのお礼も兼ねているのだ。吉宗に財布を出させるわけにはいかなかった。


「マ。立ち話もアレやし、入っといで。今日はちと、うるさなっとるけど平気やろ?」


 二人のやりとりに薄く笑みを浮かべつつ、利休が入室を促す。昼休みの貴重な短い時間を無駄にするような事はあってはならないのだ。

 利休の催促に応えて二人が家庭科室に入った。瞬間のことである。利休達の目の前で派手な爆発が起こった。


「おっと」

「ウワァッ! な、何事!? 敵襲!?」

「うぉあっ!? お二人さん、無事か!?」


 突然の爆破に驚いた三成と吉宗がギャアギャアと声を上げて騒いでいるうちに、舞い上がった煙が晴れていく。クリアになった彼らの視界に飛び込んできたのは、艶やかな群青の髪が無残にもアフロになってしまった政宗の姿だった。


「お、おいマサムネ。大丈夫、か……?」

「うわぁ、漫画みたい」


 心配する吉宗と感心する三成。対照的な反応の二人に、政宗は声を上げて笑った。


「ハハハ。へーきへーき。良くある事だからな。それはそれとして石田。放課後、合戦な」

「は? ヤだよ、面倒じゃん」

「ンッフッフ。石田はんも伊達はんも、いつも通りキレッキレでひと安心やなあ」


 中身のない事で言い争う三成と政宗、そして笑って放置する利休。昨日の徳川コントと張り合える程に低次元なカオス空間に、吉宗は自分の事を棚に上げて呆れ返って大きなため息をついた。


「……で。なんでマサムネが居るんだ? アンタは野ッカー部の部長だろ? そんでもって何なんだあの爆破は」

「気が向いたから料理しに来たんだよ。あの爆発も料理の一環。オレの能力は料理も戦闘もできるスグレモノなんだがな、爆破もセットになっちまうんだ」


 爽やかにおかしな事を言い切った政宗に、三成と吉宗が呆れつつも即座にツッコミを入れようとした。しかし、ツッコミが入る前に、溌剌とした少年の声が張り上げられた。


「そして、アッシはそのおこぼれに与りに来たのでござんす!」


 声の方に目を向けると、そこには、桜に色づいた長い銀髪を高くひと纏めにした、どこか将門と似た雰囲気を持つ少年がオムライスを頬張っていた。


「えっと……誰?」

「センパイ……なのは確かだな。腕章、青いし」


 三成達が困惑で顔を見合わせて首をかしげる。そんな二人の様子に、少年はおや、と目を丸くし、続けて自分の自己紹介をしていなかった事を思い出した。


「アッシはマンガ研究会の会長、平清盛でござんす。気軽にキヨと呼んでくだされ」

「ハイ! キヨ先輩!」

「おいミツナリ、流されンなって」


 清盛に笑みを向けられて、三成は反射的に返事をした。清盛の自己紹介には、紀貫之に近い押しの強さを感じ取ったのだ。

 そこに、吉宗が即座にツッコむ。昨日、チョロすぎると指摘したばかりだというのに、目の前で呑気に笑う友人は、もう他人のペースに流されているのだ。そんな警戒心がむき出しになっている吉宗を宥めるように、利休が苦笑しつつオムライスを差し出した。


「まあまあ、徳川はんも。そうカッカせんと、わたしの美味いごはんでも食べい」

「ハッ……! そうだった、家庭科部のメシ!」

「吉宗も流されてるじゃん」


 学園イチとも噂される料理を差し出されて目を輝かせる吉宗に、今度は三成が呆れ顔になる。何せ、自分の事を散々チョロいと評しつつ、彼の方もごはんの前にはあっけなく陥落しているのだから。自分だけが流されやすい訳ではない、と心の中で言い訳をした。


「石田はん、お茶でも入れたってくれへん? 徳川はん、たぶん絶対のど詰まらすで。知らんけど」

「あぁ、確かに。利休達も飲む?」


 勢いよくオムライスを搔き込む吉宗の横で、利休が三成に茶を出すように促し、三成もまた頷いた。茶を淹れるために準備をしつつ、利休らを振り返ると、その誘いを待っていましたと言わんばかりに家庭科室がドッと沸いた。


「天下人を魅了したお茶の味……アッシは興味深うござんすよ!」

「わたしも、四百年ぶりに頼むで」

「あ、オレもオレも!」

「もぐ! モガモガ!」


 ただ単に日本でトップクラスに美味しい茶が飲みたい、というだけであれば茶人として名を馳せた利休が淹れれば良い。しかし、清盛らが飲んでみたいのは、あの豊臣秀吉の心を射止めたと言われる石田三成の茶なのだ。

 そんな彼らの期待の眼差しに、三献の茶の再現はしないからね、とだけ返す。三成が三回茶を差し出すのは、後にも先にも秀吉ただ一人。大切な思い出なのだから。

 茶ができるのを待っていると、不意に、清盛がそういえば、と言葉を漏らした。


「三成君と吉宗君は一緒に行動してるっぽいでござんすが……今年はESSとオカ研が同盟を組んだのでござんすか?」

「同盟? ……って何?」

「アー、そっからか」


 同盟とはまた物々しい、と三成が疑問符を浮かべる。そういえば彼はこの四月からの転校生だった、と思い出した政宗がさてどう説明するかと天を仰いだ。そこにフォローを入れるように利休が解説を始めた。


「体育祭は部活対抗戦なんやけど、部活同士でチームを組んでもええねん。しかも裏切り厳禁」


 利休の端的な説明に、三成の瞳は爛々と輝いた。裏切り行為が半ばトラウマのようになっている彼にとって、裏切り厳禁のルールは魅力的すぎるのだ。

 そんな三成の心の機微を察して、利休は苦笑しつつも茶目っ気をたっぷりと含んで続けた。


「わたしら家庭科部は明日あたりにESS部に同盟の申し出しに行くつもりやで。体育祭ではよろしゅうな」

「マジか。オレも将門センパイに同盟組みのおねだりすっかな」


 利休がESS部との同盟を宣言し、吉宗も頭を豪快に掻きつつ同盟の検討をする。三成を殊の外気に入っている先輩であれば、きっとすんなりESS部と組んでくれるはずだと。

 吉宗がどうやって将門に伝えるべきか、とぼやいていると、急に清盛がフフフと不気味な笑い声をあげた。


「オネダリ……良うござんす。そしてそのまま燃え上がる禁断の恋へ……!」

「なンねェよ! オレらにンな趣味はねェ」


 妄想に浸って熱くなる清盛に、吉宗が即座に彼の頭を叩く。吉宗からすれば、清盛の妄想は堪ったものではない。なんだって気の合う先輩と恋をせねばならないのだと低く唸った。

 しかし、吉宗に叩かれた程度でへこたれる清盛ではない。反省する素振りも見せずに、今度は三成を標的にした。


「えー……つまんないでござんすねえ。ヒロイン適性の高そうな三成君も現れたというのに」

「ってキヨ先輩は言ってるけど、そこんトコどうだ。石田?」

「そう。伊達もキヨ先輩も、トリカブト入りのお茶が飲みたいんだね。それならそうと早く言ってよ」


 ヒロイン扱いをする清盛に茶化す政宗。二人を前に三成はイイ笑顔で毒草を召喚しつつ、茶に毒を盛る宣言をした。前世で襲撃から逃れる為に女装をした経験もあったが、やはり三成の性自認は前世も今生も男なのだ。ヒロイン扱いはいくら温厚な彼といえども苛立った。

 三成の怒りを感じ取ってか、流石にやりすぎたと慌てた清盛が咳払いをして三成にトリカブトを仕舞わせた。


「マ、マア! 冗談は、さておき! アッシは今年もESS部と同盟を組むでござんす。憎き文学部のクソ野郎をコテンパンにするにはヤツらと同格のESS部と組むに限るでござんす」


 ただの無礼の誤魔化しではなく、真剣な表情に一変させて同盟を宣言した清盛に、三成と吉宗は顔を見合わせた。憎しみを込めて呪詛を吐く清盛の口から飛び出た部活名は、明日の彼らの見学先なのだから。


「文学部、って」

「明日の見学先、だな」


 そうして、二人して困惑に目を瞬かせていると、利休がおや、と片眉をあげた。


「そうなん? せやったら気ぃ付けい。文学部のヤツら、けったいな態度でな。他人を洗脳してくる事もあるさかい」



 ――――



◯TIPs


  千利休(前世)

 (1522〜1591)

 大坂・堺の茶人。侘び茶を大成した人。秀吉をブチ切れさせて自刃した。

  千利休(転生後)

 1話時点で16歳、4月生まれ

 身長cm、体重kg

 転生能力「黄金の茶室」

 補助器「扇子・寂」

 日ノ本学園高等部 芸術科 2年桃山組

家庭科部の部長。大阪出身でコッテコテの大阪弁話者。静かで落ち着いた場所で飲む茶も好きだけど、みんなでワイワイする方が好ましく思うタイプ。最近のお気に入りはコ◯ダのコーヒー。

  平清盛(前世)

 (1118〜1181)

平安時代の武将。日本で初めて武家政権を築いたうえに都を京都から福原(現在の兵庫県)に移した事のある人。最期は高熱出して死んだ。

  平清盛(転生後)

 1話時点で17歳、7月生まれ

 身長155cm、体重54kg

 転生能力「厳島の加護」

 補助器「弓矢・紅葉」

 日ノ本学園高等部 武将科 3年飛鳥組

マンガ研究会の会長。将門の従兄弟。どこに出しても恥ずかしい立派な腐男子。加護の代償に身長がもうこれ以上伸びない。

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石田三成の高校日常日誌 GOAT @goat-01yaginome

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