第7話 野ッカー部

「石田ァ! 昼間は先輩に取られちまったけど、今日はオレ達の野ッカー部に来てもらうぞ!」

「行こうぜ、三成! 早くしないと練習始まる!」

「楽しみだな、ミツナリ!」


 放課後、鞄に教科書を入れていた三成の机に詰めかけたのは、クラスメイトの伊達政宗と真田幸村、そして何故かやってきた吉宗だ。何故オカルト研究部の吉宗も見学について行く気満々なのか、と三成が不思議に思っていると、顔に出ていたらしい。吉宗が自慢気に言い放った。


「センパイが生徒会にカチコンでくれてな。オレも部活見学に行けるようにしてもらったンだ。それに最近、きな臭ェ動きもあるみてェだし、見回りも兼ねてだな」


 言い切った吉宗に三成はドン引きした。

 なんだって「カチコミ」だなんて物騒なモノが罷り通ってしまっているんだ。己の目の前にいる旧知の二人もウンウンと頷いている事もいただけない。そんなだから武将科は世紀の問題児集団だとか不名誉な呼び方をされてしまうんだ。

 先の昼休みに、本人不在を良いことに家康について言いたい放題言ったのを棚に上げて、三成は唸る。問題児集団の一員とはいえ、三成は非転生者として過ごした経験から、比較的現代の常識に馴染んでいるのだ。


「何頭抱えてるんだよ、三成。悩んだって見学先は変わんないぞ?」

「オラ、時間は待っちゃくれねえぞ! わかったら足を動かす!」

「もー……悩んでる訳じゃないんだけどなあ……。ハイハイ、わかった。わかりましたよ。今行、くぅッ!?」


 二人に急かされて、三成が立ち上がると、途端に背を押されて小走りで更衣室の方へと向かわされる。舌を噛んだらどうするんだ、と抗議の声を上げかけたものの、背中越しに伝わる手の温かさと三人のソワソワとした気配に、三成は結局、抗議を飲み込む事にした。

 ワアワアと廊下へ転げ出て程なく、階段に差し掛かった時、三成の背中を一等力強く押していた政宗がふと力を緩めた。背後からの圧が弱まって頭上にクエスチョンマークを浮かべて振り向くと、政宗が「そういえば」と話を切り出した。


「石田はさ、キックベースのルールはわかるか?」

「エ、キックベース? 小学生の頃にやった事あるから、うろ覚えだけど、マア、一応……」


 なにぶん、三年以上昔の事だから、と曖昧に答え、「何でまたキックベースのルールを」と続けると、政宗はニヤリと口角を上げて胸を張る。そんな彼の様子にコイツもまた突拍子も無い事を言い出すのでは、と警戒する三成を他所に、政宗は自信満々に言い切った。


「野ッカー部の『野ッカー』ってのはさ、要はキックベースなんだよ。ホラ、こう、名前でもなんでも、面白い方が楽しいじゃねえか」

「理由しょぼい! しょーもなっ!」

「ダーッハッハッハッ! オレはイイと思う。好きだぜ、そういうの!」


 三成のツッコミと吉宗の笑い声が廊下に響く。騒がしく、しかし対照的な反応の二人に、政宗と幸村は顔を見合わせて小さく笑った。三成は転入当初のピリピリと張り詰めた雰囲気がゆるんできた、とホッとしたのだ。

 前世で色々あったとはいえ、同じ転生者仲間である旧知の彼には第二の生を楽しんで欲しかった。だからこそ政宗はおどけてみせるし、幸村もまた、そんな政宗を静観するのだ。

 少しの間、廊下でギャアギャアと騒いで吉宗の笑いが鎮まるのを待った後、再び更衣室へと足を進める。体操服に着替える際に改めて晒された吉宗の立派な筋肉を目撃した三人が思わず息を呑んだのはご愛嬌である。



 ――――



「さて……石田に徳川。改めて、野ッカー部へようこそ! オレが部長の伊達政宗だ。今日はオマエも練習に参加してもらうぜ!」

「じゃ、俺も。俺が、この真田幸村が、野ッカー部の副部長! 今日はよろしくな」


 着替えを終えてグラウンドに出ると、政宗と幸村が、改めて見学に来た三成達を歓迎する言葉を述べた。そして、そこから部活の概要の説明も始まった。

 曰く、野ッカー部はキックベースの試合をする部活である。政宗と幸村が小学生の頃に作った部活なのだ。創設当初は無難に「キックベース部」であったが、その後入部した後輩の主張・「何事も面白い方が人生が豊かになる」を採り入れた結果、「野ッカー部」と名前を変えることになったという。


「で、今に至るってワケ」

「ただマア、俺達の中にキックベースの正しいルールを知ってるヤツが居ないから、色々手探りなんだけどな」

「おぉ……すごいな。『面白い方がいい』ってェのはウチのセンパイ方にも通じるものがある。オレは好きだぜ!」


 たははーと笑う二人と感心する吉宗に、三成は目眩がしたような気がした。面白い方がいいだなんて理由で部活の名前を変えてしまったというだけで頭痛の種だというのに、政宗達はキックベースのルールを理解していなかったのだ。だからこそ先の「キックベースのルールはわかるか」の質問にもつながった訳だと納得した。


「じゃ、そろそろ練習始めようぜ! 最初は二人一組で能力使っても良いからラリーを続けてくれ。石田は真田とやってくれ!」

「ラリー? ドリブルでなく?」


 政宗が練習の開始を宣言して、すぐさま三成が疑問をこぼす。練習する種目がキックベースであるならば、すべき事はラリーよりもドリブルの方が適しているはずではないか。

 『能力を使っても』の部分を聞き落として目を丸くする三成を他所に、いつの間にかボールを持った幸村が早速ボールを蹴る……事はなく、彼の補助器である大振りの槍を地面に突き刺した。


「よし。いくぜ三成! 『この俺の六文銭からは逃れられない。火を吹け。カッ飛ばせファイヤー』!」

「なんでさ!?」


 幸村の詠唱と共に、地面から六つの火柱が上がる。ボールは火柱に押し上げられて高く飛んだ。三成が即座に悲鳴めいたツッコミを入れる。なにせ重要な部分を聞き逃していたのだ。彼の驚きも相当なものである。

 驚きで一瞬停止した思考を無理矢理呼び起こす。


 ――幸村の能力は『火』で僕の能力は『植物』。普通に考えれば僕は押し負ける。でも。でも。何か耐火に優れたものが、きっとあるはずだ。現実的にあり得ない伝承でもなんでも、何かあったはず……!


 瞬きの間にそこまで考え出して、三成は思い至った。一つ、京都の伝承が。火事から寺を守ってみせた樹木がある。あの木の実であれば、幸村の炎に押し負けること無くボールを打ち返すことができるはずだ。

 キックベースの練習をしている事など頭の中から追い出して、薙刀を魔法の杖のように構え、三成は慌てて召喚の言葉を詠唱した。


「う、『撃ち落とせ、生命の実。銀杏ギンギョウ』!」


 言い終わった直後、三成の背後から生命の実が弾丸の雨のように降り注ぎ、炎を貫いてボールを幸村の元へ打ち返した。

 これに目を丸くしたのは幸村である。

 新学期が始まってからの一週間で三成の運動神経の悪さは散々見てきたのだ。だから今回も高くカッ飛ばしたボールに対応できないと思っていた。しかし実際はどうだ。運動音痴なはずの彼は、見事に反応してみせた。

 この事実が、幸村に驚きと喜びを与えた。


 ――もっと戦いたい! もっと三成の技が見たい!


「は、ははは……いいね、最高じゃん。『この俺の……』」


 幸村はもう一度、今度はより高く、より遠くまでボールを飛ばそうと再び詠唱を始めた。その瞬間、甲高いホイッスルの音が鳴り響いた。練習相手を交代する合図である。

 能力の発動を邪魔されて少し不満顔の幸村と、先よりも大掛かりな能力を使われずに安心した三成。心の内で対照的な想いを抱いて、二人は次の練習相手に向き直った。

 三成の次の相手は黄色い袴の、一年生の男子生徒だ。不機嫌そうに三成を見つめる彼は、練習開始のホイッスルが鳴ってすぐに、挨拶も無しにボールを三成の顔目掛けて蹴り飛ばした。


「どわーあっ!?」

「チッ……」


 ギャア、と声をあげて三成が間一髪でボールを避けると、一年の彼は舌打ちをしながら三成に近づいてきた。そうして三成と目と鼻の先の距離まで近づいた時、忌々しげにつぶやいた。


「僕は、あなたの事を認めていない。イレギュラーな存在なんて、認めてなるものか……!」

「エ、すっごい八つ当たりだ……」


 彼の呟きに、三成は呆然とした。三成が例外として高校二年生からの編入になったのも、現在部活見学に参加しているのも、三成に転生者としての前世の記憶の覚醒が遅れたためだ。その事に対して三成に落ち度は無く、三成自身も不可抗力だったのだ。

 それを初対面の後輩に「認めない」と言われたあげく、顔面にボールをぶつけられかけるなんて、とんだ八つ当たりである。呆然とする三成の様子を無視してか、一年の彼は言葉を続けた。


「だいたい、武将科ってだけで許しがたいんだ。あなた達武将科が暴れ回った皺寄せをくらうのは、いつだって僕達普通科だ」

「僕も皺寄せくらってる気がするんだけど……」

「うるさい知るか。僕達があなた達の都合に振り回されるのは前世からだったんだぞ。なんで生まれ変わっても振り回されなきゃならないんだ」

「それはちょっとゴメン」

「アイツらのせいでキックベース部も野ッカー部とかいう珍妙な名前にされてしまうし……クッ……ゆ、許せない、武将科め……!」

「部活名の事は武将科じゃなくてあの謝罪大魔王政宗のせいなんだけど」

「練習中だってのに楽しそうだなあ? 誰が謝罪大魔王だって? ん?」

「ゲ、伊達!」


 三成と一年生が小気味の良いテンポで恨みつらみとツッコミのやりとりをしていると、彼らの背後から笑顔の政宗が現れた。二人が慌てて政宗から距離を取ろうとするも、額に青筋を浮かべた政宗に頭を掴まれてしまった。


「で? 誰が、謝罪大魔王だって?」

「いった! いたたたた! 部長、僕じゃないです! このイレギュラー野郎が言いました!」

「ア、馬鹿! 僕を売るなよ! いててててて! ご、ごめーん、ね♡」


 二人でギャイギャイと騒ぎながら、三成がおどけて謝罪の一言を言った。前世で謝罪芸を披露しまくっていた政宗であれば笑って許してくれるだろう、と軽く見積もっていたのだ。そんな三成の予想むなしく、イイ笑みを浮かべた政宗が言い切った。


「二十点」

「痛い! いた、いだだだだ! さっきより強くなってんじゃん!」

「先輩のアホ! このイレギュラー野郎め! 痛い痛い痛い!」


 頭を締め付ける力がより強まって、二人は更に悲鳴を上げる。政宗の高笑いと二人の叫びが放課後のグラウンドに響き渡った。



 ――――



◯TIPs


  伊達政宗(前世)

 (1567〜1636)

安土桃山・江戸初期の武将、大名。仙台藩主。1613年に支倉常長らをローマへ派遣した。独眼竜。

  伊達政宗(転生後)

 1話時点で16歳、7月生まれ

 身長178cm、体重76kg

 転生能力「独眼竜の宴」

 補助器「火縄銃・逆鱗」

 日ノ本学園高等部 武将科 2年桃山組

野ッカー部の部長。左右の目の視力が極端に違うために右目にコンタクトをつけている。真田幸村とはエース争いをしているライバル同士。

  真田幸村(前世)

 (1567〜1615)

安土桃山時代の武将。本名は信繁。大坂夏の陣で戦死。

  真田幸村(転生後)

 1話時点で16歳、5月生まれ

 身長179cm、体重75kg

 転生能力「六文銭の猛威」

 補助器「槍・千鳥」

 日ノ本学園高等部 武将科 2年桃山組

野ッカー部の副部長。いつも赤いハチマキを巻いているスポーツ青年。伊達政宗とはエース争いをしているライバル同士。

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