未来へつなぐために
新兵のルキアを逃がすことに、ラクレスもマリオも、ウーノもレノも迷いがなかった。
普段、出世欲もなくやる気もイマイチのウーノとレノも、怖くて逃げだすような男ではない。兵士としてのプライドはある。
剣を抜き、ドラゴンオークと対峙する。
「班長、どうします?」
「数は五体。伏兵がいるかもしれん。クソ……騎士の魔法があれば、隙くらい作れるんだが」
「だったら、これしかねぇな。おいウーノ」
「おう。おい新兵!!」
「は、はい!!」
ルキアがビクッと震える。
ウーノ、レノは微笑み、ルキアの背中を、そしてお尻を叩いた。
「きゃっ!?」
「はは、あと十年後くらいには、もっといい尻になってるかな?」
「だな。じゃあ、ちゃんと逃げろよ!! 班長、ラクレス、また後で!!」
二人は走り出した。
打ち合わせもなく、ラクレスが何か言おうと手を伸ばすが、二人は手を振って走り去った。
マリオが叫ぶ。
「この、馬鹿どもが……!!」
ウーノが馬鹿にしたように叫ぶ。
「ヘイヘイ!! こっちだアホ面のオーク!!」
「おいウーノ、いちおう、ドラゴンオークだぜ? まあブタの血が濃いけどなあ!!」
『グォォォ!!』
『グァルルル!!』
ウーノ、レノを追い、ドラゴンオークが森の奥へ消えた。
残り三体。ラクレスは歯噛みする。
「……班長、残り三体です」
「……遺跡だ。遺跡内におびき寄せるぞ。ルキア、ワシとラクレスがドラゴンオークを遺跡内におびき寄せる。その間に逃げて、応援を呼んでこい」
「は、班長……班長補佐」
ドラゴンオーク三体が、ラクレスたちを見た。
ラクレスはルキアを掴み藪に飛び込み、マリオが遺跡に向かって走り出す。
そして、ラクレスは言う。
「俺と班長であの三体を引き付ける。いいかい、急いで応援を呼ぶんだ。いいね」
「は、班長補佐、わ、わたし」
「大丈夫。みんなで生きて帰るんだ。いいね、ルキア」
「ぅ……」
「さあ、行くんだ!!」
ラクレスが飛び出すと、ドラゴンオークの残りがラクレスを見た。
そして、ラクレスは弧を描くように走り、注意を引き付ける。
マリオは、すでに遺跡の近くにいた。
『ゴァァァァァッ!!』
「──っ!?」
速い。
ラクレスの近くまで一気に来た。
ドラゴンオークの一体が腕を振り被り、そのままラクレスを引き裂こうとする。
ラクレスは全力で走り、遺跡の中に飛び込む。
「ラクレス!! こっちだ!!」
「──っ、はい!!」
ラクレスは走り、遺跡内へ。
広い一本道の通路を走る。横幅が広く、天井が高い。
周りには血が飛び散り、一般兵士の四肢や肉片が落ちていた。待ち構えていたドラゴンオークに食われたのだろう。
ドラゴンオークは、順調に追って来ていた。
「ラクレス、こっちだ!!」
「は、はい……ッ」
マリオの背を追う……そして気付いた。
マリオから、血が滴っていた。
そして気付く……ラクレスの右手首が消失していた。
「よし、追って来てるな。こっちだ!!」
「え……」
曲がり道に入り、小部屋となった。
小部屋は何本もの柱があり、いくつか倒壊していた。
マリオは、倒れている柱の一つに迷わず向かう。壁際に向かって倒れた柱の傍に、小さな穴が空いていた。そこに二人で飛び込み、岩で蓋をする。
ドラゴンオークが入ってくる気配がした。
「班長」
「心配すんな。ここは、ワシが新兵のころに見つけた横穴でな……まだあって助かったぜ」
「そ、そうじゃなくて……手が」
「チッ……」
マリオは、手ぬぐいを出して強引に縛る。
そして、マリオは言う。
「ラクレス。お前、背中……」
「……今は、興奮しているせいか痛みを感じません。かなり深い……恐らく、助かりません」
「……クソ」
ラクレスの背中は、ひどく傷ついていた。
皮鎧が真っ赤に染まり、ひどく引き裂かれている。ラクレスの顔色も悪く、失血死寸前だった。
ドラゴンオークが、周囲を探る足音が聞こえてくる。
「……ラクレス」
「はい……」
「お前も逃げろ。すぐに手当てすれば助かる。いいか……この遺跡はほぼ一本道。こういう横穴はもうない。奥に行けば行き止まり……ワシが、そこまであいつらを引き付ける。あいつらが奥に消えたら、お前も行け」
「……班長」
「……息子のように思っていた」
そう言い、マリオは左手でラクレスの頭を撫でる。
マリオは笑い、ラクレスが何かを言う前に横穴から飛び出した。
「おうらバケモノども!! ワシに追いつけるかなあ!!」
マリオは、遺跡の奥に走り出す。
ドラゴンオークが追う。だが……ラクレスは失血で意識が遠のきかける。
「……班長」
立ち上がれず、座り込んでしまうラクレス。
不思議なくらい、温かい。
ぼやける視界で下を見ると、自分が血だまりの上に座っていると気付く……全て、ラクレスの血。
そう自覚した瞬間、猛烈に寒くなった。
「…………」
小さいころの記憶が、ラクレスの脳裏によみがえる。
両親と剣の訓練、頭を撫でてもらい、好物のピーチパイを食べた。
レイアースと訓練した。気弱そうなレイアースは、いつもラクレスが手を引いていた。
両親が死に、二人で涙した……でも、立ち止まらずに兵士になった。
(……レイアース)
幼馴染。
きっと、初恋だった。
残された全ての力で、ラクレスはポケットの指輪を握りしめる。
そして、力が抜け……壁に寄りかかった時だった。
◇◇◇◇◇◇
『───待ってたぜ』
◇◇◇◇◇◇
声が聞こえた。
ラクレスは横倒しになった。
壁に寄りかかったはずなのに、壁が消えていた。
「…………?」
幻だろうか。
そこは、小さな部屋……祭壇のようなところだった。
祭壇に、黒い何かが安置されていた。
ぼやける視界では、よく見えない。
『……死にかけてんな。まあいい……おいオマエ、オレと契約しろ』
「…………」
『ケケケ。もう声も出ねえのか。まあいいぜ……オマエの身体、オレがもらってやる』
そんな声が聞こえ……ラクレスの身体が、黒い何かに包まれた。
『あん? って、おいおいマジか──』
驚くような声が聞こえ、ラクレスは意識を失った。
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