番外編⑤ 閉ざされた扉の向こうには


 事件から一週間後。


 倉本は性的暴行未遂によって退学処分が決定した。

 被害に遭った天音、助けに入った剣持の証言。

 天音が配信の練習をしようと起動していたスマホのカメラに部室で起きた一部始終が撮影されており、それが証拠となった。




 そして、俺の処分が決まる日。

 放課後、職員室に呼ばれた。


 教頭と担任が厳しい顔で、こちらを見ている。


「———剣持くん、君の行動について結論が出た」


 俺は息を呑み、背筋を伸ばす。


「倉本の行為を止めたのは事実だ。君がいなければ、天音さんがもっと酷い目に遭っていたかもしれない。教師一同、それは認めている」

「……ありがとうございます」

「だが、暴力はいかなる理由があっても見過ごせない。過剰に殴ったことも問題だ」


 教頭が一枚の紙を差し出す。

 始末書だった。


「今回は特別に、停学にはしない。だが、この始未書を提出し、反省文も書いてもらう。それで処分は終わりだ。分かったな?」

「……はい」

「もう二度と暴力は使うな。天音さんを守りたいという気持ちは評価するが、これは君の為でもあるんだ」


 職員室を出ると、肩の力が抜けた。

 始末書と反省文。


 軽い処分とは言えないが、停学や退学を免れたのは幸いだった。

 天音を救ったことが認められた証だ。






 だが、あの事件は天音に深い傷を残してしまった。

 彼女はあれから学校に登校していない。

 隣のクラスに行って、聞いても来たところを見た生徒はいなかった。


「……天音」


 教室で、彼女に送った既読のついていないメッセージを見つめながら、小さく呟く。


 あの事件がきっかけでほとんどの部員がゲーム研究部を辞めてしまった。

 残ったのは三人。

 田中部長、田所先輩、そして俺だ。


 噂というものは広まるのが早いようで、ゲーム研究部の連中が入部したばかりの女の子を襲った、と広まってしまった。


 あの日から学校中の生徒らに、軽蔑の目を向けられるようになったと辞めていった先輩たちは言っていた。


 しかし、助けに入った俺だけは例外のようで、逆に英雄のような称賛を受けた。

 だけど、そんなことはどうでもよかった。


 物理的に助けられたとしても、彼女の心に深い傷を残したままだ。


 無意識に拳を握っていた。

 あの瞬間が脳裏に蘇る。

 旧校舎の部室、薄暗い影の中で震える天音と、彼女を押し倒す倉本の姿。


 拳を振り下ろした感触が、まだ掌に残っている。

 血の匂い、倒れた倉本の呻き声、そして天音の涙。

 それが俺の記憶に刻まれた全てだ。


 吐き気がした。







 ゲーム研究部の部室へと向かう。

 旧校舎は人気がなく、俺の足音だけが虚しく廊下に響いていた。


 部室の前にたどり着くと、扉の前で俺は大きく深呼吸をする。

 そして扉を開けると、埃っぽい空気が鼻をついた。


 モニターが並ぶデスク、乱れたままの段ボール。

 あの日以来、誰も片付けに来ていない。

 椅子に腰を下ろし、天井を見上げる。



 ———やっぱり楽しいね、誰かとゲームするのって。



 彼女の声が、下手くそな笑顔が、記憶の中でかすかに響く。




 部室を出て、校舎の裏に向かう。

 秋風が冷たく、枯れ葉が足元で擦れる。


 天音のことを思うたび、心が軋んだ。

 彼女はゲームを愛し、小さな体で大きな夢を追いかけていたのだ。

 プロゲーマーになるという夢を。


 あの部室で、俺たちは笑い合って、コントローラーを握って競い合っていた。

 彼女の存在が、俺の冷めた情熱をふたたび灯してくれた。


 なのに今、彼女は一人、部屋の隅で膝を抱えているかもしれないのだ。






 更に一週間が経過した。


 やはり天音は学校に来ていない。

 隣のクラスに行き、生徒の一人に彼女を見ていないかと何度も尋ねたせいか、流石に鬱陶しがられるようになってしまった。


 特に、女子グループからだ。

 まるで「あんな子のことなんて、どうでもいいじゃない?」のような態度だった。


 何故、クラスメイト達はあそこまで天音に冷たいのか、俺は後から知ることとなった———





 ———天音は事件が起きる前から、クラスメイトから酷いイジメを受けていたのだ。







 薄暗い部屋の中で、天音はベッドの上で毛布にくるまって、一人咽び泣いていた。


「……誰か、助けて」


 自ら閉した扉の向こうから、誰かが手を差し伸べてくれることを期待するかのように、彼女は弱々しい声で、呟くのだった。








 天音と剣持の過去編は、ここで一旦終了となります。続きは、近日公開予定です。

 

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