第53話 女の子はみんなお姫様になりたいの

 トライセラ・アルギュロス。オーラム帝国の公爵令嬢。長く艶やかな髪が特徴の娘。オーラムの時期皇妃筆頭と呼ばれている。

 彼女の人生は順風満帆だった。家柄に恵まれた容姿、皇妃教育に耐えうる精神力に我が物とする知性。彼女を蹴落とし、自分が皇妃になろうとするライバル達は軒並心が折れ国内の誰もがトライセラこそカルノタスの伴侶だと噂していた。

 しかし一つだけ懸念点があった。竜の花嫁。オーラム皇家に流れる竜の血を目覚めさせる女。現皇妃でありカルノタスの母、ジェンロンがそれだった。そして残念な事に、トライセラは竜の花嫁ではなかった。

 カルノタスは竜の花嫁を求めている。数える程しか見つかっていないのに、自身の母が奇跡だと言われるような存在であるのに。それに固執し女嫌いだと言われる程だ。

 それでもトライセラは余裕だった。見つかるはずがない。花嫁が見つかった代の方が少ない。それなら自分が皇妃になる道は決して崩れない。そう思っていた。

 オリクト・コーレンシュトッフが現れるまでは。

 二代続けて竜の花嫁が見つかった。今やオーラムは大騒ぎになっている。

 戦争を起こしてでも手に入れるべきだ。そんな声も出る中、カルノタスは正面から求婚し玉砕。力で奪えと言う声を潰し正攻法で惚れさせると言い出したのだ。

 今やオーラムでトライセラを皇妃に推すのは皇帝の力を削ぐ事を考えてる連中のみ。帝国に忠義を誓うアルギュロス家としてはオリクトを皇妃にと口では言っているが、内心面白くない。自分は選ばれない。今までの人生を全て否定されたような気分だった。


 そんな中、オリクトと会う機会が作られる。カルノタスが夢中になる姫、どんな人物なのか見てやろう。もしかしたら彼女こそ皇妃に相応しいと諦めがつくかもしれない。そう期待していた。


「私、声の美しい方が好きなんです」


 実際に会った感想は……不敬だと言われるが期待外れだった。

 確かに王女なだけあって所作も美しく皇妃を勤められるだろう。しかし何故こんなのが、その言葉が頭から離れなかった。

 同じ歳でありながら小柄で色気も無い。自分の方が圧倒的に美しい。そう思ってしまう。隣にいたフリーシアの方が官能的で、彼女が選ばれた方がまだ納得できる。

 あんな子供みたいなのに。そう思うと悔しさに胸が締め付けられる。

 更にトライセラの心を逆撫でしたのはドルドンの存在だ。カルノタスの求婚を断り、幼い頃から決められた婚約者の手を取ったのだ。

 カルノタスを振り手を取った男。どんな美丈夫なのかと思えば大したことのない上に、男らしくない腰の低い男だ。こんな小物よりも劣るなんて腹立たしい。

 何もかもが気に入らない。食事中もずっ憤りで頭がいっぱいだった。だがそれは悪手だろう。一国の王女に対する態度ではない。

 だから、目の前の令嬢に警戒していた。


「さて、ごきげんよう……トライセラ様」


 文句の一つでも言いに来たのだろう。トライセラはフリーシアに呼び出されていた。

 校舎の裏、花畑の中にある小さなテラス。席には座らず、フリーシアは仁王立ちしながらトライセラを迎えていた。

 流石は武家の娘。女の身でありながら威圧感が凄まじい。


「…………ごきげんようフリーシア様。私をお呼びとは、何かご用でしょうか?」


 トライセラは無表情、眉一つ動かさない。対してフリーシアは笑顔そのもの。不思議なくらい楽しそうだった。


「あら? そんなに警戒しなくてよろしいのですよ。私は貴女とお友達になりたくてお呼びしたの」


「お友達?」


 笑顔が胡散臭い。つい数時間前に会ったばかりの者に何を言うのか。いや、普通に考えればお互い公爵令嬢。高位貴族として国交に繋げたいのだろう。そもそも今日のランチもそれが目的だ。

 だがトライセラの勘は否定する。彼女の笑みはそんなものではない。


「ええ。どうやらトライセラ様はオリクト様がお気に召さないご様子……ああ、ご安心を。責めているのではありませんわ」


「…………どういう事ですか?」


 普通なら王女に無礼を働いた、不敬だと小言を言うだろう。もしかしたら二人は不仲だったのかと疑う。


「私もトライセラ様も公爵令嬢。高位の貴族令嬢として妃の座を欲していたのでしょう?」


 いや、国中の誰しもが夢見る事だ。娘達も、その親も。


理解しわかります、知ってわかります、お察しわかります。貴女の優雅な所作。さぞ厳しい皇妃教育をお受けしていたのでしょう」


「ええ。ですがコーレンシュトッフは違うようですね」


「そうですわね。オキシェンとの同盟の為、ラゴス殿下はお早い内からドークス殿下と婚約されてます。私が王妃の座に着く事は無いでしょうし、悔しいとも思っておりません。しかしトライセラ様は違う」


 フリーシアの不敵な笑顔がにじり寄る。悪魔の誘惑のように甘く危険な声だ。


「今までの努力を無駄にしたくないでしょう? 皇妃の座、欲しくはありませんか?」


「何を考えてるの?」


「最初にお伝えした通りですわ」


 官能的で息が絡まりそうな言葉。艶めかしい笑み。揺れる双山。その全てが妖しくトライセラを誘惑する。


「お友達になりましょう。そして私がお手伝いしますわ。トライセラ様が皇妃になれるように……ね」

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竜の花嫁?俺様系スパダリとか生理的に無理だし、婚約者がいるのでお断りします 村田のりひで@魔法少女戦隊コミカライズ決 @ymdhdnr

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