第51話 さあ、ランチにしましょう

「あら。ドロマエオ様は魔法具にご興味が?」


「少々。あれは便利ですからね。ああ、勿論殿下の発明品にも興味があります。可能なら後日商談をさせていただきたいのですが……」


 こう言われるのは想定済。発明姫の名を近隣諸国が知らぬとは思っていない。


「ありがたいお話しなのですが、私の発明品の大半はまだ試作段階。国内で試験運用中でして」


「なら、完成のあかつきにはオーラムにも売っていただきたいものですがねぇ」


「国内への流通が先になりますので。その後で良ければ」


「うーむ。こちらとしてはもっと早くいただきたいものですが……」


 困ったような顔をしてるが、その仮面の下では何を考えているかわからない。ドロマエオはとにかく怪しい。言動の一つ一つに裏があるように見える。

 何が目的だ? 彼が聞いてきたのはクド族の人数と婚姻状況。他にヒントは無いかと頭を動かす。


「そうだ、是非一度オーラムにいらしてはどうですか? クド族の方もぜひ。には良い刺激になるでしょう。精一杯おもてなししますよ」


 その言葉が最後のピースだった。オリクトの中でドロマエオの描いていたものが組上がっていく。

 ちらりとドルドンの方を見れば、彼は不思議そうにしている。ドルドンは気づいていない。だがオリクトは違う。

 ドロマエオの企みを察した。


「それは興味深いですわね。オーラム公爵家のおもてなしとなれば、とても素敵なものでしょう」


「勿論ですよ」


「きっとお美しい方がお出迎えしてくれるのでしょうね」


 一瞬だがドロマエオのえみが崩れる。それを見逃すはずがない。疑いは確信へと変わった。


「そうですねぇ。せっかくですし、私達の子も一緒に行きましょう。その方がドロマエオ様にとってもご都合が良いのでは? があると無駄な事をしなくてすみますし」


 笑顔の仮面に亀裂が走る。大当たり。この男の目的はクド族の血だ。

 若い男を求めるのも納得がいく。娼婦などに金を握らせ子を産ませる。そして魔法具職人の素質があれば育てて利用するのだろう。特殊な素質を持つ人間であれば子を通してその力を盗むのも可能だ。

 卑怯とは言わない。これも一種の戦争だ。国を栄えさせる為にあらゆる手を尽くす。ドロマエオの行いは間違いではない。

 しかしこれを見逃す訳にはいかない。もしクド族の混血が職人の素質を開花させなかったら? オリクトの子であれば貴族として、公爵家としての地位と責務がある。しかしドロマエオの策で産まれた子は? 想像するだけで不安がのしかかる。

 あくまでこれは牽制だ。

 そんなオリクトの覇気にカルノタスも小さく笑っていた。


「残念だったなドロマエオ。全部お見通しのようだな」


「……そうですね。流石は竜の花嫁にケチをつけた女だ、怖い怖い。ウサギの皮を被ったキツネかよ」


「だから俺の妃に相応しいんだ」


 ドロマエオがブツブツと小さく悪態をつき、トライセラが睨むが受け流す。相手にするだけ時間の無駄だ。

 小さく咳払いをし笑顔を作り頭を切り替える。


「さて、雑談はここまでにしましょう。皆さん席へどうぞ」


 こんな小競合いをしにきたのではない。オリクトに案内され若者達は席へと移動する。

 コーレンシュトッフ側はオリクトを中心に、両隣はドルドンとフリーシアが。そしてフリーシアの隣にノルマンが座る。

 対するオーラムはというと、当然のようにオリクトの対面にカルノタスが座り両隣にドロマエオとトライセラ。彼女の隣にパラントが相変わらずおどおどとしながら着席した。

 ニコニコと笑っている目の前の存在がウザイ、と言いたいとこだがそうは言ってられない。いや、ある意味眼福だ。

 カルノタスは言わずもがな、ドロマエオも知的でチャーミングな男性だ。トライセラは綺麗系の超美少女だし、パラントも文学少女風の垢抜けていない雰囲気が刺さる人には大好評だろう。


(きっと眼鏡を外したら美少女とかいうオチなんだろうなぁ)


 あり得そうだと考えながら手を叩く。


「さて、お食事ですが今回は私の好物で選ばせていただきました。オーラムの方々のお口に合うかはわかりませんが、どうぞご堪能ください」


「ほう、オリクトの好物か。是非とも聞きたいな」


 意中の人の好物。それは誰でも気になるだろう。カルノタスも声が浮ついている。しかし彼の気持ちとは真逆の空気がコーレンシュトッフ側には流れていた。

 青ざめるドルドンとフリーシア。苦笑いをするノルマン。三人の様子が明らかにおかしい。


「その、オリー……クト様? もしかして……アレですか?」


「ヒッ」


 怯えたようなフリーシアにカルノタスも疑問が募る。何やらオリクトの好物に一癖あるようだ。


「アレ? ああ、流石に出す訳ないでしょ。私だって苦手な人が多いの解ってるもの。今日はただの鳥料理よ」


「そ、そうか。よかった」


 ホッと胸をなでおろす。その様子が不思議だった。


「ドルドン。少々気になるのだが、何をそんなに青ざめている。婚約者のくせに食の好みが合わないのか?」


 したり顔のカルノタスが忌々しい。隙を見つけたと子供のようにはしゃいでいるようだ。

 普段ならむっとしているドルドンだが今回は違う。


「その、オリクト様は辛いものが好物なんです」


「辛い……だと?」


 カルノタスの笑みが凍てついた。


「それも火を吹くような激辛好きですわ。ああ、あの生肉のように真っ赤になったチキンステーキ。あれを食べたら三日は味覚がおかしくなります……」


 思わず身震いをするフリーシア。彼女の顔色だけで不穏な空気が感じられる。

 それだけではない。カルノタスも明らかに動揺しており、オリクトもそれを見逃さない。


「おや、カルノタス殿下。何かありましたか?」


「い、いや」


 視線が泳いでいる。絶対何かあるに決まっている。

 その答えは意地悪そうに笑うドロマエオから聞けた。


「いやはや。実は辛いものが苦手なんですよ。殿下は甘党の子供舌でしてね」


「ドロマ!」


 顔を赤らめ恥ずかしそうに叫ぶ。その姿は子供のようだった。


(あら可愛い。やっぱり登場人物ね。こういったギャップ萌えも完備しているとは)


 思わず顔がニヤける。カルノタスは確実にメインキャラ。それも主人公のお相手役だと読んでいる。魅力を感じさせる一面に、元オタクの血が騒ぐ。

 いい。つい心がゆらぎ魅力を感じてしまう。いつもはクールな俺様系が子供のように甘党だなんて定番だ。嫌いじゃない。

 いや、ダメだと心の中で首を振る。この男を好意的に思ってはいけない。そう言い聞かせるのだった。

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