第21話 花嫁とか番とか、そういう設定は非リア充にお願いします

 ウルペスが大きくため息をつく。その隣にいるルプスも眉間のシワを寄せ、いつもより十は老けて見えるくらい深刻そうにしている。


「オリーがカルノタス・オーラムから求婚されたらしいな」


「はい。そして彼はオリーを竜の花嫁だと父上に伝えろと言ってました」


「花嫁!?」


 驚愕するルプスに視線が集まる。


「なんと……ああ、オリーが?」


「落ち着けルプス。あの男が求婚した時点で想定してただろう」


 二人は何かを知っているような素振りを見せる。やはりと息を飲み、自分の予想が外れてくれと祈る。


「お父様、お母様。竜の花嫁について……ご存知なのですよね?」


「私も知りたい。なぜあの男が初対面であるオリーに執着するんですか?」


 両親はお互いに顔を見合わせ肩を落とす。


「オーラム家は竜の血を引いているのだ」


「竜……」


 オリクトは知識では聞いた事がある。この世界には所謂モンスター、魔獣が生息している。その中には上位種である竜もいた。知った当初は空想の存在に胸が踊ったが、被害記録を一目見ただけでその気は失せた。


「そのおかげでオーラム家は人間として規格外の力を持ち、それを持って国を治めているのだ」


「……まさかカルノタスが木剣で百人の騎士を蹴散らした噂は」


「事実だ」


 そんな馬鹿なと開いた口が塞がらない。

 規格外、デタラメ、チート。そんなめちゃくちゃな存在を前に啖呵を切ったのかと肝が冷える。


「だがその力も世代を重ねると弱まる」


「ですが現れた竜の力を蘇らせる存在がいる。それが竜の花嫁なのです」


 母の弱りきった視線が痛い。


「現皇妃も竜の花嫁だった。そうして産まれたカルノタスは現皇帝以上の権限と力を持っている」


「じゃあ私が花嫁にって……」


「王家の力をより強めるため、次の世代にも竜の力を継がせるのが目的だ」


 なんとなく見えてきた。そしてオリクトは自分の嫌な予感が確証に近づいているのを理解する。


「更に厄介な事に、竜の花嫁に一目惚れに近い感情を抱くそうだ。他の女性が人間に見えなくなる程のな」


(やっぱりか〜。これ、男が主人公ヒロインに一目惚れして溺愛する設定だ)


 頭を抱え項垂れる。前世で女性向けの物語で見た事のある設定。初対面のヒロインに超絶ハイスペ男子が夢中になる理由。そんなものに巻き込まれたと頭痛がしてきた。


(何なのよ、何で私なのよ。そもそもそういうのって、不遇な境遇から助けてくれるって展開の理由付けでしょ? 私、家族仲良好のリア充よ? 普通は違うでしょうが!)


 厄介なんてものじゃない。災厄だ。この手の存在は執着心が強い。そこに富、権力、力(物理)が加わり手がつけられない。それを彼女だけでなく皆が察していた。


「……陛下、こうなっては致し方ありません。気に入りませんがマグネシアとの婚約を白紙にし、オリーを嫁がせオーラムとの同盟を結ぶのが得策かと」


「お母様……」


 バッサリとドルドンを切り捨てる発言にオリクトは胸が痛くなる。


「私も母上に賛成だ。癪だがこれが最善だろう」


「お兄様?」


 ラゴスまでもと愕然する。


「そもそも父上の政策は急過ぎる。確かにクド族を掌握し魔法具を王家が管理すればこちらの財政は潤う。しかし土台が不安定な今より、私の代でやるべきかもしれない。今はオーラムとの同盟が一番利益が大きいだろう」


 たしかに自分達は王族だ。個人の感情より国の利益を優先するべきである。頭では理解しているが心が追いつかない。なんせ政略結婚でありながらもドルドンと心を通じ合っているのだ。はいそうですかと頷けるはずがない。

 そしてそれは彼女だけではなかった。


「私は反対です!」


 シルビラが叫び立ち上がった。淑女の欠片も無いただの小娘のように、感情的に、腹の奥底から超えを荒げて。


「私の披露宴をめちゃくちゃにしたあげくオリーを寄越せと。そんなにオーラムが怖いのですか? 嘗められっぱなしで何がコーレンシュトッフ王家ですか!」


 怒りだ。彼女の背を押しているのは憤怒だった。それもそうだろう。プライドの高いシルビラからすれば、これだけコケにされたのにオリクトを差し出すなんて真似ができるはずがない。

 ただ、それだけではなかった。


「それに……オリーの気持ちはどうなるのよ」


 今にも泣きそうに声を振るわせている。オリクトのための涙だ。


「お父様はいつも言っていたではありませんか。政略結婚の中でも愛を育めると。私もアンガスを愛してます。そしてオリーもドルドンを想っているのよ。私には、二人を引き裂くなんて真似はできない……」


 彼女はとして反対してくれている。愛する者と結ばれたい妹を応援する優しい姉。それがシルビラだ。

 嬉しい。こんなにも想ってくれているのかと、こんなにも愛してくれているのかと。姉の優しさに胸が熱くなる。


「お兄様もお兄様です。披露宴では『私の弟は君とドルドンだけだ』とアンガスに言っていたではありませんか。あれは嘘なのですか!?」


「嘘ではない! だが……」


(お兄様……)


 言葉につまるラゴス。苦しそうに拳を震わせ視線を落とす。


「これが……最善なんだ」


 彼にとっても屈辱的なのだろう。オリクトを差し出すのを快く思っていない。それを父親が気が付かぬはずがない。


「そこまでだシルビラ。ラゴスもルプスも、家族としてはオリーを嫁がせたくないのだ。だが我々は王家。感情だけで決めてはならない。そこはお前も考え直すべきだ」


「…………はい」


 確かにウルペスの言う通り、シルビラは逆に感情的過ぎた。戒めるように座り口を閉ざす。

 そしてウルペスは注目しろと言わんばかりに咳払いをした。

 父、家長、国王。この場で一番の権限を持つ者が口を開く。


「今回の件、私は反対だ」


 そう静かに告げた。

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