第20話 イケメンお兄ちゃんが助けに来てくれるとか、最高じゃありませんこと?
「お兄様!」
「まったく。お前は姉の披露宴を掻き乱す気か。ああ、オリーが悪くないのは解っているさ」
ギロリとカルノタスの方へと振り向く。六つも年下に大人気無い……なんて誰が言うものか。次期国のトップに立つ二人だ。並ぶだけで強烈な威圧感が周囲を満たしている。
だが状況は好転した。王女の立場上周りの貴族には頼れない。そもそも相手が相手だ。まともに口を挟める存在はいない。
そして何よりも、ラゴスは怒っていた。
「さて……カルノタス殿。これはいったいどういう事なのだろうか。私の記憶が正しければ、マキュリー宰相の代理と伺っております」
「そうだ」
「では何故私の妹に求婚を? 第一王女の祝福にいらしたのは偽りだと?」
「まさか」
ふとカルノタスが微笑む。
「未来の義姉を祝福しないはずがない」
自信満々なんてものじゃない。これが世の常、世界の理、そう言いたげな自身を超えた常識を説くような言い方だった。この尊大な態度がオリクトの神経を逆撫でる。
だんだんと思い出してくる。この態度は前世で見たイケメンハイスペ男子のそれだと。
確かに自信と見合った力を持ち、愛をささやきあらゆるリソースを捧げてくれる絶世の美男子。ああ、憧れるだろう。しかしオリクトは自分を前世とは真逆のリア充だと自覚している。
万が一ドルドンがどうしようもない、ダメダメで浮気性なら心が揺れただろう。しかし違う。
そしてカルノタスに苛立っているのは彼女だけではない。ラゴスもだ。
「お引き取り願おう。ここは貴殿の見合い会場ではない。ましてや今宵の主役である新郎新婦を差し置いて中心に立つなど言語道断!」
少し離れた場所ではアンガスに取り押さえられながらも、オリクトによく似た般若の形相で暴れようとするシルビラの姿があった。話題と視線を奪われ大層ご立腹のようだ。
「俺に出ていけと?」
「聞こえませんでしたかな?」
ラゴスが指を鳴らすと二人の騎士が現れる。彼らの足下から冷気が溢れ床に薄っすらと氷の膜が張られていく。
危機を察したのか、慌ててドロマエオも駆け寄る。
「これ以上はまずい。相手は魔法具持ちの騎士だ。状況的にも俺等に非がある」
「…………ふん。花嫁を見つけただけ重畳か。良かろう」
一歩引き下がり僅かに頭を下げる。
「今回の騒動について謝罪しよう。後日正式な書面と賠償について連絡する。そして……」
オリクトに熱を帯びた視線を、ドルドンに殺意と憎悪の視線を向ける。
「オリクト殿下への縁談についてもな。正式に申し込ませてもらう」
「……貴様」
「そう噛みつくな。ああ、そうだ。ウルペス陛下に言伝を頼みたい」
ラゴスに怯みもせず色めき立つ観客にも興味を示さない。まるで初恋に浮かれる少年のようだった。
「オリクトは竜の花嫁だ。俺は必ず彼女を娶ると……な。オリクト! 必ず君を迎えに来る」
高笑いをしながらマントをなびかせるカルノタス。その後ろを面倒くさそうに続くドロマエオ。
騒々しい空気は次第に収まるも、事の渦中にいたオリクトは違う。
「お兄様……」
「話しは後だ。アンガス! シルビラ!」
「はっ」
急ぎ足で新郎新婦が駆け寄る。疲れきった様子のアンガスと違い、シルビラの怒りは収まっていない。
「悪いが緊急会議だ。シルビラ、オリクトは俺と来るんだ。アンガス、この場は任せる」
「お任せを」
流石は軍人だピッと背筋を伸ばし、シルビラを抑えていた時とは空気が一変する。
「ドルドン」
「はい」
「悪いが君も別室で待機してくれ。オーラム帝国からの求婚に乗り君に悪さをする輩がいるかもしれないからね。エラスモ」
近衛騎士の一人、アラサーほどの男性を呼ぶ。
「彼の護衛を頼む。それと第四客室にクド族の執事がいる。そこで待機させろ。王家以外を通すな」
「承知しました。ドルドン卿、こちらに」
騎士に連れられ手が離れると、名残惜しそうな視線が交差した。
大丈夫だとオリクトが頷く。それだけで充分だった。
そう思いたい。超特大の爆弾。隣国の皇太子が王女に求婚。そんな重大事変があって軽々しく頷けるはずがない。不安なのはオリクトも一緒だ。
ラゴスの後に続く二人の般若。やはり姉妹なのだろう、怒った顔は瓜二つだ。
「あの男、絶対に許さないわ。この私の披露宴を乗っ取っただけでなくオリーを寄越せなんて……」
「ええ、ええ。誰があんな男の妻になるもんですか」
「その意気よ。私の可愛いオリーを渡してなるもんですか」
ヒートアップする妹を尻目にため息が溢れる。そうしているうちに三人は部屋に辿り着く。執事が扉を開けると、既に到着していたウルペスとルプスがいた。
「お待たせしました父上、母上」
「構わん。それよりも緊急事態だ」
ウルペスに促され円卓を囲むコーレンシュトッフ王家の面々。
ここから始まるのは家族会議なんて生易しいものではない。王族会議。この国を左右する重大な話し合いの時間だった。
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