第19話 ハイスペが割り込むと、どっちが間男かわからなくなりますわ
一方オリクトは顔面をだらしなく緩ませドルドンに引っ着いていた。
前世で例えるならナンパされている場に彼氏が颯爽と駆けつけるようなものだ。最高のシチュエーションの一つと言っても良いだろう。
(っと。呆けてる場合じゃなかった)
実際問題かなりマズイ状況だ。相手はコーレンシュトッフよりも大きな国の皇太子。半ば勢いで断ってしまったが、今一番危険なのはドルドンだろう。
とても嬉しい状況だが不敬と言われれば処されかねない。なんせ相手は他国とはいえ王族だ。今彼を守れるのは自分しかいない。
緩んだ顔を引き締めカルノタスの方に向き直る。
(げぇ……)
怒りなんて生易しいものじゃない。恋人を凌辱した犯人を目の前にしているかのような激しい憎悪と憤怒の嵐だ。ここがコーレンシュトッフ王国でなければ今すぐにでも打首にしかねない。
「貴様。誰の許可を得て我が妃に触れている。その薄汚い手を離せ」
「……殿下。この方は
震えているのを抑えるかのようにオリクトを抱く手に力が入る。
「私が許しました」
オリクトが前に出る。彼を守らなければその一心で立ち上がる。
「先程も申し上げましたとおり、私はドルドン様と婚約しております。私は、オーラム帝国に嫁ぐ事はできません」
「世迷言を。オリクト、君は竜の花嫁だ。俺に流れる竜の血が定めた俺の妃、その運命は変わらない」
(なんなのよその竜の花嫁って。本っ当に人の話しを聞かないわね)
再びオリクトのイライラゲージが上昇していく。反論しようとしたドルドンを制止し、引き攣った頬を抑え無理矢理笑顔を維持する。
「それに、金や権力に執着しない君のような娘を探していた」
「ごめん遊ばせ。私、金も権力も大好物ですの」
綻びを見つけたと目を細める。
「なんせ国を動かすにはお金は必須。そしてそれを行使するには権力も必要ですから」
「ふむ。そういう考え方もあるな。ますます面白い女だ。そんな泥団子の妻になるなど愚の極みだぞ」
オリクトの額に青筋が立つ。
また面白いと言った、ドルトンを嘲笑した。オリクトの地雷原でタップダンスを踊るこの男が信じられない。
ならば徹底的に拒絶してやろう。お前なんて眼中にないと見せつけてやるのだ。
「皇太子殿下……私は彼を心の底から愛していますの。殿下のお気持ちに応える事はできません」
「オリクト様。私もです」
ちらりと観客の仲にいるフリーシアに目配せをした。お任せをと言いたげに彼女は頷くと、ヒソヒソと周囲に独り言を溢す。
「そうですわねぇ。オリクト様とドルドン様の仲睦まじさは素晴らしいものでしたわ。まるで陛下と王妃様のようでした」
「なんと」
フリーシアが噂を広め伝播する。アウェイ感で押し潰す作戦だ。普通なら自分が間男と恥、そそくさと退散するだろう。
しかしオリクトはこの男の図太さを見誤っていた。
「オリクト。君は幻に囚われている。愛しい花嫁、君の隣に立つべきなのはその蛆ではない」
「はぁ?」
ミシリとオリクトの理性に亀裂が走る。持っていた扇子を握り潰し怒りの炎が燃え上がった。
「お、オリー?」
ドルドンだけではない、誰一人として見た事のないオリクトの怒り。もしオリクトが自身の顔を見たらこう言っただろう。
般若だと。
しかしこのままではいけない。今度はドルドンがオリクトを下がらせようとする。
「オリー……クト殿下、落ち着いてください。私の事は」
「だまらっしゃい! もう我慢の限界なんだから」
マズイとドルドンが止めようと肩を押さえた。だがオリクトは止まらない。
「どうやらオーラム帝国では、婚約者のいる淑女に言い寄るのが紳士の嗜みのようね」
「暗雲に囚われた乙女を救いにきたんだ。それよりも……」
カルノタスの目はドルドンへと移る。
「その手を離せ」
「離しません」
「この俺に意見する気概は評価しよう。だが勇気と無謀を履き違えれば早死にするぞ」
ああ、怖い。一介の成金令息風情が皇太子に歯向かって良いものか。だがここで引き下がる訳にはいかない。
勿論オリクトも黙っていない。
「私は全てを、血の一滴までもオリクト様に捧げると誓った。私を……僕を不要と断するまで、隣にいる」
「よく言いました。私はドルドンを離すつもりはありません。ああ、それと」
ドルドンの手を握る。お互いの指を絡める、所謂恋人繋ぎだ。それを周りに見せつける。
「オリー……」
流石にドルドンも顔を真っ赤にし焦る。しかし等のオリクトは平然と、そして堂々と力強く立っている。
見ろ、この姿を。知れ、我が愛を。例えいかなる強大な敵であろうと負けはしない。
「皇太子殿下。私はオーラムに嫁ぐ事はありません。絶対に」
「ほう……?」
カルノタスの瞳が剣のように鋭くなる。殺意にも似た敵意。視線で人を殺す化け物の離しは今も前世でも聞いた事がある。もしそれが実在するなら、この男の事を謳っているのかもしれない。
竜の口の中に放り込まれたような気分だった。ドルドンに向けられる殺意が周囲の観客にも伝播し、心臓が握られたように動けなくなる。
(訳わかんない。どうしてそんなに私に執着するの?)
姉のシルビラならまだ解る。少々悪人面だが、多くの貴族を虜にした母に似てオリクトも見惚れるような美しさだ。
対して自分はどうだろうか。歳より幼く見えるせいか可愛い系だが、色気は素寒貧だ。一番の褒め言葉が【陛下そっくり】くらいしかない。
「竜の花嫁?」
気になるのはこの言葉だ。いや、引っ掛かるといっても良い。
「そこまでだ」
オリクトとカルノタスの間に割り込む男の影。突風のように現れ音も無く神出鬼没。気配すら感じさせない唐突に登場する、正にヒーロー。
「この騒動、私が与る」
コーレンシュトッフ王太子にてオリクトの兄。ラゴスが介入した。
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