第18話 見せてくださいまし、男の子の意地ってやつを

 ドルドンは社交界が苦手だ。職人である以上商売の話しは慣れているものの、比較的辺境の地であるせいか腹の探り合いの経験は少ない。

 そんな彼を狙う者も少なくなかった。異民族のくせに王女の婚約者、爵位を買った成金一族。そんな印象を抱く者もこの国に大勢いる。

 グラスで両手の塞がったドルドンに話しかける中年の女性がいた。伯爵夫人相手に無下にもできず困っている様子だ。


「殿下の身に着けているものは貴方が作ったとか。娘が嫁ぐ際には結婚指輪を注文させていただこうかしら」


「喜んで。お値段は張りますが一生を共にするに相応しい逸品をご用意させていただきますよ」


 しかし仕事の話しとなれば別だ。一気に舌が回り出す。


「……そういえば、マグネシアには一人ご令嬢がいらっしゃるとか」


「? ああ、妹ですね。二ヶ月前に十二になりました」


 急に話しが変わる。彼女の言う通り、ドルドンには妹がいる。しかしどうしてと首を傾げた。


「嫁ぎ先のご予定は? 実は二つ上の孫がいるのだけども。どうでしょうか。伯爵様にもお話し……いえ、推薦をしていただきませんこと?」


「縁談ですか。ふむ」


 一瞬だが嬉しさに頬をほころばせる。クド族など、マグネシアごときがと嫌われているものかと思っていたくらいだ。こうして縁談の話しを持って来てくれるなんてと嬉しさに気が緩みかける。


 待って。

 

 そんなオリクトの声が聞こえたような気がした。

 そうだ。ここは陰謀渦巻く貴族の社交場。彼女にも何かしら理由があって近づいたに違いないと思考を切り替える。


(オリーは簡単に相手を信頼するなと言っていた。何か裏があるはずだ。少なくとも伯爵家に旨みがあるはず)


 金か、それとも王家派への牽制か。勿論クド族を認めたりオリクトとの繋がりを狙っているかもしれない。そして敵の可能性もある。

 深呼吸をし夫人を観察する。するとある物が目に入る。彼女のドレスだが、少しばかり色褪せていた。それに身に着けている宝石も細かく傷がついている。


(金っぽいね。まあこっちは魔法具の普及で潤っている。資金援助目当てとなるとオリーにも相談しないと)


 小さく咳払いをしビジネススマイルの仮面を着ける。


「ありがたいお話しですが、父とも相談しなければなりません。とも精査しなければなりませんから」


「…………そうですか。では後日書状を送らせていただきます」


 そう言いながら立ち去る婦人の背にため息を溢す。


(悪いが、アトロクを金づるにしか思ってないならお断りだよ)


 内心悪態をつきながらオリクトの所へ急ぐ。一刻一秒でも早く会いたい、側にいたい。

 しかし彼を待っていたのは衝撃的な光景だった。


「見つけたぞ。オリクト、お前こそ俺の妻。竜の花嫁だ。我が妃よ、帝国の全てをもって君を幸せにすると誓おう。俺と結婚してほしい」


 オリクトに求婚する青年の姿だった。ドルドンでさえも美しいと思ってしまうような男が王女の手を取り求婚する。それは一枚の絵画のような、人々を魅了する一瞬だった。


「あれは、まさかオーラム帝国の皇太子?」


「まさかオリクト殿下が?」


「カルノタス様を射止めるなんて。流石は殿下……」


 聞きたくない情報が嫌でも耳に入ってくる。彼の心を支配しているのは絶望だった。勝てるはずがない。男として何一つ勝る点が無いのだ。地位も容姿も、何もかも劣っている。

 周りの視線が痛い。ドルドンに気付いた者から向けられる嘲笑の視線が刺さる。


(いや……これで良いんだ。王族同士なら大きな国益になる。そもそも僕みたいなのがの伴侶になるなんてあり得ない話しだったんだ)


 諦めが思考を支配する。彼女の選択なら拒否権は無い、拒否する気も無い。

 常識的に考えてカルノタスを選ばない理由は無いはずだ。一時ながらも彼女の隣にいれた事を喜ぶだけ。せめて今後もオリクトに仕えられれば。もはや祈るしかできなかった。

 そう思っていた。


「……申し訳ございません。私には婚約者がおります。ですので殿下の求婚をお受けできません」


 皆が耳を疑った。誰もが考えつかない選択に世界が凍り付く。一国の成金貴族と大国の皇太子。比較するのも馬鹿らしいはずだった。

 なのにオリクトが選択したのはドルドンだ。選ばれた、見捨てないでいてくれた。むしろ彼女を捨てようとした自分が恥ずかしくなる。

 そして同時に勇気が湧いてくる。あの言葉はオリクト自身がドルドンを婚約者と認め周知したのと同じ。ならば恐れるものなど無い。


「道を開けてくれ!」


 自然と身体が動き出す。一刻でも早く彼女の側へ行きたい。隣に立つのは自分でありたい。そんな願いが彼の背中を押す。

 相手が皇太子だろうと関係ない。言い寄る不届き者から愛する者を守るのを誰が責められようか。

 カルノタスの手を振り解きオリクトを抱き寄せる。


「私の婚約者に触れないでいただきたい」


「ドルドン様……」


 駆けつけた婚約者にうっとりし頬を上気させる。二人の想いを確かめ合い手を握る。この間にお前の入る隙間は無い。間男はお前だと言いたげなドルドンの視線にカルノタスの額に青筋が立つ。

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